第12話 黄金色の日々に、未来を ③

「ねえ、せっかくだからお店色々見て回ろうよ」


 百貨店のエアポケットのような空間でのんびりと休憩をした後、中迫さんはそう提案してきた。僕はそれに「いいよ」と頷いて見せる。

 一つ上の階にある家具売り場で二人掛けのソファーに腰かけていたら、目の前を通り過ぎる母親に手を引かれた小さな女の子に「あっ、カップルだ」と指さされた。


「カップルだって、岩月君」


 隣でニヤニヤと笑う中迫さんにどうリアクションを返していいか分からず、


「どう見たらそう見えるんだろうな」


 と、照れ隠しから突き放すような言葉を放つ。


「じゃあ、分かりやすく腕でも組んでみる?」

「それで誰にアピールするんだよ?」

「さっきの女の子?」

「もう姿見えないけど?」

「それもそうだね」


 そう言ってすっと立ち上がる中迫さんを見上げながら、素直に腕を組んでいればよかったかなと小さな後悔をする。だけど、まだ付き合ってもない相手に腕を組もうなんて軽いノリで言えなかった。

 その後に行った家電売り場ではヘッドフォンを見る僕を隣から興味深そうに中迫さんが覗いてきた。それからスマホのカバーを見て、「いつも買い替えるときは悩むんだよね」とぼやきながら中迫さんは気になる商品を手に取ったりしていた。「僕は手帳型しか使わないし、悩んだことないな」と隣でぼそりと言うと、中迫さんは私も次からそうしようかなと頷いていた。

 二階に降りてきて、服やアクセサリーなどの店が多く立ち並ぶフロアをのんびり見て回る。帽子を試着して、自分のニット帽の似合わなさに笑い、何をかぶっても似合う中迫さんに面白くないと不平を言ったりした。


「私、ここのお店よく来るんだよね」


 隣を歩く中迫さんがとある店の前で足を止める。同じように足を止めて中を見ると、そこは雑貨屋だった。未来の記憶で見た店だとすぐに気づき、何があったかを思い出す。気を付けることは中迫さんが商品を棚から落としてしまうのを防ぐことだろうが、それを避けた場合、その後の嬉しい出来事も変わってしまいそうでどうしようかと頭を悩ませる。


「岩月君?」

「えっと……何?」

「なんだか難しい顔してるけど、この店は入りたくないとか?」

「そんなことないよ」

「じゃあ、入ろうよ」


 中迫さんは僕を先導するように店に入っていく。店内にはハンカチや小物、化粧水や入浴剤にヘアゴムなど様々なものが売っているのが見える。

 中迫さんは店に入ってすぐのアロマコーナーで足を止める。


「私、アロマ好きなんだよね」


 中迫さんはサンプルを手にして匂いを嗅いでいる。


「それで中迫さんのおすすめはどれ?」

「私は柑橘系の匂いが好き。えっと、これがお気に入り」


 中迫さんが渡してきたグレープフルーツピンクとラベルの貼られたサンプルを開けて匂いを嗅ぐ。甘すぎずどこかすっきりとした爽やかな香りがした。


「僕もこの匂い好きかも」

「よかった。もしかしたらだけど、私の今着てる服や制服なんかにもこの匂い移ってるかもなんだよね」


 中迫さんと一緒に袖の匂いを嗅ぐと洗剤の匂いとわずかにさっきのアロマと似たような匂いがした。

 その流れで中迫さんは僕の服の匂いを嗅ぎだす。


「岩月君の部屋の匂いはこんな感じなんだ」

「洗剤の匂いくらいしかしないでしょ?」

「でもさ、カーディガンってそんな毎回洗うようなもんじゃないよね?」

「たしかに。もしかして、変な臭いでもした?」


 自分のカーディガンの匂いを嗅ぐも特に臭いわけでもなく少しホッとする。そんな僕を見て隣で中迫さんがくすくすと笑う。


「大丈夫だよ。私は岩月君の匂い、嫌いじゃないよ」


 その楽しそうな笑顔を見ると、変に焦った僕が馬鹿みたいに思えた。そして、なんだか照れ臭い。僕だけ照れるのはなんだかしゃくで、同じ目に合わせたくなる。


「僕も中迫さんの臭いは嫌いじゃない」

「ありがとう」


 しかし、中迫さんは動じる様子もなく嬉しそうにするだけだった。これだと僕がただ褒めただけみたいだ。なんだか負けた気分になって口元をきゅっと締めて、視線を逸らした。

 それから、香水に入浴剤にと店内を見て回る。僕は中迫さんに付いて行きながら服の裾を気にしていた。しかし、中迫さんの裾は商品の入ったカゴに引っかかることはなかった。

 その代わりなのかゴンっという音のあとに、「痛っ……」と中迫さんのうめく声が聞こえた。


「どうしたの?」

「棚の角がすねに当たって……」


 中迫さんはそう言いながらうずくまり脛をさすっている。音を聞き、駆け付けた店員が「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けてきた。


「すいません。大丈夫です。えっと、物は何も落としてないですし」

「お怪我はありませんか?」


 中迫さんはレギンスの裾をまくり上げると打ったところが青く内出血しているようで、少し切れているのか血が滲んでいた。

 心配する店員に中迫さんはこれくらい大丈夫と応える。しかし、放置できない店員がレジに絆創膏あるからと持ってきてくれた。中迫さんは大げさだなと小さく笑いながら、傷に絆創膏を貼っていた。

 店員にお礼をいい、店内の散策を再開させる。ヘアピンにネックレスを見て、中迫さんは未来の記憶で見た通りある商品を興味深そうに見つめる。


「ねえ、これ買おうよ? 今日の思い出として」

「思い出って……写真いっぱい撮ってたじゃん」

「写真以外にもこんなことあったねって話せるものはいくらあってもいいじゃん。そういうのに付き合ってくれるって言ったの岩月君だよ?」

「あれは……」


 たしかに僕が言い出したことだ。だから、言い返す言葉を見つけられない。


「でもさ、それ買ってどうするのさ? 机の引き出しとかに大事に保存するとか?」

「買ってすぐにつけるに決まってるじゃん?」

「それだと変な誤解されないか?」

「されないんじゃない? ほら、けっこう種類あるし」

「そうかもだけど……」


 僕はその後の展開を知っている。同じようなものを選んでしまうのだから、色違いのお揃いを選んだとしか思われない。


「じゃあ、いいじゃん。どうせなら、お互いに似合いそうなのを選んで後で交換するってのはどう?」

「わ、わかった」

「じゃあ、まずは私から選んで買ってくるね。だから、岩月君は少し離れたところに行ってて」


 言われるがまま僕は少し離れて中迫さんが見えない場所に律儀に移動する。それでどうしようかと考える。わざと違うのを選ぶことはできるけれど、それだと未来の記憶で見た中迫さんのあの笑顔を見損なってしまう。それは残念な気がした。

 ゴールデンウィーク明けから中迫さんとの関係を詮索される面倒と、中迫さんとペアになるようなものを手に入れ、さらに中迫さんのあの笑顔を独占する幸福を天秤にかける。しかし、あっさりと後者に傾いてしまい、僕は中迫さんには甘いなと思わず、ふっと笑みがこぼれてしまう。


「次は岩月君の番だよ」


 中迫さんは小さな紙袋を手に戻ってきて、「じゃあ、私は店の前で待ってるから」と、手をひらひらと振ってその場を去っていく。僕は息を一つ吐いて、さっきの商品の場所に戻る。

 中迫さんが興味を持ったのはミサンガだった。そして、僕が中迫さんのために選んだのは緑と黄色、オレンジの三色の編み込みのミサンガ。色合いが明るて元気な中迫さんにピッタリだと思ってしまう。

 僕はそれを手に会計を済ませ、小さな紙袋を手に店の前で待つ中迫さんのところに行く。


「意外に早かったね、岩月君」

「それは中迫さんもでしょ?」

「そうかも。だけど、これだって感じでビビビッてくるのがあったからね」

「まあ、僕も似たようなもんだよ」

「じゃあ、三階のあそこでゆっくりと交換しようよ」


 中迫さんは笑顔で歩き出し、僕は慌てて追いかけ、少し後ろを付いて行く。中迫さんはスキップをしそうなほど軽い足取りで歩いていて、それを見るだけで僕も心が軽く飛び上がりそうになる。

 三階のあの人気がない穴場に戻ってきて、並んで椅子に座る。そして、紙袋を交換した。


「せーので開けようよ。いい? せーの!」


 中迫さんの合図で袋を開け、中身を取り出す。中迫さんが選んだのは僕が選んだ編み込みのパターンとほぼ同じで三色の色違いの物だった。緑と青色、水色の爽やかで優しい色合い。


「なんだかお揃いっぽいね」

「そうかもね。中迫さんはつけるの嫌になった?」

「そんなわけないじゃん。まさかこういうセンスが似通るとかさ……私が残念なのか岩月君がセンスいいのか」

「ちょっと待って。最初から僕がダメ扱いはひどくないか?」


 僕の言葉に中迫さん「冗談だよ」と言って笑うので、僕も一緒になって笑う。


「せっかくだからさ、何か願掛けして相手の腕に結ばない?」

「それは僕が中迫さんに何か祈りをこめろと?」

「うん。私は岩月君に思いを込めるよ。じゃあ、腕出して?」


 僕は左手を出して、軽く袖をまくる。中迫さんは頬を緩ましつつ真剣な目で丁寧にしっかりときつくなりすぎないようにミサンガを結んでくれた。


「じゃあ、今度は岩月君の番だね」


 中迫さんは右手を差し出しながら、服の袖をすっとあげる。僕はなんだかこれが指輪だったらプロポーズみたいだと感じて、口元が緩むのを感じる。そして、中迫さんがずっと幸せに笑っていられますようにと願いを込めて、きつくならないように気をつけながら丁寧にほどけないように結ぶ。

 そうやってお互いの腕にミサンガを結んだはいいものの、お互いになかなか言葉が出てこなかった。それだけ、お揃いのものをいざ身に着けると嬉しさと恥ずかしさが同居していて、何を話せばいいか分からなかった。どうにも顔と耳が熱くなってくる。

 ふと横目で中迫さんの横顔を盗み見ると、耳と頬が赤くなっているのが分かった。きっと今の僕も同じなのだろう。

 ふと、中迫さんも横目で見てきていることに気付き、視線が合うと、中迫さんは今までに見たことのない、とろけそうな笑顔を浮かべる、

 未来の記憶で見たはずなのに、僕はその笑顔に心を奪われ、見とれてしまう。

 そして、この笑顔を見れる未来を選んでよかったと心底思った。

 僕の込めた願いはこの笑顔を守ることなのだろう。

 中迫さんは僕にどんな願いを込めたのか気になるが、不思議と同じなんじゃないかと思えた。


 未来の記憶が僕とは違う世界の僕が経験した記憶だとしたら、僕はきっと何度も中迫順子に恋をするのだろう――。

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