第11話 黄金色の日々に、未来を ②

 ご飯を食べ終えると中迫さんは近くのコンビニに行こうと言い出した。

 食後の飲み物を店で注文するより安上がりだからというもっともな理由だった。会計を済ませ店を出てコンビニを探した。見つけたコンビニで僕がブラックコーヒーを買うのを中迫さんは隣で見ていた。


「中迫さんは買わなくてよかったの?」


 コンビニを出て、買った飲み物をショルダーバッグに入れながら尋ねる。


「私は朝買ったミルクティーが残ってるから」


 そう言いながら肩からげている鞄からミルクティーをチラ見せしてアピールしてくる。


「そういえばそうだった」

「うん。じゃあ、ちょっとひと休みしに行こうか」

「行くってどこに?」

「ついて来れば分かるよ」


 そう言って、中迫さんは歩き始める。アーケード街を抜け、百貨店に入っていく。エスカレーターで三階に上がり、ちょっと奥まったところに連れていかれる。そこには数組の木製のテーブル席があった。


「ここけっこう穴場なんだよ」


 中迫さんはそう言いながらテーブルの一つに近寄り椅子を引いて座る。僕も向かい合うように座り、辺りを見回すとテナントの壁などで上手く隠れていて、こんなスペースがあるとは気づきにくい。そのためか僕たち以外は誰もここにはいなかった。それにゴールデンウィークの昼過ぎという人の流れが多かった入り口付近とは対照的に、店内だというのに遠くから店内放送が聞こえたりしてくる程度でどこか静かで落ち着く場所だった。


「岩月君、騒がしいの苦手って言ってたけど人が多いところに連れ出しちゃったからさ、のんびりできる場所もチェックしてたんだよ」

「エスコートや下調べが完璧だね」

「そうでしょ、そうでしょ? まあ、ここは小さいころ迷子になってたまたま見つけた場所なんだけどね」

「それ言わなければ完璧だったのに」


 そう言いながら、思わず笑ってしまい、中迫さんもにひひと笑っている。鞄からコーヒーを取り出して、口をつけて一息ついた。それと同時に、未来の記憶が再生され始める。



「私、ここのお店よく来るんだよね」


 隣を歩く中迫さんが百貨店内のとある店の前で足を止める。同じように足を止めて中を見ると、そこは雑貨屋で、ハンカチや美容グッズなどの雑貨からヘアピンやシュシュなどのちょっとしたアクセサリーまで売っている。

 中迫さんがこの店でよく買うのはアロマオイルや小物らしく、アロマコーナーでお気に入りのアロマを教えてもらった。

 そのまま店内を見て回っていると中迫さんは服の裾を商品の入ったカゴに引っ掛けてしまい、棚から落としてしまう。幸い梱包こんぽうされていた商品で焦る中迫さんと一緒に店員に謝りながら拾い集めた。その後、中迫さんはある商品で目を止める。


「ねえ、これ買おうよ? 今日の思い出として」


 僕はそれに渋々承知して、お互いに相手の物を選ぼうと中迫さんが楽しそうに提案する。

 そして、順番に相手に見られないように選んで会計を済ませる。そのまま小さな紙袋を手にしたまま、店を出て、また三階のあの場所に。そこでお互いに買ったものを見せ合い、似たようなセンスに笑う。

 僕と中迫さんの初めてのお揃いのアクセサリーをお互いの腕に願いを込めて結ぶ。腕に結ばれたそれを見て、僕と中迫さんは少しの間、何を話していいか分からず固まってしまう。横目で盗み見る中迫さんの横顔は耳と頬が赤くなっている。それはきっと僕も同じなのかもしれない。

 ふと、僕も中迫さんに横目で見られていることに気付き、視線が合うと、中迫さんは緩み切った笑顔を浮かべた――。



 現在に戻ってくると、中迫さんは向かいに座っていて、鞄からミルクティーを取り出し、口をつけながらスマホをいじっていた。今さっき見た未来の記憶はどれくらい後のことなのだろう。中迫さんの服装からして今日なのは間違いない。

 しばらく中迫さんをぼんやり眺めていると、時折口角が上がるので何か楽しいものを見ているのかもしれない。その顔がさっきの未来の記憶で見た笑顔と少し重なる。


「なに見てるの?」

「写真だよ」


 そう言えば、今日も時々スマホを取り出し写真を撮っていた。ご飯の時もパスタやピザが届いたときに食べる前に何枚か撮っていた。


「岩月君も見る?」

「見てもいいものなの?」

「いいに決まってるじゃん」


 中迫さんは立ち上がり、回り込んですっと隣に座る。そして、スマホの画面を操作しながら今日撮った写真を見せてくれる。

 百貨店に来る途中で見かけたアーケード街のイベントスペースでやっていたどこかの学校の吹奏楽部が演奏している写真。音の大きさに驚きつつも興奮して曲が終わるまで中迫さんは目を輝かせて、耳を傾けているようだった。

 お昼ご飯のテーブルの上の美味しそうな料理が並ぶ写真。僕はトマトバジルソースの無難ながら外れない組み合わせに面白くないと文句を言いつつも、中迫さん自身もカルボナーラソースに魚介というあまり冒険しない組み合わせで黒コショウを多めにかけてもらっていた。

 他にも、服を体の前で合わしている僕や、スタンドミラーに映った自撮りと意外に多くの写真があった。そして、今日最初に撮ったであろう写真を見て僕は顔をしかめる。


「うわあ……引くわあ……」

「ちょっと、岩月君? そんなまじっぽい引き方やめてよ?」

「いやいや。だってこれさ、盗撮じゃん」


 写っていたのは駅で壁に背を預けてスマホを見ている僕だった。


「これくらいいいじゃん。ねっ? ねっ?」

「それでこれを誰かに見せたりするわけ?」

「ご飯の写真は見せるかもだけど、他は分からない。だって、私が撮りたいものを撮って、いつか写真を見ながら思い返してこんなことあったなって思いたいだけだし」


 そう話す中迫さんの柔らかな笑顔はどこか寂しさのようなものをはらんでいるように見えた。


「そういうことならさ、今日みたいに一緒だった日の写真とかはさ、いつか未来であのときはこうだったって思い出話に付き合ってあげるよ」


 僕は自分でこんなこと言うとは思ってもみなくて口に出した後で内心で驚いていた。しかし、自分以上に中迫さんの方が驚いているようで、「いいの?」といつになく真面目な表情で尋ね返してきた。それに「いいよ」と答えると、表情がみるみる明るくなっていくのを目の当たりにして、こっちまで口の端が緩んでいくのを感じる。きっとこの会話がきっかけで思い出になるものを買おうと中迫さんは思ったのかもしれない。


「なんだか今日の岩月君は素直でよく笑うから、後が怖いなあ」

「どういうことだよ?」

「そういうことだよ」

「僕が笑うと世界が崩壊でもするのかよ?」

「そうかもね」


 中迫さんは楽しそうに笑う。


「だって、岩月君が退屈そうに見ていた世界は壊れたでしょ?」


 そう言われたらそうだ。中迫さんといると退屈する暇を与えてくれない。もしかしたら、話をしていなくても中迫さんと一緒にいて、存在を感じているだけで僕の心は満たされてしまうかもしれない。

 少し前まで退屈で周囲から浮かないように適当に過ごすだけだった灰色に見えていた世界は、中迫さんと一緒に見るだけで色鮮やかに彩られ輝きだした。それはきっと世界で一番輝いて見える人が僕の世界の中心にやってきたからかもしれない。

 僕は中迫さんのさっきの言葉を肯定するのが照れくさくて、「……そうかもね」と、視線を逸らしながら曖昧に誤魔化す。それを見て、中迫さんは今日見た中で一番楽しそうに声を上げて笑い始める。

 僕はなんだか全て中迫さんの思うとおりになっているようで、そのモヤっとした気持ちを晴らすために中迫さんに小さな抵抗をする。


 ピッ、カシャ!


 軽い電子音のシャッターが切れる音と共に、目の前の最高の笑顔を切り取った。

 突然のことで、むっと唇を尖らる中迫さんにさっき撮ったばかりの写真を見せる。


「いい顔で笑ってるよね? よかったらこの写真あげようか?」

「いらない。その代わり、それ消さずにずっと大事にしてよ?」

「ホーム画面にでもしろってか?」

「いいね、それ」


 中迫さんはさっきまで拗ねたような表情を浮かべていたのにまた楽しそうに肩を揺らす。僕も一緒になって笑いながら、こんなにも何も考えず笑えるというのはとても幸せなことなんじゃないかと思った。

 しかも、今のこの幸せ以上のものがこの先に待っていることも知っている。

 そんな未来に早くたどり着きたいと思いながら、今この瞬間が少しでも長く続いてほしいという相反あいはんする感情を抱いていた。

 ただそのどちらにも隣にいる人は変わらない。

 僕はこの人とずっと一緒に笑ったりしていたいと心の底から感じていた――。

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