第10話 黄金色の日々に、未来を ①

 明日からゴールデンウィーク――。

 本来ならば期待感や開放感などを感じてもいいはずなのに、ぼんやりとベッドで横になり天井を見つめるばかりだった。今は課題に手を付けることも本を読む気も起きない。

 理由は相反する気持ちがせめぎ合って、まだ頭も心も整理がつかないのだ。

 今日一日で世界は一変してしまった。

 スマホを手に取り、中迫さんとのやり取りを見直す。そこには期待感や高揚感、楽しさに満ちていてポジティブな未来に繋がる言葉が並んでいて、読み返すだけでも口角が上がってしまいそうだ。

 枕元に置いた小説に手を伸ばす。この本は西城さんに僕好みだろうと勧められて買って、後に彼女に貸す約束をしていた本だ。だけど、西城さんとこの先、どんな顔でどんな話をすればいいか分からない。今は西城さんの友達としてちゃんと振る舞えるか自信がない。

 そんなときにスマホにメッセージが届いた通知音が聞こえた。


『やっほー、岩月君。起きてる?』


 そのお気楽なメッセージと、やあやあと手を挙げた渋い顔の犬のスタンプに心が和まされる。


『起きてるよ』

『それでお出かけ、いつがいい?』

『デートなんでしょ?』

『そうともいう』


 どや顔を浮かべる犬のスタンプが送られてきて、思わず笑ってしまう。中迫さんと関わると僕は素直に楽しいと感じたり、笑ったりできるのは自分でも不思議だ。


『僕はいつでもいいよ』

『じゃあ、三日後は?』

『大丈夫』

『じゃあ、待ち合わせ場所とか時間はこっちで決めていい?』

『いいよ。お任せするよ』


 わかったと頷く猫のスタンプが送られてきて、『今から楽しみだよー』と続けて送られてきた。どこまで本心か分からないけれど、僕自身も楽しみに思えてきた。

 次の日。昼前から時折メッセージが届いた。中迫さんはクラスでよく一緒に行動している野瀬さんや柴宮さん達と遊んでいるらしく、合間に写真やなんかと一緒に報告してきたのだ。

 その翌日は中学校の友達と遊んでいるようで、楽しそうな写真が届く。僕はリアクションに困りながらも、いつも中迫さんの周りには笑顔が溢れていて、心にもないのに僕もそこにいられたらと思ってしまう。

 中迫さんの報告を眺めながら僕は二日使って課題を終わらせた。これで残りのゴールデンウィーク中に勉強に追われることはない。

 その日の夜、中迫さんが待ち合わせ場所と時間を提案してきて、僕は了承した。


『明日は一日、私が岩月君をエスコートしてあげるよ』

『それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ』


 オッケーと指を立てる猫のスタンプが返ってきた。こういうときはなかなか寝付けないのが普通の感覚のはずなのに、明日何が起こるか分からない未来を楽しみにしながら、不思議と落ち着いた気持ちでゆっくりと意識を沈ませていった。


 待ち合わせは場所は高校の最寄り駅から二つ向こうの駅前に十一時に集合ということだった。

 改札を抜けて、さっと人波から外れた壁際で立ち止まる。スマホを取り出して時間を確認すると約束のだいたい十五分前だった。その画面を見ているタイミングを見計らったかのようにメッセージの通知が届く。


『岩月君、そんなに私と早く会いたかったのかな?』


 画面から顔を上げ、辺りを見回すと、すぐに送り主は見つかった。壁際から離れ、中迫さんに歩み寄る。


「待ち合わせは駅前じゃなかった?」

「いやあ、岩月君がこんなに早く来ると思わなくてさー。そこの売店で飲み物買ってたら姿見つけっちゃてさ」

「それじゃあ、あんまり待たせたわけじゃないんだ」

「うん。私も今来たところだから」


 中迫さんは楽しそうな笑顔を向けてくる。そして、そのままジロジロと全身を見られる。僕の服装に不満でもあるのかと少し不安になる。何をするか分からないので、白無地の長袖Tシャツに黒のスキニージーンズ、さっと羽織れるベージュ系のカーディガン、ショルダーバッグにスニーカーという普段通りのシンプルな服装だった。


「えっと、何かおかしいところでもあった?」

「いやあ、そういうわけじゃなくってね」


 中迫さんはうんうんと一人頷いている。何に頷いているか分からないので、中迫さんの反応待ちになってしまう。


「なんかさ服の色合いだとか雰囲気が被ってるなあ、って思ってさ」


 中迫さんは、ほらっと言いながら目の前でくるりと一回転して見せる。たしかに似ているような気がする。ベージュより赤みが強いキャメル色の膝下まで丈のあるパーカーワンピースに黒のレギンス、スニーカーという姿で、言われてみればレベルで似通っていることに気付かされる。


「たしかに言われてみれば、似てる気もするけど」

「岩月君は普段からそういう服なの?」

「まあ、元々ファッションだとかに興味ないし、だいたいこんな感じだよ」

「そっか……そうだよね。私がラフ過ぎたのかな?」

「いいんじゃない? 気合い入れ過ぎられても困るでしょ?」

「そうだよね。いきなり岩月君がジャケットとかフォーマル系の服装でガチガチに固めて来られたら引くもん」

「引くことはないだろ? そもそもそんな服持ってないし着ないっての」

「持ってないの? もしそんなことになったら、キメすぎて浮いてる岩月君を遠目に見て、笑いたかったのに」

「それは性格悪すぎだろ」


 その一連のやり取りを終えると、顔を見合わせて笑う。こうやって向き合っているだけで楽しくホッとしてしまう。


「それで中迫さん。まずはどこに行くの?」

「ブラブラと色々見て回ろうよ。それからお昼食べよ」

「分かった」


 中迫さんに合わせて歩き出す。“定位置”の左隣を歩く中迫さんを話しながら時々横目で見つめる。高確率で同じタイミングで横目で見上げる視線と重なり、そんな些細な偶然にフッと笑みがこぼれる。今日はそんなことの繰り返しだった。

 駅からすぐのアーケード街を歩いていて、目移りしそうなほどの店の中でふと猫カフェの看板が目に入る。それをきっかけに好きな動物を聞こうと思ったら、


「岩月君って、猫派? 犬派?」


 と、先回りして話題にされる。中迫さんに視線をやるとさっきまでの自分と同じように猫カフェの看板に目をやっている。


「僕は鳥派かな」

「選択肢以外からとかずるくない?」

「そういう中迫さんはどうなのさ?」

「私? 私はどっちも好き」

「選択肢の意味ないじゃん」

「そうだね」


 そうやって顔を見合わせて笑い、また歩き出す。他にもふらりと入った服屋で自分でいいなと手に取る服と相手に似合いそうと選ぶ服が同じだったり驚くほどシンクロする。そのたびに驚きつつもどこか納得もする。自分と相手の好みが一致するという偶然が当たり前にさえ思えてくる。


「そろそろお腹空かない?」

「そうだねえ。それにいつの間にか十二時回ってるね」


 中迫さんはスマホの時計で時間を見ながら答える。


「それじゃあ、昼食べるとこ探しに行こうか?」

「お昼は行ってみたいお店あるんだけどいいかな?」

「もちろん」

「よかった」


 中迫さんはホッとしたような表情を浮かべる。そして、その店があるところに案内してくれる。アーケード街から脇道に逸れ、少し奥まった場所に連れていかれる。そのまま少し歩いて角を曲がった先に雰囲気のある店が現れる。


「ここだよ。いつか食べに来たいなって思ってたんだけど、なかなか来る機会がなくってさ」

「そうなんだ」

「うん。だから、一緒に出掛けるって決まったときにここだけは絶対に来たいと思ってたんだ」


 中迫さんは楽しそうな声音でそう言い、並んで店先のメニューに目をやる。イタリアンの店で種類も豊富なのが分かる。近くに置かれたボードにはランチタイムの案内やおススメが書かれていた。

 店の中に入ると、ほぼ満席で通された席に向かい合うように座る。そこで再度メニューを見ていると、中迫さんがニヤニヤとしながら話しかけてくる。


「ここの特製パスタが食べてみたかったんだ」

「特製パスタ?」

「うん。どんなパスタにするか選べるんだよ。パスタの麺の種類からソースや具材も自分の好きなように全部指定できるの」

「なんかすごいね」

「よかったら岩月君もどう?」


 そう言われるとどんなものなのか興味が湧いてくる。


「そうだね。じゃあ、僕もそうしようかな」

「じゃあ、あとはピザかサラダ注文して分けようよ。どっちがいい?」

「僕はピザがいいな」

「分かった、じゃあ、なんのピザにするかは私が選ぶね」


 中迫さんが店員を呼び注文を告げると、店員はエプロンのポケットから紙と鉛筆を取り出し、僕と中迫さんに渡してきた。

 渡された紙を確認すると、さっき中迫さんの言うように項目がずらっと並んでいた。パスタの種類やソース、メインの具材とサブの具材とざっと並んでいて、希望するところにチェックを入れるシステムになっていた。

 僕と中迫さんは店員に相談しつつ、手早く決めて、注文を終える。


「あとでひとくち交換しようね」


 中迫さんは楽しそうに笑う。僕は無難な取り合わせにしたが、中迫さんが何を選んだかは分からない。

 その答えはあと少し待てば目の前に届くのだろう。

 こうして当たり前のようにデートをして、向かい合って笑っているが、僕たちはまだ付き合っているわけではない。僕はこの関係の終着点を知っているので、どうやってそこに行きつくようになるのか今は楽しみでしかない。

 読みかけの小説の続きが気になるように、僕はこの先の中迫さんとの未来が気になってやまない――。

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