第4話 キミと出会った春に、未来を ④
入学式のあとのホームルームも終わり、今日は解散となった。
自由になった途端に教室の中心の彼女の周りに人が集まっていく。
「これから、親睦会やろうよ」
「クラスでメッセのグループ作ろうよ」
わいわいとしてる中でそんな声が聞こえる。その騒ぎを聞き流しながら配布されたプリントなどを鞄にしまう。
「それにしても中迫さんの人気すごいな」
前の席に座る相川君が僕の机に肘を置きながら話しかけてくる。
「相川君は行かなくていいの?」
「なんで?」
「ああいうことに興味があるんでしょ?」
「そりゃあ、楽しそうだけど、今の俺の興味は岩月君の方かな」
相川君はそう言いながらさっきまで教室の中央に向けていた視線をこちらに向けてくる。それを受け流しつつ、僕は視界の端に映る藤崎先生を気にしていた。余ったプリントや名簿などを両手に抱えているのが見えた。
「別に興味を持つのは勝手だけどさ、僕なんかよりもっと周りを見た方がいいと思うよ」
「どういうことだよ?」
その言葉には返さず、すっと立ち上がり、藤崎先生の先回りをして、教室の扉をさっと開ける。
「ありがとう、えっと――」
「岩月です」
「うん、岩月君。助かったわ」
「いえいえ」
藤崎先生が出ていくのに付いて、教室を出る。その後ろを相川君が追いかけてきた。
「まだ、何か用? 相川君」
「ほんと岩月君は面白い人だね。なあ、呼び捨てにしてもいい?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ、よろしくな。篤志」
そう言いがら、馴れ馴れしく肩を組んでくる。こういうタイプの人間は正直言うと苦手だが、仲良くしておいて損がないことは知っている。友達にはなりたくないが――。
「俺のことも呼び捨てにしてくれて構わないから」
「ああ、わかったよ。相川」
「苗字の方かよ。まあ、今はそれでいいか」
相川はけらけらと笑い、その声に前を歩く藤崎先生が足を止めて振りむき、「あなたたち、もう仲良くなったの?」と、声を掛けてきて、相川は「そうっすよ」と即答する。そのまま三人で廊下を歩き、職員室前で藤崎先生と別れ、昇降口で相川と並んで靴を履き替える。
「なあ、篤志。これからどっか寄って行こうぜ」
「寄るってどこに?」
「カラオケかゲーセン? あとはファミレス?」
「そういうのパス。それに僕は寄りたいところあるから」
「どこ?」
「本屋だよ。相川は他の連中を待って、一緒に遊びに行けばいいよ。きっと中迫さん一行はどこかに遊びに行くだろうし」
「まあ、それも悪くないかもな」
相川は一人腕を組んで考え事をする。やっと相川から解放されるとホッと胸を撫でおろす。
「じゃあ、僕は帰るから。またな」
「ああ、また明日な」
相川はくったくのない笑顔を浮かべる。それにあてられながら、一人で帰り道についた。
本屋に寄るというのは逃げるための口実ではなく、実際に行きたいところだった。自己紹介で話した読書が趣味というのも本当でラノベやハードカバーの小説など幅広く読んでいる。本屋で気になった本を手に取り、数ページ試し読みしたりするのが好きで、気に入るものがあれば買うようにしていた。
それに今は一人になりたい気分でもあった。
今日見た未来の記憶で、中迫さんと付き合うことになるのは分かっているが、目立つことを避けている僕がどうしてスポットライトのセンターにいるような人と関わり合いになるのかがさっぱり分からない。
普通に考えたら、何か用事でもないと喋ることすらしようと思わない相手だ。
未来が見えているのに、そこに至る道筋が分からないせいで、疑問と疑念ばかりが心に渦巻いてくる。
本屋に着き、小説の置かれたコーナーで今は未来のことは忘れて、自分の好きなことをして気を紛らわせることにした。気になる本を手に取り、冒頭部分に目を通していると、
「あ、あの――」
と、声が聞こえた。声の方に顔を向けると、朝のポニーテールの女の子が立っていた。
「ちょっといいですか?」
「僕ですか?」
「は、はい」
そう言われ、持っていた本を棚に戻す。ちらりと辺りを見回すと、他の客が他所でやれよと言わんばかりの視線を向けてきたり、わずかに顔を歪ましたりと、迷惑に思われていることを察した。
「とりあえず、場所変えませんか?」
そう提案すると、ポニーテールの女の子は小さく頷いた。
本屋から出て、近くの目についたカフェに入った。そして、向かい合うように座り、コーヒーを注文する。
目の前の女の子は緊張しているのか、そわそわとして落ち着かないようで、注文が届くまでは話すのはやめておこうと決める。その時間を利用して、さっと辺りを見渡す。店内には中年の女性の三人組と、本に目を落とす、白髪交じりの男性、スマホを気にしている若い大学生くらいの女性がいて、僕たちのような制服を着た客がいないことにひとまず安心する。
入学初日から噂になったり目立つようなことは避けたかった。
コーヒーが届くと、ポニーテールの女の子は砂糖を半分だけ入れひとくちコーヒーに口をつけ、一息つくと表情から硬さがとれるのが見て取れた。
「それで、僕に何か話があったんですよね?」
そう言われて、ハッと気づいたように慌ててカップを置き、姿勢を正す。
「あの、今朝はありがとうございました」
深々と頭を下げながらお礼を言ってくる。
「ああ、やっぱりそのことだよね。気にしなくていいよ。たまたま自転車が来るのが見えただけだし。それより、あれからどこか痛みが出たりしてない?」
「それは大丈夫です。ただ、ちゃんとお礼言えてなかったなって」
女の子は顔を上げると俯いたまま、コーヒーの液面に視線を落とす。
「そういえば、その制服。同じ学校なんですよね? 朝は急なことでそこまで気付けなかったですが。私、一年一組の
名前を言われて自分が名乗らないというのは失礼になるので、
「僕は一年二組の岩月篤志です。まあ、同じ一年生だし、もっと気軽に話してくれていいから」
と、内心渋々といった感じで名前を教える。
「岩月さんですか?」
「君付けでいいよ」
「じゃあ、岩月君。あらためて、ありがとうございます。何かお礼したいんだけど――」
「別に気しなくていいよ、西城さん」
「じゃあ、せめてこのコーヒー代くらいは払っても?」
「それで西城さんが満足するなら。その代わり、それでもう貸し借りはなしってことで」
「はいっ!」
西城さんは初めて柔らかい表情を浮かべた。真っ直ぐに顔を見ると、化粧っ気が薄いので素朴さを感じるが、素材がいいのかとてもかわいらしい人に見えた。
比べるのは失礼だが、中迫さんはわかりやすくかわいい人で、西城さんは分かりにくい美人といったところだろうか。僕個人の好みとしては、西城さんみたいな見た目の人の方が好みだ。
そういうのもあって、ちょっと西城さんに興味がわいてきた。ブラックのコーヒーに口をつけてから話しかける。
「それで西城さんはどうして本屋に?」
「ああ、私、本読むのが好きなんです。新刊のチェックは怠らないようにしているんですが、本屋では見落とした本を手に取るきっかけになるので好きな場所なんです」
「そうなんだ。それでどんなジャンルが好きなの?」
西城さんは少し考えこむ。
「けっこうなんでも読みます。だけど、個人的には恋愛モノが好きですね。ラノベでも文芸でもそこは変わらないかもですね。あっ、でもドロドロ系は苦手で爽やかな話の方が好みかもです」
西城さんは楽しそうに語りだす。本が好きなのはよく伝わってくる。それと同時に、もしかすると本の好みが近いかもしれないという感覚があった。そう思うと、僕もいつの間にか口元が緩んでくるのを感じる。
「もしかして、岩月君も本が好きだったりするんですか?」
西城さんは目を輝かせながら尋ねてくるので、「うん。好きだよ」と素直に答えると、目を大きく開いて満面の笑みを浮かべる。そんなあからさまに嬉しそうにされると、少し照れてしまう。
「それで岩月君はどんな本が好きなんですか?」
「僕は――」
それから西城さんと本について時間を忘れて、語り合った。今まで、そういうことができる相手がいなかったので想像以上に楽しい時間で、思わず二人してコーヒーのおかわりまでしてしまった。
そのまま意気投合して、連絡先を交換する。
「それじゃあ、また学校で」
そう手を振り、駅の改札を抜ける西城さんを見送った。
僕はきっと西城さんのことが気になりだしている。でも、未来で付き合うのは西城さんではないことも知っている。そのことが僕の心を締め付ける。
未来を変えられることも知っているが、僕は中迫さんのことをまだよく知らない。その状態で未来を変えたいとまでは言えない。
そのことで、未来に対して漠然とした不安を感じる。しかし、それは一般的には当たり前のことのはずなのに、未来に起こることを知っている僕にはそれはとても大きなものだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます