第3話 キミと出会った春に、未来を ③
入学式を終え、教室に戻ってくると、
「じゃあ、これから自己紹介をしましょうか」
と、教壇に立つ若く見える女性教師が声を掛けた。
「それではまずは担任の私から。私は
そう背筋を伸ばし、はきはきと喋っていると、女子の声で、「先生は歳はいくつなんですかー?」と、質問が飛ぶ。
「あまり年齢のことは話したくないけれども、まだ三十の大台に乗ってないとだけ言っておくわ」
そう笑みを含みながら答えると、クラスが和やかな笑いに包まれた。
「それじゃあ、出席番号順に自己紹介してもらおうかしら。そうね。名前と好きなこととか何か一言って感じでいきましょう」
藤崎先生の言葉に一瞬ざわっとする。そして、すぐ前に座る出席番号一番の生徒が自己紹介を始めた。
「
相川君は調子よく話すのでクラスからは拍手と共にクスクスと笑いが起き、好意的に受け止められていた。彼の自己紹介でどこか緊張感の薄れた空気感ができたように思えた。そう思うと次に自己紹介をする僕としては気が楽だ。しかしながら、自己紹介の言葉を用意していないので、焦りはあった。拍手が鳴り終わるタイミングで藤崎先生に「じゃあ、次の人」と促され、立ち上がる。
クラスを見回すと視線が集まるのを実感し、緊張で口の中が渇いてくる。そのなかで教室の中心付近にいる彼女の顔を見ると、不思議とすーっと冷静になれた。
「えっと、
そう笑顔を作るわけでもなく、すらすらと口にする。空気を重くすることなく自己紹介を終え、義理の拍手を受けながら席についた。そして、次の人の自己紹介へとクラスの関心は移っていく。
次々に自己紹介が続く最中、前の席の相川君が自然に席の向きを変え、小声で話しかけてきた。
「岩月君だっけ。なかなか面白そうだね、キミ」
「そんなこと初めて言われたよ」
そう小声でため息交じりに返す。そして、僕の隣の席の人の自己紹介が終わり、相川君はわざとらしいくらいの拍手をする。拍手する手を止め次の人の自己紹介が始まると、また小声で話しかけてくる。
「いやいや、普通はさ、名前言って、好きなことを渋々言うか、よろしくって言って終わりなんだよ」
「そうか?」
「そうそう。その証拠に今のところ、自己紹介でそれ以外の余計なことをいったのは俺と君だけだぜ」
そう言われればそうだ。今のところ彼の言うような味気ない自己紹介が続いていた。なので、こうして話すうちにあっという間に自己紹介が終わり、拍手の乾いた音が教室に響く。
「まあ、それは相川君が余計なことを言った後だったから釣られただけだよ」
「そうかい?」
「ああ、そうだよ」
「まあ、とにかくさ、俺は岩月君に興味湧いたからさ、仲良くしてくれよ」
「ほどほどにな」
そう言うと相川君はふっと笑いながら、自己紹介が終わった人に向けて拍手を送っていた。
それからも自己紹介は続き、ほとんどが手短に済ませる中、余分な一言を付け加える人も現れたが、そういう人は例に漏れずクラスの中心になりそうな明るさや雰囲気を持っていた。
そして、次は彼女の番だ。彼女の前の自己紹介が簡潔に終わり、僕は義務的に拍手をしながら、心の中で、「ああ、次は“りこ”の番か」と自然に心の中で呟いた。
これから何が起こるかは未来の記憶を見ているので全て分かっている。
*
彼女はまず名前を言い、下の名前の読み間違いをしないように指摘すると、その言い方が面白かったのかクラスがドッと沸く。そのことでクラスの関心は彼女に注がれる。それから趣味の一つが理由でこの学校を選んだと話すと、そのことについて質問が飛んでくるも、気楽な調子で答える彼女にまたクラスは盛り上がり、最後にカーテンコールを受けた舞台役者のように礼をして、クラスで一番大きな拍手を貰うのだ。
*
現在に戻り、彼女は前の人が終わったタイミングで先生が促すより先に立ちあがる。そして、すっと背筋を伸ばし、ぐるりと見渡し、視線を前に戻す。ちらりとこっちに目だけを向けた後、彼女は自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は
そう笑顔で楽しそうに話すので、クラスからはクスクスと笑い声が上がり、クラスの視線は彼女に集まる。クラスが明るい雰囲気になったことに満足そうな表情を浮かべつつ、さら追い打ちをかけるように、
「と・く・に、藤崎先生! そのへん、ほんとお願いしますよお?」
と、矛先を藤崎先生に向けるとクラスはドッと沸き、突然のことで藤崎先生も驚きと笑みが共存した表情を浮かべる。
「まあ、生徒のことを下の名前で呼ぶ機会は少ないと思うのだけれど、気をつけさせてもらうわね。
そう笑顔で藤崎先生に返され、先生を巻き込んでクラスは明るい雰囲気に包まれる。教室はさながら、その明るさの中心に立つ彼女のステージと化したようだった。見た目のかわいさも含めて、誰をも自然に惹きつける魅力を彼女を持っている。
「それで……なんだっけ? ああ、好きなことか。えっと、趣味はスポーツ観戦かな。基本どんなスポーツでも見るのは好きで、そのなかでも特に野球を見るのが好きです。ここだけの話、この学校を選んだのも野球部が強いってのも理由の一つだったからね」
彼女はうんうんと一人頷いていると、クラスの男子から、
「じゃあ、野球部のマネージャー志望だったりするわけ?」
と、質問が飛んでくる。自己紹介で質問までされたのは彼女だけだ。それなのに、驚きの表情を浮かべず、彼女は答える。
「マネージャー? いやいや、それはないよ。だってさ、野球部のマネージャーが重労働なのは高校野球の特集や漫画とかで見て、知ってるからねえ」
そう気楽な調子で答えると、クラスはまた笑いに包まれ、彼女も楽しそうに笑顔を浮かべる。
「まあ、それは半分冗談で……本当は肌があんまり強くないから日焼けすると痛くて大変なんだよ。だから、私は観る専なんだ。家のテレビで見るスポーツが一番だよ」
そう付け加えクスクスと笑い声が聞こえる中、彼女は、
「こんな女の子ですが、どうぞよろしく」
と、わざとらしくスカートの
彼女に向けられた拍手が鳴り終えると、次のクラスメイトがやりにくそうに自己紹介を始める。それには少し同情をする。
それから数人が自己紹介をし、彼女の残した余韻というものが消えたころ、ふいに彼女と視線が合った気がした。このタイミングで視線が合う理由が分からない。だけど、彼女は目が合ったと分かった瞬間、さっきまでの笑顔とは違う自然で柔らかな笑顔で
教室内では自己紹介が続いているが、その一瞬だけは教室には二人だけしかいないように思えた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます