エピローグ 願いを叶える木の下で 前編


 丘の上の小さな墓標。

 春は風が心地よく、秋は黄金の紅葉が美しい、郊外の一等地。

 何度『開発のために譲って欲しい』と言われても、母さんはここだけは手放さない。そこの花に水やりに行くのは、僕の日課だ。


(父さん……来たよ……)


 こんな、命日でもなんでもない日に供える花は、お店で買うような華美なものではなく、野に咲く季節の花を摘んだものや、庭で育てた自慢の花。

 母さんの経営する病院を手伝う傍ら、庭で草木や花を育てることは、僕の唯一といってもいい趣味だった。


(将来は医者じゃなくて、庭師か花屋になりたいな……なんて言ったら、母さんは怒るかな?)


 ふと考えを巡らすが、それで母さんが怒るところなんて想像ができない。

 だって母さんは、『自分のなりたい職業になりなさい。今は、それが叶う時代なんだから』と、口癖のように言っているから。

 自身の医者としての仕事を決して嫌っているようには見えないが、母さんは何故かそれを得意げに話す。


(別に、医者になりたくないってわけじゃないんだけど……)


 そろそろ僕も十三を超える。将来のことについて、考えないといけない頃合いだ。

 幸い、僕は手先が器用で治療の腕もよかった。母さんの献身的な姿を見て育ったせいか、他の医者たちと違って人当たりも悪くないし、病気に興味があるから勉強だって嫌いじゃない。

 実際、小さい頃は、『父さんと同じ病気を治すんだ!』なんて息巻いていたこともあったし。ついこの間のことだけど。


(やりたいことが沢山あるって、大変だなぁ……)


 逆に、こんなことを言えば、それこそ母さんに『感謝が足りない!』って怒られそうだ……

 いつも言われるけど、その度に思うんだよ。

 『感謝って、誰に?』って。

 時代の流れとか?


(母さん……たまに意味深なこと言うからなぁ……)


「……どうしたらいいかな? 父さん?」


 問いかけると、ふわりと春風が頬を撫でた気がした。


(もう……父さんはいつもこれだから……)


 あてにならない。


 僕がどんな相談をしても、優しく撫でるだけ。

 なんかもう、親バカを通り越して、全肯定系な父親だ。


(たまには北風でも浴びせて、叱咤激励したっていいのに……)


 僕のこと、いつまでも泣き虫で弱虫な奴だと思ってるんじゃないか?


 幼い頃、僕はそういう弱っちい奴だった。

 注射がこわくて、薬がキライで、どう考えても医者になんて向いてなさそうな、ひ弱な少年。元から身体も強くなかったし、肌が白くて、家にばかりいて、おまけに髪まで銀髪で。

 母さんは『父さんに似て素敵』って言ってくれるけど、僕の容姿は学校では少し浮いている。だから、いじめっ子たちに『まっしろおばけ』なんてからかわれることもあった。


 そんな僕が泣きべそをかきながら帰ってくると、父さんは決まって僕の頭を撫でた。


 ――『そういうところまで、僕に似なくていいのに』って。


 でも、その顔がとっても幸せそうだったから、それ以上は何も言えなかった。


「あの頃、もっとたくさん話していればよかったのかな?」


 そう考えて、首を横に振る。


(いや、そうじゃない。父さんとは、もう十分すぎるほどに、たくさん話をしていたよ……)


 父さんは、色々なことを教えてくれた。

 自身が病に侵されてからも、寝る前は本を読んでくれたし、医術の話や星座の話、騎士物語に、初恋の話。照れくさそうに、でも幸せそうにそれらを話す父さんが眩しくて、大好きだった。

 だから僕は、今でもこうして色々なことを父さんに話す。


「ねぇ、聞いてよ……」


 そんな報告も、もう何度目かな?


 今はもう、泣き虫でも弱虫でもないし、言いたいことはちゃんと言えるようになったんだ。好きなものを、見つけたから。それが、庭木や花の栽培だった。


 母さんに『胸を張れるぐらいに大好きなことを見つけるといい』と言われて、花を育て始めたのがはじまり。

 手をかけて、愛情を注げば注ぐほど、綺麗に鮮やかに咲く花を見て、僕の心は晴れやかになったんだ。そうして、看病や医師の仕事もそれらと一緒だと気がつくと、僕は家の手伝いが好きになった。

 あれよと言う間に仕事を覚えて、病気に詳しくなって。学校でも、流行り病の治療法に関する課題研究が評価されたりして、僕は自分に自信が持てるようになった。


 でもね……


「どうしよう、父さん……」


 僕、友達が少ないんだ。


 なんやかんやで『将来は有望』とか言われているくせに、友達が少ない。

 そろそろ学校の女の子たちは縁談がどうのとかいう話をしだす歳なのに……


 僕だって、父さんに似てるんだから見てくれは悪くないはずだよ?

 むしろ、一周回って突然恋文を貰うことは今までにも少しくらいあったのに、普段はみんな、僕を遠巻きに見るだけで、肝心の友達にはなってくれないんだ。


「……なんでかな?」


 問いかけると、春風は再び僕を撫でる。


「もう……『キミはキミのままでいい』って? それじゃあダメだから相談してるんじゃないか」


 ほんと。真剣に考えてくれてる? あなたの息子さんのことですよ?

 こんなこと、母さんは心配するから父さんにしか相談できないのに。


 ため息まじりに墓標の傍に腰を下ろすと、絨毯のように咲いたシロツメクサがふわりと薫る。


「はぁ……」


 そのまま仰向けになって寝転ぶと、今度は全身を包むようなあたたかい風が吹いた。午後の陽ざしに照らされる、心地のいい天気。


「父さん……ほんと、僕には甘いよね? まぁ、父さんは誰にでも優しいか……」


 そう呟いて、ふと思い出す。



『ねぇ、知ってる? まっしろおばけはね、おばけの友達なんだって!』


『え~? どういうこと?』


『このあいだ、お墓の前で誰かとお話してるのを見たの!』


『それって、もしかして……』


『おばけが見えるってこと?』


『『こわ~い!』』



(…………)


 だって、『絶対いる』って思うんだから、仕方がないだろ?

 そうでもなければ、この心地いい春風は何? 他の誰だっていうのさ?


 春はあたたかく、夏は涼やかに。秋は柔らかく、冬には澄んだ空気をくれる。

 星がよく見えて、街から響く祝福の聖歌キャロルが耳に届くように。


 ――ほら。 絶対『いる』でしょう?


 大好きだった父さんが、今も『いる』んだから。それは話しかけるよね?

 逆に聞きたいけどさ、キミたちは大切なひとに『話を聞いて欲しい』って、思わないの?『泣きたいときは傍にいて欲しい』とか、『撫でて欲しい』とか『慰めて欲しい』とか。


 思うだろう? だって、大好きなんだから。


(…………)


「だから、かなぁ……?」


 僕が、友達少ないの。


「だから、だよなぁ……?」


 普通に考えれば。


 だって、他の人には父さんが『わからない』んだから。

 そう思われても無理はない。


「でも、だったら友達なんて……」


 僕には、があればいい。

 黙々と、悩みや鬱憤を晴らすように、手で草を編んでいく。

 シロツメクサの、冠を。

 これは小さい頃、この野原で――


(……あれ? 誰に教わったんだっけ?)


 促されるように風の吹く方向に視線を向けると、そこには少女が立っていた。

 長い金髪をふわりと靡かせた、綺麗な女の子。


(いつの間に……)


 驚く僕に、少女は笑みを浮かべる。


「ねぇ、何してるの?」

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