第17話 革命の炎


 火の手の上がる収容施設へ辿り着き、僕は配備していた防火剤とスプリンクラーを全て発動させる。予想通りというべきか、発火地点と思われるのは最奥の、マーチの独房だった。


(独房にいた囚人はマーチのみ……他の者は……)


 幸い、火の手からは遠い位置にいる者ばかりだった。罪人達は通路を伝って迫りくる炎を、檻の中にある蛇口をひねって最小限に食い止めてくれているようだ。


(よかった……皆、無事のようだな……)


 中から聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴の嵐。

 僕は声をあらん限り張り上げて、安否を確認した。しばらくすると水蒸気と煙が晴れ、炎は全て消え去った。放火はあくまでマーチの救出が目的だったようだ。マーチのいた独房の通気口が、ひしゃげて広がっているのが見える。


(それよりも、まずは……)


 僕は、点呼通りに全ての罪人が無事であることを確かめた。


「誰か、具合の悪い方は!? 煙を多量に吸い込んでしまった方はいないですか!?」


 体調を確認して回っていると、ひとりの男性が口を開いた。


「あの、先生? 罪人の俺が言うのもアレなんですが、奥にいた奴がひとり、逃げ出したみてぇですよ?」


「……承知しています。しかし、あなた方はまだ『刻限』を迎えていない。それに、まだ望みだって聞いていないのに。だったら、その命が最優先だ」


 その言葉に、罪人たちは口々に事件当初のことを語り始めた。

 どうやら、僕に協力してくれるようだ。


「火がバーンッ!ってなったとき、外から誰かの声が聞こえたんだ! 『こっちへ! 手を! 広場に用意ができている』って!」


「用意……?」


「あいつら多分、革命軍だ。奥にいた奴は、なんだかしきりに笑ってた。『これでようやく……』とかなんとか言って。気味が悪いのなんのって……」


 僕は、罪人たちの言葉に耳を傾けた後、用具入れに入っていた銀の大鎌を取り出す。身の丈ほどはあるその鎌は、処刑人に代々伝わる原初の処刑器具。

 それを手にした、僕は。


 ――『生きた断頭台』だ。


 妖しく光るその刃のゆらめきに、罪人たちは一斉に言葉を失った。


「逃げたとしても構わない。罪を重ねるようならば、どこまででも追いかけて、奴は必ず……僕が処刑しますので」


 ――この、断頭台ギロティーヌの名に懸けて。


「その首を……必ず。痛みも、迷いも、感じることなく。瞬きの間に斬り落としてみせましょう」


 僕は一族の正装である漆黒の外套を纏い、大鎌を手に、街の広場を目指した。


      ◇


 収容施設を出ると、今更になって消火活動に来た役人と出くわす。彼らは僕の正装と、手にした大鎌を目にすると、小さな悲鳴をあげながら一斉に道を開けた。

 それもそのはず。この街――いや、この国で処刑人といえば、それは、『絶対に逃れられない死』を意味するからだ。特に、階級の高い公的機関の人間ほど、そう教わっているのだとか。


 下々の民に対して横柄な態度を取ることが多い彼らは、『誤って処刑人に失礼を働かないように』と、上官から厳しく躾けられる。

 だって処刑人は、人を殺すことに関して、最も強い、最後の砦だから。

 中立であるその性質上、表立って誰かと交戦することはないが、その信念に従って、一度捕えた罪人を逃がすことは許さない。

 言い換えれば、僕の邪魔をするのなら、誰であろうと容赦はしないということだ。彼らはそれを理解している。


「革命軍は今どこに? 一番交戦区域は?」


 問いかけると、今にも尻餅をつきそうなほどに怯えた男が広場を指差した。


「ひっ、広場です……! 城前広場で憲兵と交戦中であります! 王国軍の増援を要請しておりますが、到着までには時間が掛かるかと……」


「わかりました」


「その出で立ち……まさか、処刑人殿が自ら相手なさるおつもりで?」


「ええ。僕の檻から逃げ出した者がひとり。脱獄はその時点で大罪だ。見逃すわけにはいきません」


「ですが、奴らは数も多く、素人の寄せ集めのくせにやたら統制が取れている。いくら処刑人殿でも、おひとりでは無理が……どこかにいるであろう頭を潰さない限り、奴らはどこからでも襲い掛かってきますぞ?」


 僕は、その忠告に感謝を述べた。


「ご心配ありがとうございます。ですが、僕はその『頭』に用がある。僕の囚人を、僕以外の手で殺されるわけにはいかないのです。必ず、捕えます。そして、被害が大きくなるようであれば、即刻処刑する」


「……ッ!」


「いくら罪人の想いが大事とはいえ、目の前の罪なき命を蔑ろにするわけにはいかない」


 僕はそう言い残すと、広場に群がる革命軍と憲兵たちの前に躍り出た。


「「……ッ!」」


 僕の姿を目にするや否や、絶句する憲兵。革命軍も、僕の得物おおがまとただならぬ雰囲気に息を飲んだ。

 僕は、広場に響き渡るように声をかける。


「革命軍。あなた方の望みは何か?」


「国王を出せ! 俺達平民の意思と自由を、奴らに認めさせるんだ!」


「つっても、もう出てくる王族なんていないかもしれないがなぁ!」


(なるほど……そういう……)


 ラストロイヤルはアリア。だとすると、広場でいくら暴れても国王なんて出てこない。

 彼らは派手に暴動を起こして民衆の注目を集め、この場で『王族が既にいない』ことを示そうというのか。


 だが、今の僕にとって重要なのは、信念に従ってマーチという罪人を捕縛することだ。『脱獄』という罪を犯した罪人の、本来の罪を明らかにして、正しく処刑する。


 だから……マーチを死なせるわけにはいかない。


「出てきなさい、マーチ。どこかでタイミングを伺っているのでしょう? 『自ら憲兵に撃たれ、革命軍が王城へ突入するきっかけを与える為に』……」


「「……っ!?」」


 僕の発言に、ざわつく広場。

 その群衆の中から、マーチの声が聞こえた。


「処刑人が表舞台に出てきて、何をするつもりだ! 我々の邪魔立てをするようなら、いくら貴様とて容赦はせんぞ!」


 あの方角は……憲兵たちに変装し、紛れているようだ。


(憲兵を扇動して僕を牽制させるつもりか……!)


 処刑人ぼくを知っている憲兵ならば、絶対に口にしないであろうその言葉。しかし、混乱に混乱を極めるこの状況においては、気のふれた人間が恐怖のあまりにそう言い出しても無理はないように思われた。

 そして、ひとりの、恐怖に震える憲兵の手が、僕に向かって発砲した。正確には、マーチが手を添えて発砲させたのだ。


「……っ!」


 肩をかすめた銃弾に眉をひそめると、視線を向けられた憲兵が、釣られるように一斉に銃を構えた。


「国の守り人である者が、同じく秩序を制する、断頭台の守り人である処刑人ぼくに、銃を向けるか……!」


「ひいっ……!」


「用があるのはお前だけだ。マーチ……!」


 僕は銃撃の中、群衆に向かって地を蹴る。雨のように浴びせられる銃弾を刃で弾き、紛れ込んでいたマーチを捕えようと、鎌の柄でみぞおちを一突きした。


「ぐ……!」


「よくも、マーチさんを……!」


「手を出すな。キミたちでは、処刑人ぼくに敵わない」


「ぐはっ……!」


 『頭』を取り戻そうと必死にもがく革命軍てあしを次々に散らし、死なない程度に斬りつけていく。僕は、その身に纏った漆黒の外套に赤い花を咲かせるように飛沫を浴びながら、獲物を視認した。


「罪を背負った罪人は……全て等しく処刑する……!」


 それが、それこそが。我ら断頭台ギロティーヌ一族の使命であり、誇りであり……

 今まで手にかけてきたすべての命に……


 ――愛しいあの人エリーに報いる、たったひとつの方法なのだから。


「キミだけを、見逃がすわけにはいかない……!」


 どよめきの中、マーチを踏み倒してその首に鎌の刃先をあてる。

 今まさに命が散ろうという瞬間。広場は静寂に包まれた。


「キミは、自分の命にどれほどの重みがあるか知っているのか?」


「ふふっ……だからこそ上手く使ってやろうって、死に際を選んでここにいるんだろう?」


「……使う? ふざけるな。命をなんだと思っているんだ。モノじゃないんだぞ。それともまさか、これがキミの望んだ結末なのか?」


 問いかけると、マーチはフッと笑って鎌の刃先を握りしめた。


「あんたが教えてくれたんだぜ? 今際いまわの際に咲く花が、一番、人の心に響くんだってなぁ……!」


「やめろ! ここで自死して何になる! キミの『望み』は……!」


「ああ……そうさ! 『人の心に残ること』だよ!!」


 そう叫ぶと、マーチは刃先をぐいぐいと首筋に引き寄せる。

 僕はさせまいと鎌を握りしめた。


「こんな形で死ぬなんて……とでも思っているのか? 俺の生に意味はあったのか? それを今から証明するんだよ! 俺は、この『革命』を成功させる! 俺がここで死んでも、俺の意思を継いだ奴らが、必ず願いを成就させる! そのために!」


 鬼気迫るマーチの勢いに、広場は完全に飲み込まれている。その場にいる全員が、全霊をかけた『最期の言葉』を、固唾を飲んで見守っているのだ。


(これが……狙いか……!)


「いいか、よく聞け! 俺達は……人間は! すべての人が自由で! 平等だ! 俺が保障する! そして示す! 誰にでも自由を求める権利があるんだってなぁ!!」


「「……!!」」


「言える奴が言わないと、伝わらねぇんだよ。思ったことがうまく言えなくて、黙ったままでいるしかない人間だっているんだ。だから、俺はみんなの道標になる……かつて孤児みなしごだった俺を、領主様が救ってくれたように。色んなことを教えて、人としての生き方を導いてくれたみたいに……」


「マーチ……?」


「領主様は、身分の低い辺境の貴族だった。隣国との小競り合いが起こったとき、助けを求めた上の貴族に見捨てられて、命を落としたんだ。『下々の負け戦に乗じる訳がないだろう?』ってな……! 絶対に許せない……! 『革命これ』は、俺の望みでもあり、復讐でもある。誰にも邪魔はさせない!!」


 刃先を握る手に、力が込められる。


「そうだ、俺は罪人だ! この国を沈めようとしているんだからなぁ! そして、『すべての罪人は、等しく処刑されなければならない』!! だから、俺は『すべての罪が具現したような』醜いこの国を、断罪するんだよ!! 俺の命と共に……散れ!!」


「くっ……! 離せ、マーチ! それは間違っている!」


「そっちこそ離せよ、先生! これが俺の、唯一の……『最期の望み』なんだから!!」


「……っ!」


 その一言に、僕の手が思わず緩む。


「民よ、焼き付けろ! これが俺の生き様だ! 俺の代わりに、この国を断罪しろ!!」


「「「……っ!」」」


 マーチの首が……落ちた。


「「「うぉぉおおおっ……!」」」


 その瞬間。広場の革命軍と民衆が、『見えない意思』に扇動されるように王城へと雪崩れ込む。

 その場にいた憲兵たちは呆然と、マーチの残した圧に押されて動けないようだ。


「国王を出せ!」


「殺せ! 王族を、ひとり残らず!」


「王家の時代は、今日で終わりだ!!」


「探せ! ラストロイヤルを引き摺りだせっ! その首を、マーチさんに捧げるんだ!」


「――――っ!!」


 広場が熱で満たされていく。革命の炎がマーチから、人々に伝播して……

 僕も呆然と、その渦に飲み込まれようとしていた。


「…………」


(罪人が……死んでしまった。僕の手によって弔われることなく。その命を、燃やすようにして……)


 正しく、処刑することができなかった。


「僕は、僕は……! あぁ、ごめんなさい。父さん……」


 ――エリー……


(僕は、キミに報いることが……)


 群衆の渦に飲み込まれる直前。僕の耳に届いたのは、『泣かないで』というキミの声。

 そして、キミによく似た笑顔が脳裏にふと映る。


「アリア……?」


 騒然とする広場を見渡すと、王城へ雪崩れ込むのとは反対の方向に駆けていく人影が見えた。


 あの方角は――


(まさか……陽動か……!)


 僕は鎌を手に、急いで丘へ向かった。


 必ず迎えに行くと誓った、あの丘へ。

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