第14話 目の前を暗くするほどの愛 前編


 ある曇りの日のこと。僕が最奥にある独房区画の清掃をしていると、特別な呼び鈴が鳴った。罪人の搬入を依頼する鈴の音だ。


(今日もか。ここ数か月、数が増え続けている気がする……)


 いくら慣れているとはいえ、やはり気分が浮かない。


 新たな罪人は軽度の窃盗犯の少女。とはいっても、『軽度』というのはあくまで僕側の指標であって、依頼主である“盗まれた側”にとっては堪ったものではないだろう。


 屋敷の警備が手薄なところから幾度となく侵入を繰り返し、罪を重ねてきたという。ある日、侵入したところを奥様に見つかり揉み合いになった結果、奥様は怪我を負わされた。屋敷の主は堪忍袋が切れて処刑場ここに送ってきたというわけだが……盗み程度で処刑とは。


(僕にもっと人を養う力があれば、こういう罪人を救えるのだろうか? だが、ひとりひとり僕の家に匿ったのでは、限りがない……)


 どうすれば、いいのだろう?


「はぁ……」


 ため息を吐いていると、独房の中からマーチに声を掛けられた。


「最近ため息ばっかりじゃないか。先生?」


「……誰が好き好んで処刑をするとでも?」


「おっと。ご機嫌までナナメかい? 女が来る日は特にそうだ。何か、イヤな思い出でも?」


「…………」


(それはまぁ、なんとなく。嫌でもエリーを思い出してしまうから……)


 僕の嫌そうな顔に気づいているのか、いないのか。

 マーチは無遠慮に探りを入れてくる。


「……特に、少女は」


「…………」


 そんなつもりはなかったが、そうなのだろうか?


 マーチはああ見えて人の心の機微には聡かった。

 他の罪人の心の動きにも敏感で、彼の助言でより良い牢内生活を罪人に提供できている節もある。僕がこうして、アリアに任せられない危険な区画の清掃に自ら励むのもその一環で――


 バツが悪い話を無視していると、マーチは気にせず話題を振り続ける。


「女を殺すこともそうだが、でも、それ以上に……落胆しているような顔をしているな? 何故なんだ?」


「落胆?」


 そう言われても。心当たりはない。

 眉をひそめていると、マーチは予想外の言葉を口にする。


「探し物でも、しているのかな?」


「探し物……?」


 その言葉に、僕の心臓が一瞬ひやりとした。

 何故かはわからないが、どうにも居心地が悪い響きだ。

 罪人の中から『何か』を探すなんて、墓荒らしでもあるまいし。


「僕がそんなことをするわけが……そもそも、何を――」


「あぁ、俺の気のせいならいいんだよ。それより、メイソンは……あいつは、望みを叶えたのか?」


「はい」


「そっか。なら、いいんだよ。あいつが近くにいたから、俺はこんな隔離された独房でも飽きずにやってこれた。こう見えて、人と仲良くなるのは得意なんだぜ?」


「それはよかった。メイソンさんも仰ってましたよ? 『先に待ってる』って」


「『先に』……ねぇ?」


 いつまで経っても『刻限』が決まらない、宙ぶらりんな現状に思うところがあるのだろうか。マーチはふむふむと考え込む。そして、姿勢を正して問いかけた。


「俺は、まだ死ねない。『望み』を叶えるまでは。そしてそれは、俺にしか叶えられないことなんだ」


「僕では、不足だと?」


「ああ、そうだ。なぁ、先生……あんたの望みは何なんだ? あんたにだって、ひとつくらいあるだろう? 人生の中でこれだけはやり遂げたい!っていう、『望み』がよ……」


 滾る眼差しに、思わず掃除の手が止まる。


「僕の、望み……」


 僕はかねてから考えていた『望み』を口にする。

 答えを聞いたマーチは呆れたようにため息を吐いた。


「おいおい……それは、『あんた』の望みじゃない。一族の望みだ。もっと『人らしい』望みはないのか? そんなことより、俺はあんた個人の望みが聞きたいね。キャロルとしての望みを」


「…………」


 せっかく、あまりにも非現実的過ぎてアリアにも言ったことのない『望み』を打ち明けてみたのに。そんな残念そうな顔をされるとは。

 こちらまで残念な気持ちになっていると、マーチはにやりと笑う。


「なぁ、教えてやろうか?俺の、望みを……」


      ◇


 掃除を終えた僕は、病院棟に戻って昼食を取ろうとリビングに顔を出す。すると、そこにはアリアと見知らぬ女の子が紅茶のカップを手にお茶会をしていた。


「あ! 先生! いけない……もうこんな時間! お昼、すぐに用意しますね!」


 僕に気づいたアリアはぱたぱたと台所に駆けていく。


「それはいいんだけど……彼女は?」


 テーブルに視線を向けると、琥珀の瞳の少女と目が合った。


「お邪魔しています」


「彼女は最近できた向かいの商店の娘さんで、私の、その……お友達です」


 恥ずかしそうにもじもじと友人を紹介するアリア。

 思えば彼女がこうして友人を家に連れてくるのは初めてで、その光景はなんとも微笑ましい。

 僕はやんわりとお辞儀して歓迎した。


「こんにちは、僕はキャロルです。アリアの親代わりというか、なんというか……」


「…………」


 何故か僕にむぅっとした眼差しを向けるアリア。


(ああ……大丈夫。僕が処刑人だっていうのは黙っておくから。それでアリアがお友達を失うなんてことになったらいけないからね?)


 僕はにこりと笑みを返して自己紹介を続ける。


「下の階の病院で医者をしています。アリアと仲良くしてくれて、ありがとうね?」


「リーゼといいます。こちらこそ、アリアちゃんにはいつも沢山お買い物していただいて、ありがとうございます」


 ぺこりと礼儀正しく頭を下げるリーゼちゃん。

 歳はアリアと同じくらいで、同じように美しい金髪を持った女の子。やや目がつり気味なように思うが、容貌も美しく、背格好、体格共にアリアに近しい――


(…………!)


 そこで、僕は気がついた。気がついて、しまった。


 ――僕の『探し物』が、何なのか……


「……ッ!」


 咄嗟にその場から去ろうとするが、アリアが『お昼できましたよ!』と嬉しそうにするので、どうしようもなく椅子に腰かける。

 視線を向けると、リーゼちゃんは気がついていないようだった。

 胸を撫でおろしながら昼食をいただき、僕は足早にその場を去った。


「じゃあ、僕は午後の仕事があるから。ゆっくりしていってね、リーゼちゃん」


「あ、先生!? まだデザートの焼き菓子が――もう! お昼はしっかり休まないとダメですよ!」


 後ろから聞こえるアリアの声を耳に入れないように、別棟へと足を向ける。

 頭の中は、焦りと困惑でいっぱいだった。


(どうして……! あぁ、僕はなんて恐ろしいことを考えて……!)


 悪魔のようなその思考を振り払うように、僕は午後の仕事に没頭したのだった。


      ◇


 先生の様子がおかしいと思ってから、お菓子を食べる手が止まってしまう。


(せっかく初めてできたお友達が遊びに来てくれて、先生にも紹介することができたのに……)


 目の前でカップを手にするリーゼちゃんとは、最近よくお話するようになった。


 今までは、『危ないから外出するときは一緒に』と言われていたのでお買い物へ行くときも先生と一緒だったのだけど。通りを挟んだ真向いにリーゼちゃんの商店ができてからは、ひとりでお買いものへ行けるようになりました。『鈴を鳴らせばいつでも駆けつけられる距離だから』って。


 先生と一緒にお買い物できるのは嬉しかったのだけれど、それだとお夕飯で先生をびっくりさせたり喜ばせてあげたりすることができなくて。

 それに、年の近い子とお友達になれたから、そういう恋の悩み……みたいなのも相談できて嬉しかった。


 リーゼちゃんは紅茶を一口含むと、にやりと笑みを向ける。


「へぇ……あれがアリアの言ってた、例の『先生』ね……?」


「もう! なぁに、その顔!」


「いやぁ。思ったよりも大変そうだな、と思って。だって聞いた? 『親代わり』ですってよ? ふふふっ……!」


「う……」


「年齢の割に見た目も若い、小綺麗で聡明な医者……このご時世でも屋敷が安全なところを見ると、それなりに位が高くて引く手数多って感じなのに。どうして未だに独り身なのかしら?」


「それは……知らない……」


 なんでだろうとは思いつつ、あんまり考えないようにしてたのに。

 リーゼちゃんは遠慮なく指摘する。


(わかってますよ? それくらい、私にだってわかってます……)


 先生が結婚をしないのは、自分が処刑人であることに引け目というか、『自分だけ幸せになるなんて』とか、『きっと相手の方に苦労をかけてしまう』っていう遠慮があるからで。でも、そんなことを差し引いたって先生は多分……モテます。

 お買い物に行っても花屋のお嬢さんからそれっぽい視線を送られたりしているところは目撃している。

 できれば見たくないんだけど、気になっちゃうんだから仕方がないでしょう!?


 だって先生は誰にだって優しいし、人にものを教えるのが上手で、物腰やわらかで、面倒見がよくて、笑顔が素敵で、それからそれから――


「~~っ!」


「あ。赤くなった」


「もう! からかわないでよぉ!」


「ふふっ、ごめんごめん。それにしても大変ねぇ? アリアがこんなにヤキモキしているのに、気づく素振りが微塵もないんだもの! いっそ自分を題材に、喜劇でも書いたらどうかしら!」


「もう、いじわる! そういうリーゼちゃんこそどうなの?」


「え、私?」


「そうよ! 想いを寄せる方のひとりでも、いないの?」


(って言っても、いつもはぐらかされちゃうんだけど……)


 だから、こういう話はいっつも私が相談するばかり。だけど、せっかくお家に来てくれたんだもの。今日こそはリーゼちゃんの好きな人についてもお話を――!


「ん~……想いを寄せる……」


 そう言うと、リーゼちゃんはにやりと笑った。


「……いるわよ。この命に代えても、守りたい。助けたい。そんな方が……」


「え?」


 リーゼちゃんがそこまではっきりと自分の想い人について語るのは初めてだ。

 驚いていると、不意に視界がぐらつく。


(あれ……? 貧血……?)


 くらくらするのをどうにかしようと頭をおさえるが、眩暈が収まらない!


(あ。どうしよ……意識が……!)


 遠のく景色の向こうで、リーゼちゃんが再び笑う。


「その鍵、貰っていくわよ? 私の愛しい……マーチさんの為に……!」


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