第12話 その生き様が、残すもの 前編


 『刻限』のない罪人である彼が収容されてから、数週間が経った。

 僕は最奥にある独房に足を運び、そっと声をかける。


「『刻限』が近くなったら宣告に来ます。それまで、キミの身の安全は処刑人ぼくが保障する。何か困ったことがあればすぐに知らせてください。できるかぎり対処しますので」


 話しかけると、やや長めの前髪の奥から、感情を隠した鋭い獣のような瞳が僕を見つめた。


「なぁ、先生。俺もここに来てからケッコー経つと思うんだけど、まだそんな堅苦しい敬語なんて使って。あんたって、人見知りする性格タチなのか?」


「え。それはどういう――」


 別に、彼に対して気を遣っているとかそういうわけではなかったが、警戒しているのがバレているのだろうか、彼は同世代であるはずなのにどこかよそよそしい僕が気に食わないようだ。


 処刑人である僕が断罪すべき罪人と仲良くなっても後々つらいことしかない。

 だが、そう思っていては彼らの『想い』を汲むことができないのも事実。できるだけ自然体でいるように、というか、お互いの立場について深く考えすぎないように心がけてはいる。もちろん、臆しているわけでもない。だから――


「決して気を遣っているとか、そういうことではないけれど……」


 ――何が、言いたいんだ?


 疑問を隠しつつ、言い淀む。

 すると、青年は口元に笑みを浮かべた。


「敬語って慣れてないから、ムズムズするんだよ。だから、俺のことは『マーチ』でいい。それと、今日から敬語禁止な。あんたが言う『罪人おれたちが快適に――』ってことなら、俺はその方がありがたいね」


「あ、はい……」


「だーかーら、『はい』じゃね~だろ?」


「うん……」


 なんとなく、自分は彼を警戒し過ぎていたのかもしれない。その言葉はあまりにフランクで、拍子抜けだ。いくらこれまでも罪人の方々と良好な関係を築いていたとはいえ、ここまで強引に距離を詰められるのも珍しい。

 慣れない状況に戸惑っていると、はす向かいの独房から笑い声が響いた。


「はははっ! いくらセンセーでも、同世代にオトモダチ感覚で話されちゃあ堪ったもんじゃないってか!? まぁ、そらそうだわな。あんたトモダチ少なそうだし!」


「…………」


 どこか失礼なこの人は、先日『刻限』を告げたばかりのメイソンさんだ。

 マーチと同じく独房区画に収容された、マフィアのボスだったという男性。

 罪状は殺人、強盗、密輸の統括。その他諸々もろもろオンパレードで、捕えられてからも数度脱走を試み、その度に僕の手で懲罰が加えられていた。

 できればそんなことはしたくないのだが、逃げる者に対して何の咎めもないことがわかると秩序が乱れるし、他の者が真似しかねないので仕方なく……


 だから、他の人より僕のことをよく知っていると言えばそうではあるが、できればそんな形で心の距離を詰めたくはなかったな、と常々思っている。

 ウェーブのかかった金髪を掻き上げ、ベッドにあぐらをかいてけらけらと楽しそうに笑う彼に、僕はため息を吐いて抗議する。


「メイソンさん……いくらなんでもその言い草は――」


「『またお仕置きしますよ』ってか?」


「したくてしているわけではありません」


「だろうな? それくらい、見りゃわかる。あんたは俺達みたいなのとは別の生き物だ」


「そんなことを言って。いくら罪人とはいえ自分をそこまで卑下しなくてもいいでしょう? 生き方の経緯がどうであれ、元をたどれば同じ人間。運命が違えば、僕とあなたは逆の立場にあったかもしれないのに」


「檻の外と中が、って? おいおい、ほんとに甘ちゃんだなぁ、センセー様はよぉ?」


 あいかわらずのひねくれた言い草に、再びため息を吐く。

 檻の前まで来ると、僕は覗き窓からメイソンさんと視線を合わせた。


「最期の願いは、決まりましたか? 『刻限』が数日後に迫っていながら、あなたは何も望まないし、命乞いもしない。ここまで頼られなかったのは初めてで、少し悲しいのですが」


 問いかけると、メイソンさんはにやりと笑う。


「そんなもん、ねーよ」


「…………」


「生き様だなんだって言われても、死んだらそれでお終いだ。後に残されたもんは、それでも歯ぁ食いしばって生きてかなきゃならねぇ。俺は遺言なんて真似はしねーよ」


「――ッ!」


 ダァンッ!


 僕は、独房の扉を強く殴る。


「……死者への冒涜は許さない。また、爪を剥がれたいのですか?」


「……ヒュウ♪ おぉ、こわっ」


「また、心にもないことを」


「あいかわらずセンセーはセンシティブだなぁ? そんなに死んだ奴のことばっかり気にしてたら、気がもたないぜ?」


「…………」


 鋭く睨めつけると、メイソンさんは『降参だ』というように両手をあげる。


「はいはい、もう女々しいなんて言いませんよ。意地悪を言ってすみませんでした」


「…………」


 信用ならない、と視線で抗議していると、メイソンさんは思いついたように口を開く。


「あ。だったらさ――」


     ◇


 翌日。僕はメイソンさんの『願い』だという『外出』をする為に支度を整えた。



 ――『最期にさ、外の空気が吸いたい。天気がいい日にちょっとだけ……な?』



(…………)


 とはいったものの、どうするか。


 所謂凶悪犯である彼を万が一にも街に放つわけにはいかないし、ただ一時いっとき、外に出て空気を吸えればいいなんて。数多の罪を背負って、死ぬ覚悟なんてとうに決めているマフィアのボスたる彼が、『最期』に新鮮な空気を求めているわけでもないだろう。


(彼の望みは、なんなんだ……?)


 だが。それがわからない以上は僕としてもどうしようもない。

 彼が望むなら、叶えるだけだ。


 僕は外出の支度をして再び独房を訪れた。中では、搬入されてきたときの私服に身を包んだメイソンさんが鏡の前で上品なコートの襟を整えている。


「センセーが付き添ってくれるのかい?」


「他の人に任せられる訳がないでしょう?」


「せっかくのお出かけだ。できればあの綺麗なお嬢ちゃんがよかったんだが? もしエスコートできるなら、俺がどんな高級店にでも連れて行って、喜ばせてやったのに」


「冗談はほどほどにしてください。あなたにアリアを任せるようなことはしないし、血にまみれたお金で喜ぶ彼女ではありませんよ」


「ほう。こりゃまた手厳しい。俺の没収されてない分の財産の在り、あんたにならこっそり教えてやってもいいぜ? たまには嬢ちゃんと豪勢にデートでもしてやれよ! あんなにニコニコちょこちょこ後ろくっついてきて、『大好き!』って感じなのに。どうして愛でてやらないんだ?」


「いいから。支度できたら行きましょう」


「はは! スルーされた!」


 僕は何かと五月蠅うるさいメイソンさんをとっとと檻の外に出した。

 地下収容施設の外へ出る直前。足枷と手枷の鍵を外す。


 ――カシャン……


「さぁ、どこに行きたいのですか? 僭越ながら僕がエスコート致します」


 その問いに、メイソンさんは固まった。


「……マジか?」


「……? だって、あなたが『外に出たい』って、そう仰るから……」


 その瞬間――


 メイソンさんはポケットから割れたガラス片のようなものを取り出し、切りかかってきた!


「――ッ!」


 咄嗟に反応するが、マフィアとして血で血を洗うような日々を生き抜いた彼には、さすがの僕も対処がしきれなかった。メイソンさんは馬乗りになって、首筋に鋭利な刃先を当てる。


「……マジで言ってんのか? 俺が外に出たらどうするかくらい、簡単に想像つくだろ?」


「そうだとしても。『最期の望み』があるのなら叶えたい。それが、僕ら一族の誇りであり、多くの死んでいった者たちに対する、せめてもの手向けになると信じているから」


「それであんたが殺されたとしても?」


「構わない。僕が死んでも、鍵は外にいるアリアに預けてある。僕からの合図がなければ、あなたはここから出られない」


「そういう問題じゃねーだろ!! 死んだら何になるんだって、言ってんだよ!!」


「……かまわない。僕はすでに多くの者を手にかけすぎた。ここで『信念』に従って死ぬというのなら――これも本望だ」


「あんた、頭おかしいんじゃねーの?」


「…………」


 呆れたように、僕の首にかけている手の力が抜けていく。

 僕は落ち着きを取り戻す彼に問いかけた。


「あなたの望みは……叶いましたか? あなたのしたかったことは、コレ? 人を殺すこと? そうして外に逃げること?」


「バカにすんな!! そんなわけっ……!!」


「では、何なのですか?」


「――ッ!」


 その問いに、彼はぽつりと一言――


「家族……」


「?」



 ――『家族の顔が、見たい……』



 そう、呟いたのだった。

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