第11話 謎の罪人
――『ラストロイヤル』を探せば、この『革命』は終わる。
先日シルハルトさんから聞いた話が頭から離れない。
その結末が良しかれ悪しかれ、狭間の人間である処刑人の僕には関係のない話……そう思ってやり過ごそうとしているが、胸のうちがもやもやとして、どうにも焦りがぬぐえない。なんとなく、そんな心地の悪い日が続いていた。
それは、革命絡みの罪人が増えていることもあるだろうが、何より――
「先生、お客様です!」
収容施設で今日の『刻限』宣告を終えた僕の元に、アリアがやってきた。
「そんなに慌ててどうしたの? 心なしか顔色が優れないけど――」
「処刑人の、キャロル殿だな?」
「……!」
僕の言葉を遮るようにして、アリアをぐい、と押しのけて背後から強引に出てきた男。銀の重そうな鎧を着こんだ、国家直属の憲兵だ。
その威圧的な物言いと態度に思わず眉を顰める。
「国の憲兵様が直々に……いったい誰なのですか? その青年は」
不機嫌さを隠さないまま尋ねると、男は両手足に拘束具をつけたままの青年をぶっきらぼうに床に放り出した。まるで丸太か何かを投げ捨てるような、それでいて憎しみのこもった態度。
利発そうな黒髪の青年は、『いてっ!』と声をあげながらも、その場におとなしく伏している。
通常であれば文句なり悪態なりをついてもいいような状況だが、不思議なことに黙り込む青年。僕は何故だか、その態度に居心地の悪さを覚えていた。憲兵の態度もそうだが、どちらかというと何も言わない青年が不気味に思えて仕方がない。
「新しい罪人だ。『刻限』まで、絶対に逃がさないように頼んだぞ」
「……禁錮、ですか? 処刑ではなく?」
「今日はわざわざ、その為に貴殿の元までやってきたのだ。刑が決まるまで、絶対に逃がしてはならない罪人だ。優秀な処刑人である貴殿の元であれば、誰であっても逃げられまい」
「…………」
確かに、一度収容した罪人を逃がしたことは無いが、『処遇が決まっていない』罪人を預かるのも初めてだ。僕は慎重に問いかける。
「僕は確かに罪人であれば誰であっても逃がしませんが……ちなみに、彼の罪状は?」
「――国家転覆罪だ」
「国家……転覆罪……?」
(こんな、僕と歳の変わらなさそうな青年が? そんな大層な罪を犯したっていうのか?)
あまりに大仰な肩書に、思わず聞き返す。しかも、国家転覆罪なんて曖昧な罪状で
「あの、失礼ですが。具体的に何を犯したのですか? 重役の殺害? 国宝の窃盗? それとも他の――」
「とにかく。逃がさないでくれ。このことは、我々も詳しく知らされていないのだ。こいつは、それほどに重要な罪人だと聞いている」
「……?」
「頼めるか?」
その物言いに拒否権は無さそうだったが、最低限これだけは、と思い口を開いた。
「わかりました。それで、彼の『刻限』はいつですか?」
「決まり次第連絡する」
「……は?」
(『刻限』が決まっていない……?)
そんなの、聞いたことがない。
「ちょっと、何ですかそれは!? 待ってください!」
引き止める声を聞かず、憲兵はバツが悪そうに『頼んだぞ』だけを繰り返して去っていった。
「どうしろと、いうんだ……」
捨て去るように置き去りにされた青年に視線を落とす。
僕は目隠しをされたままの青年を立たせ、奥の牢に収容しようとした。
その瞬間――
「――ッ!?」
青年が、枷をつけたままの状態で殴りかかってきたのだ。
拘束されたままで動きは制限されているはずなのに、最低限の動作で僕から逃れようと巧みに足払いをかける。
(なんて、体捌きだ……!)
「先生っ!?」
「アリア! 危ないから病院の方へ逃げなさい! 外から扉を施錠して! 彼を逃がしてはいけない!」
「でも、先生は!?」
「僕は彼を拘束する! 大丈夫、彼は丸腰だ。死ぬことはない。僕を信じて!」
「……ッ!」
合図すると、アリアは鍵を手に外への扉に駆けていった。
(よし、いい子だ……)
僕は暴れまわる青年を大人しくさせようと、ポケットからナイフを取り出した。
動き回ったせいで外れた目隠しの向こうから、琥珀色の目が覗く。
「なぁんだ。そんなひょろっちいナイフなんか出して、やりあうつもりか? 言っておくけど、こんな拘束程度。あんたひとりじゃ俺には勝てないぜ?」
「大層自信があるようだね?」
「そりゃまぁ……ねぇ!!」
「――ッ!」
(気絶させるつもりか?)
動きがやたらと洗練されている。
僕は素早い動きでみぞおちに拳を突き出してくる彼を躱して、すれ違いざまに腕を切りつけた。
「――ッ!? てめっ……!?」
「キミは、何者だ?」
「そっちこそ……ただの処刑人じゃあないのかよ……」
苦々しげにこちらを睨む青年。僕は淡々と答えた。
「処刑人だよ。ただの処刑人だ。だが、仮にもここは僕の家。通路の狭さも天井の低さもよくわかっている。それに――」
「……?」
「処刑人が戦えないわけないだろう? だって僕らはキミたち罪人を統括する監守であり……殺しのプロなんだから」
「…………」
「逃げられると思ったら、大間違いだ」
しばし沈黙していた青年は、ふぅ、とため息を吐くと傷口を抑えながらその場に座り込んだ。
「あ~も~! 絶対イケると思ったのによ!」
さっきまでの鋭い殺気とは一変して、まるで喧嘩に負けた子どもが駄々をこねるような態度に、違和感が拭えない。
「もう一度聞く。キミは、何をしてここに連れてこられたんだ? キミの罪状を教えなさい」
「だから。国家転覆罪」
「具体的には?」
「…………」
「はぁ……まぁいいよ。答えるつもりがないのなら、追い追い聞いてくことにする。なにせキミは前代未聞の『刻限』の無い罪人だ。長い付き合いになりそうだから」
「そりゃどうも♪」
呆れ半分、戸惑い半分。僕はその青年を『最大限に警戒すべき』として、最奥の独房に収容したのだった。
◇
数日後。僕はアリアからひとり分の食事を受け取って独房に持っていこうとした。
「先生? あの奥の方、結局何をした方なんですか?」
「それが、まだ何も言わないんだ。国からも連絡が来ないし。アリアは絶対に近づいてはいけないよ?」
「どうしてですか? 先生とも同じくらいのお歳で、なんだか気さくそうな方なのに……」
僕は釘を刺すように穏やかに諭す。
「人は見かけによらないよ。彼の罪は国家転覆罪。何がどうしてそう言われているのかはわからないが、彼が何をしたかがわからない以上、アリアは会わない方がいい。いや―」
会ってはいけない。なぜか、そんな気がする。
「とにかく。あの罪人のことは僕に任せて。アリアはその他のお手伝いをしてくれればいいから。わかったね?」
「……はい! ねぇ、先生? 今日のお夕飯はキッシュにしようと思うんですけど、何のキッシュがいいですか? きのこ? お魚? それとも、ベーコンですか?」
「アリアの好きなものでいいよ?」
「もう! それじゃあダメなんです! 先生が食べたいものを教えてください!」
「え。そんなに怒ることかな?」
「いいから! 教えてください!」
(ど、どうしてそんなに意気込んで……今日、何かの祭日だったっけ?)
よくわからないけど、アリアはリクエストが欲しいようだ。
僕は気圧されながらも返事をする。
「ええと、じゃあ……今日はきのこがいいかな? なんだかそんな気分だ」
「任せてください!」
意気揚々と病院の二階にある住居の方へと帰っていくアリア。
僕はその姿を見送り、その、華奢でがんばりやな背に誓った。
(もう、危ない目にはあわせない……あわせたく、ないな……)
そのためにも。僕は――
――『僕の願い』を、叶えなくては……
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