第10話 騎士が最期に願うのは―― 後編
街から離れた深い山の奥。鬱蒼とした森を抜けた先に、隠れるようにしてその城は建っていた。貴族の屋敷にしてはなんともひっそりとした佇まいに違和感を覚えるのか、アリアは僕の後ろに隠れるようにして服の裾につかまっていた。
「先生、ここ……?」
「うん。シルハルトさんがお仕えしていたコーデリアお嬢様はここのご息女だ。貴族のお屋敷にしては少し、こじんまりとしたお城だね?」
「はい……」
森から飛び立つカラスの声に、びくびくと震えるか細い肩。
僕はその返事に、疑惑を確信へと変えた。
(やはり……貴族の子だったか)
貴族の屋敷について見知ったことがある一方で、本物の羊を見たことは無い。
その上、先日の『反貴族派』の人攫いまがいの襲撃。
となれば、やはりアリアは『貴族派』に所属した家の子ということになるのだろう。
初めて会ったとき出自を明かさなかったのも、おそらくは『反貴族派』による襲撃で家を追われた身だった為。そう考えると、そんな状況でも諦めずに逃げ、裏路地で寒さに震える思いをしていたことが可哀想でならない。
(助けてあげられて、よかった……)
しかし、僕にはもうひとつ心配なことがあった。
何故アリアは、未だに『反貴族派』に追われているのだろうか?
家が潰されて一家がバラバラになったのであれば、『革命』のための物資や拠点を確保したいという目的は達成されているはずだ。しかも、先日の男は顔を見てすぐにアリアがそうだと気が付いた。
(ひょっとすると、アリア自身に重要な何かが隠されているのか?)
だが、アリアから直接聞くのはどうにも憚られてしまう。だって、できればアリアやコーラルには『革命』なんて物騒なこととは無縁なままでいて欲しいから。
僕が聞き出すことで渦中に引きずり込んでしまうのはいただけない。
処刑人は『政治』に関してはあくまで中立。
僕は幼い頃から父や祖父にそう教わってきた。
各地で活発化している『革命』が、貴族政治を排して民の平等と自由を欲する資本主義を目指す『政治的』な運動だとしたら、僕はそれに関与すべきではない。
個人的な意見はともかく、関与してしまえばきっと僕は反対勢力に殺されるか、取り込まれようとするだろう。
だって、『処刑人』が味方になればどんなに罰されるべき重要人物も、いくらでも死んだように見せかけることが出来てしまうから。
「さぁ、行こうか。アリア……念のため、手を握っていてくれるかな?」
「え? こう、ですか?」
アリアは少し照れながら僕の手をそっと握り返す。
「うん、いい子だ。はぐれてしまっては困るからね?」
「……!? もうっ、先生!? 私、そんな子どもじゃありません!」
「でも、手を離してはいけないよ?」
「は、はい……////」
(シルハルトさんの罪状は『貴族派の使者の殺害』。しかし彼は『貴族派』に仕える騎士だった。そして、その彼を
――この、家だ。
僕はその思いを胸に、『貴族派』であるというその城に踏み込んだ。
◇
出迎えた使用人の男性は、僕が『届け物に来たので、コーデリア様に直接お会いしたい』と伝えると血相を変えて屋敷の従業員を部屋に下げさせる。
まるで『見てはいけない、触れてはならない』ものを扱うかのように。
僕が貴族の屋敷を訪れるときは、いつもそんな感じだった。
僕は処刑人。
それがこうして直接屋敷を訪れるということは、『よほど重要な何かを手に入れたとき』か『その家にまつわる誰かが処刑されるとき』だからだ。
その家にとって有利な情報を罪人から聞き出すことに成功した場合であっても、大手を振って歓迎されるようなことはまず、無い。
一般的な従業員が下手に僕からその『秘密』を知ってしまった場合、最悪口封じのために殺されかねないから。その、主の手によって。
「コーデリア様でしたら、こちらのお部屋に……」
「ありがとうございます。ここで結構です」
その返事に、安堵のため息をつく男性。僕はその背が見えなくなるのを待ってから、部屋の扉を開けた。
「コーデリア様、失礼いたします。僕は処刑人のキャロルと申します。本日は『あるお方』から預かりものが――」
口を開いた瞬間。十七、八歳くらいの女の子がすぐさま駆け寄って僕の胸元に縋り付いた。
「それ! シルハルトからでしょ!? そうなのね!? 彼は今生きているの!?」
「落ち着いてください、お嬢様」
他でもないこの家が彼を突き出してきたというのに。その泣きそうな表情からは彼を心配する想いが痛いくらいに伝わってくる。
おそらく、シルハルトさんは――
「ご安心ください。まだ生きていらっしゃいます。体調を崩すことも無く、いたって平静に。お父様からは処刑を命じられておりますが、拷問や尋問の類は命じられておりませんので」
「あぁ……よかった……! よかった……!」
ふにゃふにゃと、力が抜けたようにその場にへたり込む。
僕は穏やかに話しかけた。
「シルハルトさんの『刻限』が迫っています。本日は最期の手紙を預かって参りました。『どうか、お嬢様に』と」
「じゃあ、もうシルハルトは――」
「数日後に、処刑が執行されます」
「……ッ!」
「救いたいのであれば、お父様に処刑指示の撤回を提言するべきかと」
その痛ましい胸の内を代弁するように指摘すると、コーデリア様は黙って俯いてしまう。僕は、おおよその事情を察した。
「できない理由が、あるのですね?」
「…………」
「お聞かせ願えますか?」
促すと、コーデリア様は僕たちをソファにかけさせてぽつぽつと語りだす。
「シルハルトが――シルハルトが言ったのよ。『送ってくれ』って……」
曰く、コーデリア様の家は『貴族派』の中でも穏健派。親平民な思想を持つ家だったそうだ。『革命』の渦中に巻き込まれることを忌避し、暴動の鎮圧や報復はせずに金銭のみを提供して日和見な姿勢を保つことで家を守ってきたと。
しかし、ある日屋敷付近の森に迷い込んだ『反貴族派』の人間を助け、そのまま見逃したことがバレて『貴族派』によってそのことを糾弾された。そして、内通者の疑いをかけられたという。
シルハルトさんは屋敷の主とコーデリア様が『貴族派』に連行されそうになった際に抵抗し、最終的に『自らが内通者である』と名乗って処刑されることとなったのだ。
「そうするしか、なかった……! あのとき、もっと上手い言い訳を言えればよかったのに! 私……何もできなかった! シルハルトが戦って、私とお父様を庇ってくれたのを、ただ見ていることしかできなかった……!」
語りながら涙をこぼす少女に、僕はかける言葉が見つからない。
黙って波が去るのを待っていると、コーデリア様は澄んだ眼差しをこちらに向ける。
「ねぇ……争いを止めることはできないの? この『革命』は民たちが人間としての自由を求めているだけなのでしょう? どうして私達は、それを簡単に認めてあげることができないの?」
「それは……」
僕は手紙を手渡した。
「この中に、ヒントがあるかもしれません。シルハルトさんの最期の想いが、ここに――」
「……!」
受け取った手紙を、コーデリア様は丁寧に広げた。
震える指で、縋るように、静かに目を通していく。
そして――
「……ラスト……ロイヤル?」
そう、口にしたのだ。
「『見つけられなかった』って、書いてある……この、『ラストロイヤル』を見つければ、『革命』は終わるの?」
「『ラストロイヤル』? 恐れながら……それは――何ですか?」
問いかけると、半信半疑のまま、おぼつかない声音でコーデリア様は続けた。
「『ラストロイヤル』……それは、最後の王家の血筋を持つ人。『反貴族派』の人たちはその人を処刑して貴族の時代を終わらせるつもりらしいわ。シルハルトの手紙には、お父様と彼、穏健思考の『貴族派』たちは『反貴族派』よりも先行してその『ラストロイヤル』を見つけようとしていたらしいの」
「それは、守る為ですか? 王家の血筋と、貴族の地位を……?」
「……いいえ。誰よりも先に『ラストロイヤル』を探して、守って、その方を貴族と権力の象徴ではなく、ただの王として擁立することで民衆との和解を持ち掛けるつもりなんだって。両者の合意の上で手を取りあって民主制を進めていければ……と、考えているそうよ」
「それができれば『革命』はおさまり、民の怒りは鎮められて貴族の地位もそれなりに守られる、と……理想的な展開ですね」
「だから、だからシルハルトは、命をかけて……! でも、見つけられなかった! シルハルト……!!」
「「…………」」
堪えきれずにぽろぽろと零れる大粒の涙。本来であればハンカチを差し出して背をさするべきなのだろうが、僕は胸の内から溢れる焦りを抑えることに精一杯だった。
(もし、その話が本当なら――)
――『反貴族派』は、生き延びた最後の一人を血眼になって探してるということだ。
彼女が本当にそうなのか、確証はない。
しかし、この胸騒ぎは何だ?
……抑えきれない。
イヤな予感が渦を巻く。
(ダメだ。余計なことは考えるな。処刑人として予感に従って、務めを果たさなければ……)
「コーデリア様、お願いがございます。どうか、どうかシルハルトさんにお返事を書いてはくださいませんか?」
「お返事……?」
「はい。シルハルトさんの『刻限』はまだです。私は、失礼を承知でお手紙を先に届けに来てしまいました。申し訳ございません。それもこれも、あなた様からのお返事をいただきたくて。手紙の中だけでもいい……シルハルトさんに、あなたの姿を見せて差し上げてください」
「――ッ! 会いたい! シルハルトに、会いに行きたい……! 今すぐ支度をすれば――」
「それは……できません」
僕は、言いたくないその言葉を口にする。
処刑人の務めは、罪人の『想い』に応えることだ。
もし彼女をシルハルトさんに会わせれば、彼女と父親が有罪であると嗅ぎ付けられる可能性はゼロではない。だから、シルハルトさんにはそうするようにと言われているのだ。
シルハルトさんは僕の元に送られてきた際、はじめにそう言った。『何があっても、自分はお嬢様に会うわけにはいかない』と。『それは覚悟の上だった』と。
僕は、
コーデリア様を危険に晒す真似はできない。絶対に。
だから……
「残念ですが、僕はあなたを彼に会わせるわけにはいかない……」
「どうして!?」
「処刑人ですので」
僕は、せめてと思い、穏やかに問いかけた。
「シルハルトさんのお手紙……最後に何と書かれていたのか、お聞きしても?」
「……?」
そっと目を落とすコーデリア様。
最後の文章に、美しいその目が大きく見開かれ、潤んでいく。
「……『どうか身体に気を付けて、穏やかに、お幸せに』って……」
「でしたら尚のこと、あなたをお連れするわけにはいかない。わかって……いただけますか?」
「シル、ハルト……!」
理解したコーデリア様は膝をついて泣き崩れた。
僕はそっとハンカチを差し出し、背をさすって差し上げる。
「うっ……シルハルト……会いたいよ……会いたいよぉ……!」
「……なりません」
「うわぁぁああ……!」
僕は涙に濡れたその手紙を持って、シルハルトさんの元にお届けした。
◇
手紙を受け取ったシルハルトさんは予想外の出来事に目を丸くしたが、『ありがとうございます』と言ってそれを大切そうに胸にしまう。
「先生。私の願いを、それ以上に叶えてくださってありがとうございます……」
「出過ぎた真似を、申し訳ございません……」
その言葉に、ふるふると首を横に振る。
「あの方をお守りできたのです。自分の行いに悔いはない。騎士としても、男としても……」
誇り高き騎士の最期の笑顔。
僕は最期まで肌身離さず彼が持っていたその手紙を、あたたかいまま、彼の墓前に供えたのだった。
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