第9話 騎士が最期に願うのは―― 前編
コーラルちゃんに刺されても尚、僕は一命を取り留めた。
(はぁ……また神様に生かされてしまった。差しどころは五分五分だったんだけどな……)
どうやらアリアは、医者の助手としての腕を相当あげたらしい。
コーラルちゃんに刺される直前。僕は躱そうと思えば躱せたナイフを、あえて致命傷を避けずにそのまま受けた。この命と運命を、神様に委ねたのだ。
「さて、どうしようかな……」
僕は膝に縋り付いたまま頭を擦りつけて謝罪するコーラルちゃんに視線を落とす。
「ごめんなさい。ほんとにほんとにごめんなさい……うっ、うっ……ごめんなさぁぁい……!」
「そんなに謝らないでよ、コーラルちゃん?キミの気持ちはよくわかる。だって、キミはお父さんのことが大好きだったんだから。仇である僕を憎く思ってしまうのは仕方ないよ?」
「でも、でもぉ……!」
「キミは大いに反省している。だからそんな顔をするんだろう? だったら、もう十分だ。診察に行くたびに殺されかけなくて済むなら、それに越したことはないんだから」
「そんなこと、させるわけないじゃないですか!」
それまで黙って聞いていたアリアは、辛抱ならんといったように声をあげた。
「で。どうするんですか? この子。一応、反省はしているみたいですけど。私はまだ許したわけじゃあ……」
「なら、もう許してあげてよ?」
「そっ! そんな簡単に! 先生は殺されかけたんですよ!? もう少し怒ってください!!」
「そんなことを言われても……」
(自分の意思で致命傷を避けなかった、とは言いづらいなぁ……)
笑顔で言葉を濁していると、アリアはひと際大きなため息を吐く。
「もう……いいです! 私が先生の分まで怒ります! もう二度と、金輪際! こんなことしないで下さいねっ!!」
アリアはコーラルちゃんの両頬をむぎゅっと両手で抑えて正面を見据えた。
はわはわとする泣き顔と目を合わせると、大きく息を吸い込む。
「めっ!! ですよ! 次にやろうとしたら、それじゃあ済ませません! でも、もう先生を傷つけないと約束できるなら、今回は許してあげます!」
「…………いいの?」
「特別ですよ! 特別です!」
ぷいっ。
「ふふっ。アリアは優しいお姉ちゃんだね?」
「……!? 先生に言われたくありませんっ! それで? これからあなた、どうするの?」
その問いに、コーラルちゃんは再び頭を下げた。
「お手伝い、させて欲しいの。お医者さんの……」
「「お手伝い?」」
こくりと頷く蒼い瞳。
話を聞くと、コーラルちゃんの病気はお母さんと同じものらしかった。
幼い頃に病気で母親を亡くしたコーラルちゃん。自分の病気を治す傍らで、自身も医術を学んで同じような人々を救いたいとのことだった。
もう、自分のような寂しい思いを誰にもして欲しくない、と。
「お願いします……私を、先生の弟子にしてください」
ぺこり、と下がる精一杯の想いに、真剣な表情。
僕は、笑った。
「もちろん。僕でよければ、喜んで」
「……!!」
ぱぁっと輝くその顔に、僕は思う。
あぁ。きっと神様は、このために僕を生かしたんだな……
◇
コーラルちゃんが僕の弟子になってからというもの、数か月が過ぎた。アリアを『お姉ちゃん』と慕いながら、一生懸命に手伝いをしている。
だが、彼女はアリアと少し異なり、医師の手伝いしかさせていなかった。
そのはず、だったのだが……
「どうして
その問いに、檻の前にしゃがみ込んでにぱっと笑う。
「あのね! 私、おじさんと仲良しになったから! いっつも色んなお話をきかせてくれるの!」
「そうじゃなくて。どうして病院でない別棟に入れるの?鍵は僕とアリアしか……」
「ん。」
「?」
(……!?)
指差した方向には、病院の方に通じる小さな穴が空いている。こどもひとりがようやく通れるくらいの大きさの。
幸いにして罪人が抜け出せるような檻の外ではなかったが、この地下施設も僕で何十代目。ガタがきているということらしい。
「……ダメだよ。後で塞いでおくから、もうここには来ちゃダメだ」
「え~! そんなぁ! おじさんのお話、すっごく面白いのに!」
「先生の言うことはきちんと聞かねばなりませんよ? ああ、すみません。私が騎士道物語などをお話したばかりに」
声の方に視線を向けると、身なりの整った三十代くらいの男性が困ったような顔をしていた。
二週間ほど前に送られてきた元・騎士の男性。
『貴族派』の家に仕えながら、どういうわけか他の『貴族派』の使いを殺害したとして、ここに送られたのだ。
最近になって『革命』に関わるそういった罪人が送られてくる頻度が増えてきたことに、僕は焦りを感じていた。そんな心情にいち早く気づき、『置き土産に』と言って『革命』の内情を教えてくれた人でもある。
「シルハルトさん……あなたでしたか。でも、シルハルトさんのような紳士をおじさんなんて呼ぶのは失礼だよ? コーラル」
「え~!」
「すみません、この子はまだ幼くて……」
「なに、私は構いませんよ。先生にはいつもお世話になっていますから。そのお弟子さんの面倒でしたら、いくらでも見ましょう。『刻限』を迎えるまで、こんなにも穏やかな生活が送れるとは思ってもみませんでした。本当にありがとうございます」
ゆるりとした笑みを浮かべるその姿に、シルハルトさんがかつて仕えていた『お嬢様』と過ごしたであろう日々の姿が脳裏に浮かぶ。
「シルハルトさん……それが、今日僕がここに来たのは――」
「……わかっています。『刻限』が近いのでしょう? それでしたら、これをお嬢様にお届けいただけますでしょうか?」
「……必ず。必ずお届けします」
檻の中から手渡されたのは、一枚の手紙。長く仕えた最愛の主への、最期の手紙だ。そっと頷いて受け取ると、コーラルが目をキラキラさせる。
「わぁ! お手紙だ!」
「そうです。私が生涯をかけてお仕えしたお嬢様へ、感謝と想いをしたためた大切なもの。先生のおかげで、きちんと心の整理をすることができました」
にこりと微笑むシルハルトさんに、コーラルも笑みを返す。
「お手紙、きっと宝物になるね!」
「……!」
「だって、お父さんからの手紙は、私の宝物だから! きっと『お嬢様』も、毎日読んでくれるよ!」
コーラルはこの手紙が最期のものだとわかっていないのだろうが、その言葉はシルハルトさんにとって何よりも嬉しいものだったに違いない。シルハルトさんは思わず目を伏せて、涙をこぼした。
気高い騎士が初めて見せた、この世で最も美しい涙。
僕はその雫が落ちる様を、二度と忘れることはないだろう。
◇
「ねぇ、先生? 今日はどうして急におでかけなんて……」
きょとんと首をかしげるアリアに、穏やかに返事をする。
「手紙をね、届けたいんだ。できれば、彼の『刻限』が来る前に……」
「……! それは――」
「うん。本来であれば、そうするべきじゃないのはわかってる。だってこの手紙には、『彼が亡くなった後のこと』を思っての内容が書かれているはずだから」
「じゃあ、どうして今回は手紙を届けようと?」
「…………」
一瞬、言葉を詰まらせる。
コーラルのことがあって、『亡き者』の手紙を届けるのが辛くなったというのもあるだろうが、そんなことで逃げ出しては処刑人失格だ。それくらいわかっている。だが、今回は何かが違った。
「なんとなく、かな……?」
「え?」
「なんとなくだけど……『返事を貰わないといけない』。そんな気がするんだ」
それは、直感的なものだった。
処刑人としての本能か、それとも、シルハルトさんを知る者としてのものなのか。どちらなのかはわからないが……
ただ、一度でいい。
手紙の中だけでもいいから『お嬢様に一目会わせてさしあげたい』。
そんな想いが胸の中に渦を巻いて、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。
「さぁ、行こうか。気高い騎士の、最期の言葉を届けに……」
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