第7話 処刑人の罪滅ぼし 前編
ある冬の日。今日も僕は刑を執行しに地下室を訪れた。
檻の前まで来ると、簡易ベッドに腰掛けていた男性は顔を上げる。
「約束通り、参りました。お加減はいかがですか?」
「そうか。『刻限』は今日だったな」
「最期に、あなたの願いをお教えください」
「…………」
問いかけに黙る男性。
逞しい腕についた幾つもの傷痕をさすりながら、躊躇いがちに口を開く。
「……なぁ。いいのか? 俺を処刑して。結局、何も吐いてねぇだろ?」
「…………」
そう。僕はこの男性の処刑と尋問を依頼されている。必要であれば拷問も。
男性の罪は『貴族派』の主要メンバーの暗殺未遂。依頼してきた貴族はなんとか一命を取り留めたものの、この男性の夜襲によって深手を負い、ひとりでは立てない生活を余儀なくされているそうだ。貴族の男は復讐を誓った。
故に、僕は男性の所属する『反貴族派』の根城を突き止めろと、尋問及び拷問も行っていたのだ。
しかし、男性は結局『刻限』を迎える今日という日まで、口を割ることはなかった。僕は疑問を口にする。
「逆に僕が聞きたい。あなたがそこまでして守ろうとする『反貴族』の
「…………」
俯いて口を閉ざす。元より口数も少なく、拷問の執行者である僕に心を許すこともなかった男性。その目の憂いに、どこか心ここにあらずといった雰囲気を感じる。
(もしかすると……)
「口を閉ざしているのは、他に
「…………」
相変わらずだんまりな男性。だが、一瞬瞳が揺らいだような気がした。
「『まだ死にたくない』。その理由をお聞かせいただいても?」
一瞬。目が見開かれる。
(そういうことだったのか……)
僕は穏やかに問いかけた。
「あなたが口を割らなければ、『貴族派』は手詰まりだ。だから、口を割るまではあなたは殺されない。そう思っていたのですね? 残念ですが、そのような事情、
「なっ――」
男性はようやく、話に取りあう姿勢を見せた。
「僕は処刑人。全ての者に等しく『死』を与える、完全中立の者だ。革命だ、抗争だ、という社会的事情にはなんら関係の無いところで生きる者なのですよ?」
自嘲気味に笑うと、男性は思いつめたように拳を握りしめる。
まるで神に祈り、何かを案じているような仕草だ。
「そういえば、『刻限』の宣告に来た際に『紙とペンをくれ』と言われていましたね? 誰に手紙を残したのですか? この僕が、責任をもってお届けいたします」
「……いいのか? お前さんを信じても」
「あなたに拷問を仕掛けた僕を『信じろ』と言っても説得力がないかもしれませんが、約束は必ず果たします。この――命に代えても」
まっすぐにそう告げると、男性はおずおずと口を開いた。
「あんたが好きでもないのに嫌々拷問をしてるなんてのは、顔を見りゃすぐにわかる。それよりその、最期の願いってやつは……一回こっきりじゃなきゃダメなのか?」
「……と、言いますと?」
「娘が……娘がいるんだ。病気の娘。どうしても薬を届け続けなきゃならねぇ。母親は小さい頃に亡くなってるから、あいつにはもう俺しかいねぇんだ。けど、薬を買う金も無くなっちまって……」
「それで、暗殺の実行犯を買って出た、と?」
「……ああ。今思えば、いっときの欲にくらんで何を考えてたんだかって話だ。失敗すりゃあ報酬も手に入らねぇし、あいつの元にも帰れねぇ。親子共倒れだっていうのに、俺は……昔っから、バカで……あぁ……! くそっ……!」
男性は牢の壁をだぁん!と力いっぱい殴りつけた。彼にとっては、身体の傷よりも心に負った傷の方が比べ物にならない程に深いのだ。
僕はゆっくりと、諭すように確かめる。
「薬を、届け続ければいいのですね?」
「……は?」
「あなたの娘さんの病気が治るまで、薬を届け続ける。それがあなたの最期の願いですか?」
「でも、そんなこと……いいのかよ?」
こくり。
穏やかに微笑むと、男性は堰を切ったように泣きだした。声をあげることもなく、ただゆっくりと涙を流して俯く。
僕はその優しい父親の顔を――最期までこの目で見届けた。
◇
翌日。僕はアリアと遠くの田舎町へ薬を届けに行くため、外出の支度をしていた。約束通り、父親の最期の願いを叶えるために。彼から預かった手紙と形見のペンダントを大切にポケットにしまい、外出用のコートを羽織っていると、籠を手にしたアリアが声をかけてくる。
「お出かけの準備、できました! 急患用の医療セット、お薬類、お昼のサンドイッチ。馬車も通りに面した病院側に手配しています!」
「ああ、わかった。今行くよ。ありがとう、アリア?」
アリアが出たのを確認して扉を施錠し、別館から裏路地へ足を踏み入れると、見慣れない恰好の男が正面に立っていた。黒い外套を着て、胸に貴族院のバッジを付けた長身の男性。貴族にしてはガタイが良すぎる気がするが、世間の貴族は健康志向なのだろうか? 僕はそういうのには疎い。
「失礼。ここらで医者をやっているキャロル先生というのは、あなたですか?」
「はい。僕がキャロルですが……?」
不審に思いつつも返事をすると、男は視線をアリアに向ける。
「ああ、では、あなたが……」
「はい?」
僕同様にこっくりと首を傾げるアリアに、男は信じられないことを告げた。
「お迎えにあがりました、お嬢様。旦那様が以前こちらの病院でお世話になった際、あなたの献身的なお姿にいたく感動いたしまして。『是非、妻に迎えたい』と」
「え――」
「ご一緒に、来ていただけますか?」
「えええええっ……!?」
急な申し出に顔を真っ赤にしてわたわたと慌てるアリア。視線を男性と僕の間で行き来させ、『ついていっていいのかしら?』みたいな顔をしている。
本来であればこういった素敵なお話は喜んで送り出してあげるべきところなのだろうが、生憎僕はそれが許可できるほどバカじゃない。
僕は冷静に男に向き直る。
「念のため、貴族院の所属派閥と階級をお伺いしても? いくら貴族様からの申し出とはいえ、どこの馬の骨とも知れないお方に大切な助手を差し上げるわけには参りませんので」
問いかけると、男は黙り込んでしまった。
(やっぱりな……派閥については、知らないか)
おかしいと、思ったんだ。
『病院の先生』を探しに来ているのに、大通りで待ち構えていなかったこと。最初に出会ったとき、僕でなく真っ先にアリアに視線を向けたこと。貴族の従者である割には外套の着方が不慣れで崩れていること。そしてあの……これ見よがしに光る貴族院バッジ。多分あいつは平民出身。ニセモノだ。
(だとすると、アリアを狙う目的はおそらく……)
アリアが、『貴族派』の何者かの縁者だったということだろう。連れて行かせては、必ず後悔することになる。
僕は男に向き直った。
「言えないようでしたら、そのお話はここまでということで」
立ち去ろうとすると、男は急にナイフを振りかぶって襲い掛かってきた。
「チッ……! 黙って言うことを聞け!」
(なっ……!? こんな狭い通りで、バカなのか!? そっちがその気なら……)
正当防衛だ。仕方ない。
僕は鞄をアリアに預けてポケットからナイフを取り出した。刃渡りの少し長めな、両刃のナイフ。護身用にも尋問用にも使える、切れ味の鋭い鍛冶屋のおやじさんのオススメ。切っ先が太すぎず、細すぎず。爪を剥ぐときも力を必要としない。筋肉質でない僕にも優しいナイフだ。
「聞きません。あなたのような粗暴な従者を従える主に、アリアは渡せない」
僕は向かってくる男の懐に潜り込むと、まず、ナイフを握った手の腱を切る。
「ぐあっ……!」
そのまま怯んだ隙に、腹部にナイフを刺し込んだ。鈍い音と共に男の皮膚が裂け、奥深くまで刃が埋まっていく。
「……動かないで。動くと大きな血管が裂けますよ? ひょっとすると、近くの内臓も」
「がっ……! ああああ……!」
僕はそっと手を離し、苦しげに呻く男が仰向けに倒れるのを手助けした。
「そのまま仰向けで。呼吸を楽に。興奮すると血流が活発になって出血が増えますよ? ああ、ナイフは抜かないでください。下手に抜くと失血死します」
「ぐっ……お前……! ただの処刑人じゃなかったのかよ……!」
(やっぱり、知ってたのか)
それにしてもこの男の言いよう。処刑人はインドア派だとでも勘違いしているのか? そんなに籠って人を解体するのが趣味な外道に見えるとでも? 思わず笑いが込み上げる。
「ただの処刑人兼医者ですよ? ですが、残念でしたね? 大方、処刑人がこうも動ける人間だとは思わなかったのでしょう?」
「うぐっ……」
僕は、血を吐く男に向かって淡々と告げる。
「ナメないでください。僕はプロです。処刑のプロであり、拷問、尋問。そして……『殺し』のプロなんですよ?」
「……!」
「人体のどこに刃を刺せばどれくらいの血がでて、どこまでなら生きられて、どれ以上は死ぬのか。あなたにはわからないでしょう? でも、僕にはわかります。そうでもなければ、殺さずに痛めつけることはできませんから」
ひやりと睨めつけると、男は一層顔を青くした。心なしか身体が震え、唇も色を失っていく。
「これ以上はあなたの命も危ない。適切に処置しますので、大人しくしていてくださいね? 命が惜しければ」
「……!」
僕は『命あっての物種か……』と言って観念した男を治療した。
処刑人という立場であるがゆえに人に恨みを買いやすい僕。変な話だが、こういう『自分で付けた傷を自分で治す』ということも極々稀に経験することがある。
「さ。お待たせ。ガーゼと包帯を補充したら行こうか? 先に馬車に行って、『待たせてごめんなさい』と伝えておいてくれるかい? 『お代なら割り増しして払うから』と」
動揺するアリアを落ち着かせようと笑顔で告げると、『は、はいっ!』という声ばかりが大きい返事と共にアリアは駆けていった。
(あとで、怖がらせてしまったことをお詫びしないとな……)
僕は男の胸についていたバッチを剥ぎ取って踏みつける。
思った通り、バッチは少し体重をかけただけでいとも簡単にひしゃげた。
「やはりこれもニセモノ……道理でキラキラ
「チッ……」
「処刑人は完全中立。『貴族派』にも『反貴族派』にも属さない。アリアを保護したのは、彼女がただの傷ついた患者だったから。あの子は貴族とか平民とか関係なく、今は
「…………」
バツが悪そうに顔を逸らす男に、僕は告げた。
「これに懲りたら二度とアリアに近づくな。次は容赦しない」
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