第6話 処刑人の本当の気持ち

 ※軽度の同性愛描写あり。苦手な方は飛ばして次回をお待ちください。


 ある雨の日。今日は、とても寒い日だ。

 そして、今日も僕は刑を執行する。


「お加減はいかがですか?マドモアゼル」


「サイテーよ。これから殺されるっていうのに、イイ気分な奴がいるってんなら、ツラを拝んでみたいわね?」


「…………」


「まったく……また貴女はそのようなことを。言葉遣いくらい丁寧になさい。それでも淑女かい?」


 檻から僕を睨めつける女性を咎めたのは、隣の檻に入れられている男性だ。女性は、さも忌々しそうに男性に罵声を浴びせる。


「白々しいわねっ!そもそも!アンタがアタシに引っかかって大人しく殺されていれば、ふたり揃ってこんなところに来ることもなかったのよ!」


「だってしょうがないだろう?私は、女性に性的な興味を抱けないんだから。キミの色仕掛けなんて、全然まったく意味がない」


「は~っ!死ね!」


「はは。言われなくてもすぐ死ぬさ」


 そう言って、朗らかに笑う男性。

 そう。このふたりは、つい先日まで暗殺する側とされる側だった関係にある。


 女性の罪状は貴族に対する暗殺未遂。

 『反貴族派』の尖兵として、『貴族派』の生き残りである子爵の男性を仕留めようと寝所に潜り込み、暗殺に失敗してここに来た。

 そして、男性の罪状は――


「死ね!アタシが死んだら呪ってやる!この異端同性愛者!」


「はいはい。その頃は私も死んでるよ?」


「うっさい!死ね!」


「あはは」


(な、なんて声をかけよう……)


 今日は、女性の『刻限』だ。そして、明日は男性の。


 処刑をするのは一日ひとり。それ以上は僕の心と器が保たないのでそのように決めているが、今日ふたり一緒に執行した方がいいだろうか?

 残った方は、寂しがるんじゃなかろうか?

 図らずも仲が良さそうに見えてしまう罪人達に、一瞬そんな考えがよぎる。


 ここに来て隣同士になってから、やたら賑やかになったふたりに、どうにも声をかけられないでいると、女性が再び悪態をついた。


「で? 食事の時間でもないのに処刑人様が来たってことは?ヤるんでしょ?」


「キミはまたそんな……先生が一昨日、『明後日が刻限だから思い残すことのないように』と教えてくれたの、聞いていただろう?キミ、泣いてたじゃないか?」


「うっさいわね!悔しくて泣いてたのよ!あんたみたいな、なよついた男一匹殺せないなんて!不甲斐なさ過ぎて!」


「でも、隙間から手を入れて背中さすってあげたら、ほっとして泣き止んでたよね?」


「~~っ!うっさい!ああもう!連れて行きなさいよ!これ以上恥を晒す前に!」


「……よろしいのですか?」


「いいわよ!未練なんて無い!この二日でしたためたあの手紙を、あの人に届けてくれればね!」


「必ず。お約束致します」


「ふんっ!」


 僕はつん、とそっぽを向く女性の檻を開け、彼女を地下の処刑場へと案内した。姿が見えなくなる一歩手前で、男性が声をかける。


「私もすぐに行くから。寂しがらないで、マドモアゼル?」


      ◇


 翌日。僕は再び男性の元を訪れた。


「先生……元気がないですね?お顔の色が優れない。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。心なしか、銀髪の艶もかげっているように思います」


「これから刑を執行するのに乗り気な人間がいるというなら、顔を拝んでみたいものです」


「はは。まるで彼女みたいな言い草だ」


 僕はそっと目線を合わせると、男性に問いかけた。


「ルノーさん。最期に何か、思い残すことはありますか?」


「最期に見つめる貴方のその顔に、悲しい色が浮かんでいることですかね?女性を殺めた翌日は、貴方はいつも浮かない顔をしている」


「それは……」


 なんとなく、エリーを思い出してしまって……


 言い淀んでいると、ルノーさんは自身の金髪を耳に掛け、ふわりと笑う。


「物憂げな表情も素敵ですが、私は貴方の微笑んだ顔が好きだ。広く我らを包み込むような、穏やかな月夜のような笑みが」


「…………」


 ここ数日、僕はルノーさんに歯の浮くような台詞を浴びせられている。


 今の時代、同性愛者というのは異端の者として扱われ、例え貴族であっても迫害の対象とされていた。実際、ルノーさんも暗殺を目論まれた日にその趣味嗜好が露呈し、自身の家族に異端と摘発されてここに来たくらいである。


 本人は『ようやく本当の自分を隠さないでよくなった』と晴れやかな表情でそう語っていたが、ここまでぐいぐい来られると……


 僕自身は職業柄上そういう方をそれなりに目にしてきたので、ルノーさんに対して偏見や嫌悪感を抱いているというわけでは無かったが、僕は女の子が好きだ。


 その好意に戸惑いながらも、口を開く。


「では、ひとつだけ。僕からお尋ねしてもいいですか?」


「なんなりと」


「今の貴族派と反貴族派の情勢について、何かご存じではないでしょうか?」


 僕は、処刑人という中立の立場であるが故に、世間のそういった動きに対して置いてけぼりなところがあった。


(アリアはおそらく、戦いに巻き込まれて孤児になった……僕も、知っておいた方がいい)


 以前出自を問うたときにアリアは口を噤んだことから、彼女の身分が何かしらの危険性を伴うことは想像ができる。おそらくは、貴族。しかし、下級貴族であれば平民と結託して現体制の打倒を目論む『反貴族派』である可能性もあるし、もちろん『貴族派』かもしれない。


 今、世間では『反貴族派』が優勢で各地で貴族狩りを行っているとは聞いているが、今もそうなのか?僕には、莫大な富を抱え込んでいるはずの貴族たちが黙ってやられているだけなんて、俄かには信じられない。


 その問いに、ルノーさんは薄笑いを浮かべた。


「私はしがない子爵ですのであまり詳しくはありませんが、貴族派内で大規模な計画をしていると耳にしたことはあります。なにやら、新兵器の開発をしているとかいないとか」


「新兵器……?」


「一撃で大爆発を引き起こす爆薬だとか、毒の煙だとか。詳細は伏せられています。しかし、神のもとでは等しく同じ種であるというのに。どうして人というのはこう……他者と自分を分けたがるのか」


「はい……何故でしょう。そうして、上に立ちたがる」


「困ったものですね?処刑人である貴方の前では、貴族も平民もないというのに。あるのは、等しく与えられる死のみ」


「…………」


「ああ、そんな悲しげな顔をしないでください。私は感謝しているのですよ?最期に、いい友人を得ることができましたから」


「友人?」


「隣人の、リリーです」


 そう言って、ルノーさんは昨日まで女性が入っていた檻に目を向けた。


「一緒に過ごしたのは僅かの間でしたが、彼女は、私にとっていい友人でした。貴族も平民もなく、男も女もない。彼女はただ、ありのままの感情を私にぶつけてくれた。その殆どは悪態でしたが、私にとって『他者から向けられる本音』というのは何よりも眩しいものでした」


「眩しい、ですか……?」


「はい。私は同性愛者であるが故に、二十余年もの間『本当の自分』を隠したまま生きてきました。誰にも、本音で話せたことが無かった。しかし、リリーは違う。私が同性愛者であろうがなかろうが、彼女は『私』という個人に感情を向けてくれた。そのことが嬉しくて、私はそうできる彼女を羨ましく思いました」


(『本当の自分』……だとしたら、処刑人でありながら彼らに死んでほしくないと思う自分は、『本物』ではないのだろうか?)


 だが。彼らの願いを叶えることでまるで自分の願いを叶えたような心地になっている自分がいるのも否定できない。


 僕の、僕自身の『願い』は……何なのだろう?


(考えたことも、無かったな……)


 僕はそのことに気づかせてくれたルノーさんへ、大切な言葉を伝える。


「それはきっと、リリーさんも同じではないでしょうか?彼女、最期に言ってましたよ。『待ってるから』って」


「それは、私にですか?」


「はい。ルノーさんへの伝言です」


 静かに首肯すると、ルノーさんは穏やかに笑った。


「どうせなら、素敵な紳士様にそう言われたかったな?強いて言うなら、それが心残りです」


「それは、困りましたね」


 『そう言って欲しかった』と聞いてすぐにソレを言うのは、気休めに他ならない。僕は、ルノーさんの最期の願いを叶えてあげることが――


「……先生?」


「はい?」


「最期に、キスしてもらえませんか?貴方がではないことは重々承知しているのですが……幸せな心地のまま意識を沈めるというのは、これ以上ない贅沢かと思いまして。……ダメでしょうか?」


 心の底から申し訳なさそうな、ルノーさんの瞳。だが、ここに送られて来てからの彼は本当に活き活きとしていて、見ているこちらまでなんだか救われたような気持ちにさせて貰った。僕は、感謝の意を込めて頷いた。


「わかりました。それでは……」


 ポケットから小瓶を取り出し、口に含む。

 僕は檻を開けて、彼の最期の願いを叶えた。


      ◇


「…………」


(どうしよう……)


 見ちゃい、ました……


 先生が、男性の罪人さんとキスしているところを。


(こ、声をかけてもいいのでしょうか?お邪魔しちゃダメ?でもでも……)


 まさかの、ライバル出現です。


 頼まれていたお仕事が終わったから報告に来たのですが、なんとも言えない心地が私をもやつかせます。


(最近来た罪人さんに、先を越されてしまった……しかも、男の人に、負けました……)


 はわはわとしていると、先生は意識を失った男性をそっと横たえ、洗面台に向かう。

 そして、丁寧に口を漱いで手を洗いました。


(あれ……?キスしたの、嫌だったのかな……?)


 ぼーっとその様子を眺めていると、顔を拭き終わった先生と目が合う。


「アリア?どうかしたのかい?」


「あ。先生……その、お夕食の支度が終わりました……」


「ああ、夕食……そう言えばそんな時間だったか。どうしよう……」


「?」


「実は、口に毒薬を含んだせいで舌が痺れていてね。せっかくの夕食を美味しく食べられそうにないんだよ。作ってもらって悪いのだけど、明日食べるからお鍋に残しておいてくれるかな?」


「ど、毒薬を……!?だだだ、大丈夫なんですか!?」


「きちんと洗い流せば問題はないさ。飲み込んではいないからね」


「でもでも!どうしてそんなこと!?」


 慌てて尋ねると、先生はそっとと微笑みました。


「それが彼の、最期の望みだったから……」


「……っ!」


(もしかして、さっきのは……)


 そういうこと、だったんですか……


 でもまさか。毒薬を口移しするなんて。


「…………」


 罪人さんの最期の望み。

 それを叶える為なら、先生はたまに無茶をします。


 私はそれが心配でなりません。私は先生をまっすぐに見つめました。


「先生。もし罪人さんが『一緒に死んでくれ』と言ったら、先生は死んでしまうんですか?」


「それはちょっと……考えちゃうな?」


「…………」



 考えないで、くださいよ。



「ダメに、決まってるじゃないですか……」


「え?」


「先生が死んだら、誰が皆さんを処刑するんですか。皆さんの想いを汲んでくれるのは、世界に先生しかいないって言うのに……」



 いい加減、怒りますよ?



 俯いていると、先生はそっと私の頭を撫でる。


「ねぇ、アリア?思っていることがあれば、はっきり言ってくれないかい?僕はキミに、『自分に嘘をつく』ような人生を送って欲しくないんだ。それはとっても、苦しいことだから」


「…………」


「ね?」


 やさしいやさしい、先生の眼差し。

 先生は、私のことをわかっているようでわかっていません。

 ここらではっきり言わないと、わからないようですね。


「先生……」


「なに?」


「私、先生に死んでほしくないです。例え罪人さんにどんなお願いをされても。絶対に、命だけは差し上げないでください」


「そう、だね……わかったよ。じゃあ、僕からもアリアにお願いをしよう」


「?」


 私の手を取ると、先生はふわりと微笑みます。


「僕も、アリアに死んでほしくないな? 困ったことがあれば、すぐに言って欲しい。僕との約束だ。あと、外に買い物に行くときは、僕と一緒に行くこと」


「はい……! ねぇ、先生。もうひとつ、言ってもいいですか? 自分に、嘘をつかないように」


「なんだい?」


「私……先生のこと、好きです。大好きです」


 一瞬驚いたような先生。

 そして――


「僕も、大好きだよ?」


(ああ、その笑顔――)


 やっぱり先生は、なんにもわかっていませんでした。

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