第11話 老人と水

 「なにもないじゃないか…」

 途方に暮れてしまった。もう、ここ3日くらい人を見かけていない。食料については問題ないのだけど、昨日、携帯していた水が底を尽き、のどが渇いて死にそうだ…

 「こんなところでくたばっちまうのか?小僧。」

 「そんなわけにいくか…」

 幸い、すぐに民家が見つかった。否、民家というよりは山小屋である。建屋の脇には井戸も見える。きっと飲み水をあそこで確保しているのだろう。

 「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」

 門扉を叩いて呼び掛ける。

 「何者だ、貴様。」

 返事は扉の向こうではなく、後ろから返ってきた。老人が銃をこちらに向けて立っていた。

 「怪しいものでは…」

 「武器を下ろせ。」

 言われて、前の街で揃えた武具類を地面に置く。

 「よし。で?なんの用だ?」

 「水をいただきたくて…あの、水が尽きちゃったんです。ロンベルからここまで歩いてきてて。」

 「ほう、わざわざロンベルから。すると、目的はイェンドの街か?」

 「いえ、どこにも行く宛てはなくて…街道を外れて来てみたらこうなってしまって。」

 「そうか。」

 老人はようやく銃を下ろしてくれた。そして建屋の中に入っていく。扉に手をかけながら、老人が言う。

 「お前も入れ。長旅、疲れただろう。」

 「ありがとうございます!」


 中に通されて、老人はすぐに水を用意してくれた。渡されるや否や、飲み干してしまった。

 「お前さん、どうして旅なんてしてるんだ?そんな若いのに。」

 リビングに腰掛け、これまでの来歴を話す。

 「そうか、祖国が滅ぼされて…」

 「ええ、ですからこうして旅を。」

 「…苦労しているな。」

 「生きるためです。」

 本心からそう答えた。復讐を果たすためには、生き抜かねばならない。老人は、そんな僕の仄暗い感情を読み取ったのか、

 「風呂を沸かしてやる。そんな泥まみれじゃ気分も悪かろうて。」

 と提案してくれた。

 「ありがとうございます、おじいさん。」

 「そんな畏まるな。それと、私はジェイブスだ。」

 「わかった、ジェイブスさん。」

 老人はその場をあとにした。あらためて見回すと、本当に殺風景な部屋だった。最低限の生活をする、というよりは、部屋にあったものを捨て去ったあとのような印象を受ける。気になったのは、背の低い棚の上に置かれていた写真立てだった。ジェイブスさんと、もう一人、優しそうな貴婦人が立っていた。

 「なぁ小僧、どう思う。」

 「どう思うって…いい人で良かったよ。」

 「ただの良い人ならいいがな…この部屋、かすかに悪魔の痕跡があるぞ。」

 悪魔はためらいがちにそう言った。

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