第35話 カレーライス
俺達はハッサンさんのお店に戻ると、今日はハッサンさんが歓迎の宴会を用意してくれる事になっていた。
無事に戻った俺の姿を見て、安心したハッサンさんが忘れぬうちにとオークションの売上金を渡してくれたが、売上の総額は8千万Gにも及ぶ日本円だと8億だ、当面の活動費は確保できたな。
ハッサンさんをゼスタール領に明朝送ることと、アーガイルとタウロ子爵と雷帝、槌帝の4人はイザベラの屋敷で世話をする事になり、宴会が始まるまでの間に、一度イザベラを領主邸に転移で連れていき、宿泊の準備などの指示を出した後で、再びハッサンさんの商会に向かった。
「イザベラもこういう時は、普通に会話できるんだな。普段からそうしておけよ」
「あら? 本当は物足りなかったんでしょ? コウキもそろそろ私無しでは、生きていけない身体になってきたね」
「いや、今日のイザベラのほうが俺の好みだぞ?」
何故かそう言われたイザベラが真っ赤になってうつむいた。
「ば、馬鹿、いきなりそう言う事言われたら心の準備が出来てないじゃないの」
「なんだ、照れてるのか?ふーん」
どうやら、普段のイザベラは只の虚勢を張っているだけみたいだが、それにしても普段の発言は酷すぎるよな。
その日はハッサンさんのもてなしを堪能させてもらって過ごした。
アーガイル卿がこの先ファルムで過ごすための保養地を紹介したり、俺が今取り組んでいる事を聞かれたりして過ごしたが、サリアが俺の土地からバロンに抜ける道を開墾中だと言う話に食いついた。
「コウキぃ私はバロンの出身なんだよぉバロンは今まで北側の部分を除いて、海に囲まれてるだけの村だったから、もし深淵の森を通り抜ける道が開通しちゃうと、獣人国でも一番ノアの王都に近い街になっちゃうよ。絶対皆大喜びだよぉ」
「そうなのか、そう言えばハンクが言ってたな、バロンは猫人族と、魚人族の村だって」
雷帝のトールがワインで酔っ払って来て絡み始めた。
「コウキ、お前はそれだけの才能を持ちながら、それを国のために役に立てようとかそう言う考え方はできないのか?男として情けない」
「あのなぁトール俺はそもそもこの国の人間でも無いし、そこのサリア達の4人組にいきなり召喚されて、馬鹿でかいドラゴンに訳わからないまま突撃させられたんだぞ?そこから生き残れただけでも奇跡的だったのに、なんで俺がこの国のために協力するのが当たり前みたいな理論になるんだ?」
「むぅ、まぁいい俺は取り敢えず負けっぱなしで終わるのは気に入らないし、お前がこの先何をやっていくのかに興味が湧いた。帝としての任務がある時以外は、お前のやることを見届けることにする」
「ちょっと待てよ、汗臭そうなおっさんに付き纏われたくないぞ俺は」
「おっさんだとか失礼だな俺はまだ22歳だぞ」
「まじかよ、俺より全然若いじゃないか、その歳でその見た目はある意味反則だな」
その会話を聞いていたタウロ子爵が口を開く。
「まぁコウキと一緒にいれば俺が呼び出した時にいつでも転移で、王都ギルドに戻ってこれるし、俺からも頼むトールを少し面倒見てやってもらえるか?特にコウキがやろうとしているバロンとの交易路を開発する話なんか国としても取り組みたいような大事業じゃないか、深淵の森は今まで殆ど手を加えられることがなかったから、何があるのかがこの国のギルドとしても非常に興味深い」
「私もバロンに帰る道が便利になるなら嬉しいから、手伝うよぉ取り敢えず道が繋がるまでここでお世話になるぅ」とサリアも居着く気で満々だ。
「コウキ、槌帝もそう言ってるし、俺が呼んだ時に送って貰えるなら手伝わせてやってくれ、パワーはトールに匹敵するくらいあるし役に立つはずだ」
「タウロさんは何を期待してるんだ? 俺は自分勝手に思い付いたことをやるだけだぞ? この国とかこの世界とかの常識に併せた考え方なんか出来ないからな」
「俺は何か面白そうな気がしてるだけだ、帝達も基本は冒険者だから行動は個人の自由だしな、コウキという刺激が来てくれたことで、彼らも壁を一つ乗り越えられると思うんだ、まぁよろしく頼む」
「まぁいっか色々やりたい事が出来たから人手は足りないし、その代わり俺のところにいる間はしっかり働いて貰うぞ」
「コウキがさっき言ってた話の中で深淵の森の側の土地の話があったじゃないか、人族以外の人間を集めたいと言ってただろ。その話は凄い可能性を秘めてると思うんだよな、この国は比較的他種族にとって寛容な政策なんだが、人族の国家はこの大陸に現在8カ国ある中でこのノアと倭国以外の国では、人族以外の種族にとって決して住みやすい環境ではないんだ」
「そうなんだな、俺はどんな種族の人間でも対話が可能ならば差別をすることは無いから大丈夫だぞ」
「それはこの世界の永遠の目標とも言えるが、人族国家同士の争いや、獣人国とノア以外の人族国家、エルフ国家、ドワーフ国家、魔族国家はそれぞれ何らかのいさかいを抱えていたりする。そしてそれらを超えるところに災厄の存在もある。今のコウキの実力でさえ足らない場合も出てくる。いざという時に困らないようにしておけよ」
「災厄とは何だ?」
「いきなり現われて破壊の限りを尽くす存在だ。今回コウキが倒したゾルゲもその1つだがこの世界にはまだ多くの災厄が存在する。俺や帝の存在は基本的には災厄を食止めるために存在するんだ」
「そうなんだな、まぁ俺はこの世界とかには今の所興味はないが、自分の自己満足のために一生懸命生きてみるさ」
◇◆◇◆
ハッサンさんのうちでの宴会も終わり、自宅に戻ることにしたが何故かトールとサリアが付いてきた。
「お前達はイザベラの家に世話になるんじゃないのか?」
「コウキの家のほうが面白そうだし、いいじゃないか」
「コウキの所に獣人の人たち居るんでしょぉ? 私会ってみたいの」
しょうが無いから連れて行くことにして、転移で自宅に戻った。
「コウキなんかお前いい暮らししてんなぁ、まだ召喚されてから1月位しか経ってないんだろ?」
「ああ、なんか色々運が良かったのも在って、何とか困らないで暮らせてる感じだ」
俺の家に戻って、家人を一通り紹介すると、ハンクとカイル夫妻を見たサリアが獣人同士で集まって何か盛り上がって話していた。
トールはアランとサリナに興味を持ったみたいだ。
俺はカオルとフローラに今日のお店の準備の進捗具合を確認した。
フローラの武器ショップの方は、既に陳列棚の設置等も終わって、商品を運び込めばスグにでも商売を始められるという事だ。
カオルの方も人数は揃っているし、お店は元々出来上がっているので、後はメニュー等を決めてしまえばいつでも開店出来る感じらしい。
「カオルのお店はさ、メインの料理なんかは決まったのか? プロの料理人って訳じゃないから、最初から色々やろうとしたら、オペレーションとかで無理が出るだろ?」
「コウキ様さすがですね、私もそこで今悩んでいるんですよね。結構大きなお店ですし、色々なメニューを並べても、対応しきれないんじゃないかと思って、何かいいアイデアはありませんか?」
「じゃぁさ、最初のうちはうどんとカレーに絞ってみたらどうだい? それならオペレーションは簡単だし、どっちもファルムじゃ見かけないから、チャンスがあるんじゃないか?」
「いいですね! それだったら私も仕事の流れが、解ります。でもカレーはまだ満足出来るのが出来上がって無いんですよね」
「俺が、思い出して一回カレーの基本的な組み合わせを調合して見せるよ。食品関係の営業職で培った知識でなんとかなると思う。必要な材料は王都のマーケットで眺めていた時に一通り揃っていたので、手当たりしだいに買ってみたし、何回か試行錯誤を繰り返せば大丈夫だと思うよ」
「じゃぁ私は、おうどんの方のオペレーションと、献立を決めておきますね。コウキ様の作るカレー楽しみにしておきます」
俺は都内でも有名なカレーショップに納品していた、スパイス類の組み合わせを思い出しながら、書き出していった。
ターメリック
クミン
カルダモン
シナモン
クローブ
ローレル
ガーリック
コリアンダー
オールスパイス
カカオ
カイエンペッパー
ジンジャー
ブラックペッパー
こんな感じだよな。
後は配合割合だけど、これも納品してた量から逆算すれば、大体の見当はつくな。
折角だから、基本に成るスープはこの間の飛竜の骨をベースに野菜と一緒に煮出して、ブイヨンを取ってみるか。
うーん、スパイスをパウダーにする作業がメチャクチャ面倒くさいな、居候させてやるんだから、トールにでもやらせるか、ハッサンさんのお店で薬草を調合するための、擂り鉢とか明日仕入れてきてからやらせてみよう。
スパイスを量る、計量器も必要だな。
◇◆◇◆
翌朝、今日はハッサンさんをゼスタール男爵領に送り届ける約束していたので、まずハッサンさんのお店に行き、転移でゼスタール男爵領へと送り、夜に迎えに来る約束をした。
送迎の代金代わりに、スパイスの調合に必要な器具とかを譲って貰って自宅に戻ると、トールを呼んだ。
「トールここに居る間は、俺の仕事も少し手伝って貰うぞ、今日は画期的な薬品の調合をするから、これを成功させれば、人類の歴史に偉大な一歩を記すことが出来るほどの仕事だ。まずはこの薬草を種類ごとに出来る限り細かい粉末状にしてくれ、じゃぁ任せたぞ」
「ホー、人類の歴史に偉大な一歩か、まさに俺に相応しい仕事だな。任せろ」
上手いことトールを乗せて、面倒くさい作業を押し付けた。
俺はその間に、飛竜の骨と野菜でブイヨンを引く。
丁寧にアクを取り除きながら、澄み切ったブイヨンが出来上がった。
トールの様子を見ると、汗だくになりながら
「トール、薬品に汗が入らないように気をつけろよ」
「解った、しかしどのような薬を作っているのだ?こんな沢山の種類を使うような薬を聞いた事がないぞ?」
「言うなれば、人々を幸せにする薬だ。頑張れ」
サリアは、家で朝食を食べた後に昨日の夜カイル夫妻に聞いた、人族以外の移民者を募集する土地に凄い興味を示して、一緒にその土地を見に行っていた。
アラン、ユーリ、サリナに昨日の街道工事を続けるように指示を出していたので、後でカイルと共に合流するように頼んだ。
そして昼過ぎを迎える頃には、やっと全てのスパイスをパウダーに出来たので、早速試作を始めることにした。
まずはフライパンで配合したスパイスを丁寧に焦がさにように炒める。
段々と香りが立ち上がってきた、うーんこの香りだ間違いない。
俺がスパイスを炒めて立ち上がってきた香りに対してトールが反応した。
「この豊かな香りは、一体何なのだ? 薬とはこの様な美味そうな匂いがするものなのか?」
「あー人類を幸せにする魔法の薬だからな、匂いも幸せなんだ」
次は飛竜の脂身を使って、飛竜の尻尾の方の筋が多い肉を炒める。
俺的には日本風の少しとろみのあるカレーが好みなので、もう一つのフライパンでやはり飛竜の脂身を使用して、小麦粉を加え、そこに配合したカレーパウダーを加えてルーに仕上げた。
炒めた飛竜のスジ肉に、ブイヨンを加え、赤ワインも入れてじっくり煮込み、スジ肉が柔らかくなった頃合いを見て、カレールーを加えた。後は焦がさないように、弱火でじっくりと煮込むだけだ。
トールは今までに経験したことのない豊かな香りが立ち上がる鍋に興味津々だが、焦がさないように丁寧にかき混ぜろと指示を出して俺はご飯を炊くことにした。
「なぁコウキ? これって薬ではなく料理なのか? 匂いを嗅ぐだけで先程から、空腹感が凄く高まるんだが?」
「これはカレーという至高の食であって薬でもあるのだ。使った素材は俺の国では漢方薬という、万病に効く薬になるんだぞ。恐らくこの世界で完成されたカレーはこれが初めてのはずだ。今日の夕食で食べさせてやるから楽しみにしておけ」
「ふむ、言ってる事はよく解らないが、この香りが正義である事は解る。早く食してみたいな」
そして夕方にはみんな戻ってきたので、夕飯を兼ねて出来上がったカレーの試食会を行った。
全員が絶賛してくれた。
カオルも「コウキ様凄いです。これこそ私がずっと求めてきたカレーです」と感動していた。
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