第226話  凶刃

 街へと戻ったロイ一行は驚愕の光景を目にする事となった。


 地面に転がる無数の死体、街を流れる濁流には血が混ざっている。戦争なんだからそれは当たり前だ。だが、おかしい。剣戟の音も、魔術が炸裂する音も、人と人とが信念を持ってぶつかり合うオーラすら感じ取れなかった。


 目を背けてはいけない。街の中央、敵指揮官がいるであろう場所に、この場において明らかに異質な2人がいた。


 片方は黒髪で黒い瞳、そして端正な顔立ちで、王国貴族が着るような格式高い服装を着こなしている。


 もう片方は銀髪に褐色肌、身体の曲線は流麗でいて完成された女性を思わせるも、どこか虚ろな表情をしていた。


 前者は敵指揮官らしき存在を後ろから剣で串刺しにしており、それをつまらなそうに眺めている。


 後者は風貌から魔人であることがわかるが、視認距離に入っているにも関わらずこちらを見ようとはしていない。


 一方、黒髪の男は剣から指揮官を引き抜いたあと、そのまま蹴り飛ばしてこちらを見た。


「おや、この世界で黒髪に出会うのは二度目だな。お前達も王国を侵略しに来たのか?」


 ここはハルモニアで、侵略したのは王国側だと言うのに、明らかに言ってることがおかしい。


「あんた、なのか? こんなことをしたのは」


 ロイの問いに対して黒髪の男は不思議そうな顔で答えた。


「え、だってさ。コイツら連合と協力して土嚢どのうを積み始めたんだぞ? おかしいだろ、敵と協力なんてさ」


 言われて近くの死体を確認すると、王国兵と連合が寄り添う形で倒れている。そのどれもが背後から一突きにされていて、犯人は推理するまでもなく目の前の男であることが見て取れた。


 その意味を理解したロイは、静かに、怒りを抑えながら、剣を握る手に力を込めつつ返した。


「あんた……なんで協力し始めたのか、考えなかったのか?」


「考える必要なくね? いきなり『戦ってる場合じゃない。濁流に備えて街の入口に土嚢を敷かなければ!』なんて言い出すし、連合もそれに同意しちゃうし、俺達は戦争をしてるんだよ? 敵と手を取り合ってどうすんのさ! ……だからさ、殺っちゃった」


 狂気を顔に貼り付けたその男は、パシャ、パシャっとゆっくり足音を立てながら近づいて来る。


 不意打ちとはいえ、かなりの人数を一瞬にして倒したその技術は本物だ。纏っている武威もまさしく強烈。

 一歩一歩、歩を進める度にプレッシャーが増していく。


 魔力が枯渇している今、この男と戦ってはいけないと本能が警鐘を鳴らす。


 奥歯をギリっと噛み締めつつ、ユキノ達に目で合図を送るが、ユキノとアンジュは目を見開いたまま硬直している。


「な、んで……カミシロ君が……」


 ユキノは黒髪の男を見てそう呟いた。そしてアンジュはアンジュで隣の魔人を見て呟いた。


「どうしてそんな姿になってるの! カミラっ!」


 魔人はアンジュの叫びに対して目を背けている。ユキノとアンジュ、それぞれ敵と知り合いなのか。だけど今は撤退が最優先だ。


「おい! 退くぞ!」


 再度大きな声を上げたロイに対し、2人はハッと我に返って頷いた。


「感動の再会なのに帰っちゃうの? シラサトさん。君はこっちに来て1年くらいだっけ? うわぁ、色気が増してるねぇ! 街の人間は殺してないからさ、宿で俺と一発どう?」


 ユキノは答えるつもりはないらしく、ロイの袖をギュッと握りしめた。


「そうか、やっぱ“あの時”強引にヤっとけば良かったなぁ。ハルトのクソ野郎が邪魔さえしなければ極上の女の処女を奪えたのに……」


 ユキノはロイの後ろに隠れてジッと睨んでいる。敵に対してここまで素直に憎しみを向けているのは初めてではないだろうか?


「ああ……今はその男が騎士役をやっているのか。どれ、ちょいと腕試しに付き合ってもらうかな」


 言うが否や、カミシロのいた場所に水飛沫が上がり、次の瞬間には姿が消えてしまった。


 違う、消えたんじゃない! これは────【縮地】だ!


 ガンッと剣を受け止める。縮地は初見だとその速さから対応が難しいが、現れた瞬間に魔力の余波が生じるから割と対処は簡単だ。


「へぇ、受け止めるんだね。俺の縮地って防がれたことあまりないんだけどな」


「そう言うあんたの縮地は随分とお粗末なんだな。目の前で消えられたら、真横か後ろから狙うって言ってるようなもんじゃねえか」


 力を込めて弾き返すと、カミシロは地を滑りながら後ろに下がった。


「じゃあ、これはどうかな?」


 カミシロは消えずに走ってくる。そして上段で剣を構えたあと────“剣に影を纏わせた”。


「ユキノ! 横に飛べ!」


「は、はい!」


 直感だった。避けなければやられる、1秒にも満たない時間でロイはそう感じ取った。


 黒い三日月の斬撃がユキノとロイがいた場所を通過し、街の城壁をそのまま突き抜けていった。


 驚いてはいけない。心臓の鼓動を全力で無視して相手の一挙手一投足に集中する。


「勘がいいな、だけど次で終わりかも」


 カミシロは腰落として剣を横合いに構えた。黒月を横向きに撃つつもりなんだろう。今みたいな避け方はできない、これはマズイな……。


 何か対抗策は無いかと周囲を見渡していると、ひゅ~という空を切るような音が聞こえてきた。

 その方向を見ると、赤い矢、黄色い矢、緑色の矢が山なりに飛来しているのが見えた。


 3本の矢がカミシロの足元にトストストスっと刺さった次の瞬間────それは爆発した。


「────くっ」


「ふむ、妾のエレメンタルアローをギリギリで避けるとは、お主こそ勘がいいのではないか?」


 ロイのいる方向、街の入口辺りから小さな女の子が歩いてきた。いや、武威の強烈さでいうなら、この小さな女もカミシロに負けてはいない。


「あ〜あ、もうマジで面倒くせえ。ちびっ子が出てきたら撤退しろって命令、聞きたくないんだけどな。おい、赤目騎士、決着は次で着けるぞ」


 カミシロとカミラの2人組みは撤退を始めた。2人の後ろ姿が完全に見えなくなったところで目が霞んできて膝をついてしまう。


「ロイさんっ!?」


「安心せい乳女、ただの疲労と魔力欠乏症じゃ」


 その言葉を最後にロイの意識はゆっくりと沈んでいき、バシャっと前のめりに倒れ伏したのだった。

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