第227話 クエレブレ

 目が覚めると、傍らにはユキノとアンジュがいた。


 それは良いんだが……何故俺のベッドに? そして何故裸なんだ?


 しかも、俺の身体を抱き枕にしてくるもんだから、二人の大きな乳房とか、女特有の甘い匂いとかで愚息が元気になり過ぎてしまっている。


 どうやって解こうかと思案したものの、二人の可愛い寝顔を見ていたらそんな考えも消えてなくなった。


 石造りの天井、多分だけどここは街の中かもしれない。記憶を探った感じ、小さな女の子に助けられて敵は撤退していたはず。


 だからこそ、街の中であるという俺の考えも当たっていると思っている。


 その事に安堵し、左右で眠る彼女達の頭をそっと撫でた。


「随分と女慣れしとるのぉ」


「うぉっ! びっくりした……」


「妾の気配に気付かぬとは、寝室であれば影の者といえど油断するようじゃな」


 確かに、寝床にいたら基本的に気は緩む、だけど俺達は普通の人間よりかは遥かに探知能力に長けている。


 気付かない訳がないんだが……。


「確か……あんたが助けてくれたんだよな? あの時は助かった、ありがとう」


「礼を言われる筋合いはない。むしろ、こちらが謝るべきだと思っておる」


「あんたが……?」


「うむ! 妾の部下が王国の侵攻に加担しておったみたいでな。妾が直々に出向いて始末しようと参じたのじゃ」


 小さな女の子、見かけ上はそう見えてしまう。だけど、先の助力と気配の隠し方からして、かなりの実力者である事が窺える。


 てか、スカートの下からチラチラ見えるトカゲの尻尾みたいなのが気になって仕方がない。


「まずは自己紹介じゃ。妾は“クエレブレ”竜人族の長、竜姫とも言われておる。愛称は“クーレ”なのでそう呼ぶことを特別に許可しよう」


「竜人って確か……神話上の一族だったような。リザードマンじゃないのか?」


 ロイがそう口にした瞬間、額にパンッと衝撃が走った。


「いってえ! 今、何をした!?」


「竜気で叩いただけじゃ。お主は失礼にもほどがある。リザードマンとは人間で言うところのゴブリンのようなもの、一緒にするでない!」


 どうやらクーレにとってはかなり琴線に触れる内容だったようで、腕を組みながら今も目の前でプンスカ怒っている。


 とはいえ、恩人には代わりないので素直に謝罪することにした。


「悪かったよ。そういうの、俺達には分からないんだ」


「うむ、素直なことはいいことじゃ」


 しかし、クーレの服装……ユキノが前に防具屋で見せてきた【キモノ】というやつに似ているな。

 無い胸を強調するようにして、胸元を開いてるのは良いとは思えないがな。


 うん、ユキノが着たら良いかもしれない。


 ────パンッ!


 再度不可視の竜気によって頭を叩かれてしまった。


「……何故叩いた」


「良からぬことを考えてる気がしてな。違っていたらすまんの」


「いや、良いんだ」


 クーレは踵を返し部屋を出て行こうとする。妙にあっさりと帰るな。


「話があったんじゃないのか?」


「いや、神剣の様子を見に来ただけじゃ。あとは……今代の使い手がどんな人間が気になってな」


 壁に立てかけてある神剣を手に取ってクーレは刀身をそっと撫で始めた。友を懐かしむような、そんな表情をしていた。


「前の持ち主はどんな奴だったんだ? 俺に似てるのか?」


「似ても似つかぬ。お主みたいに絶望に染まった目をしてない、正義を行えば必ず報われる、そんな真っ直ぐな目をした者にこそ、勇者たる資格があるからのぉ。とはいえ今日はもう遅い、話は明日の朝食の時にでもするかの」


 そう言ってクーレは今度こそ部屋を出ていった。


 身体に絡まる腕をゆっくりと外してカーテンを開けると、外はすでに暗くなっていて、魔石灯の明かりが濁流で水浸しになった街をより一層照らし出していた。



 ☆☆☆



 ロイが外を眺めていると、目を覚ましたユキノが起き上がってきた。


「うーん……ロイさん、起きたんですか?」


 目を擦りながらロイのいる窓辺へと来たユキノ。寝惚けていて本人は気付いてないけど、シーツすら身に着けていない状況だ。


 幸いなのは、部屋を出る際にクーレが灯りを消したことだろう。だけど、ロイの隣に立てば外の魔石灯によって上半身は灯りに晒されることになる。


 そうとは知らずにユキノがロイの隣に立ち並んだ。


「ほぇ〜、もう夜だったんですね。あれ、ロイさん? さっきからぼーっとしてますけど、どうかしたんですか?」


「い、いや……なんでもない」


 見ていたい気持ちと、ジロジロ見てはいけないという気持ちとの葛藤の末に、見ていたい気持ちが僅かに勝ってしまった。


「ふふ、変なロイさん」


 白く大きな乳房、その先端はほんのり桃色に色付いていて、ロイの劣情を酷く掻き立ててしまう。

 いや、胸だけじゃない。美しい女が微笑む姿というのは、誰が見ても素晴らしいと思わせてくれるはずだ。


 しかも、それが自らに向けられているのなら、尚の事だ。


 とはいえこれ以上は危ない、そう感じたロイは視線を窓の外へと移した。


 雨が降ったわけでもないのに街は水浸しで、夜遅くまで除水作業が続いている。


「水浸しになっちゃいましたね」


「だけど俺達が動かなかったら土石流はそのままこの街を飲み込んでいたはずだ。被害がこの程度で済んで良かったと思わないとな」


「そうですね。ただ、まさかこの世界でカミシロ君に会うとは思いませんでした……」


 そう語るユキノの言葉には、どこか負の感情が宿っているように感じた。


「アイツと知り合いなのか? あまり良い関係ではないみたいだが」


「彼は……私達の世界の住民で、元生徒会長だった人なんです」


 セイトカイチョウ……。ニュアンスからして生徒の長的な役職か。俺達の世界にも初等部、中等部、高等部と各大都市に学校があるが、生徒に権限を持たせたりはしないな。


 魔術やスキルがある以上、精神的に未成熟な生徒に権限を持たせたらとんでもない事が起きるからだ。


「元ってことは、ユキノ達がこっちに来る前はすでに別の人間がその役職に就いていたってことか?」


「はい、彼はとある事件を起こしてしまい、生徒会長の座を追われることになりました」


「……もしかして、ユキノもそれに関わっていたのか?」


 ロイの問いに対してユキノは静かに頷いた後、元の世界でのカミシロについて語り始めた。

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