第225話 決死点

 何の策もなく挑むのは初めてな気がする。

 時間はそう残されていない、眼前には迫りくる暴力の奔流デビルスフロウが見える。


 ヒトにはヒトを、天災には天災を……普通ならそうやって対等な何かで相殺するのが最適解ルールだと思っている。

 だけど、俺がこれからすることはその最適解ルールから大きく逸脱している。


 状況を俯瞰して今俺に出来る事を導き出す。


 アレに対抗するには同等の魔術で防ぐ必要がある。ソフィアの剣で挑むか? いや、一時的に凍結させることは出来るだろうが、すぐに決壊するはずだ。


 かぶりを振って、思考をクリアにする。


 違う、そうじゃない。全部なんとかしようって考えが間違いなんだ。思考を広げて可能性を高めなければいけない。


 改めて俯瞰する。背後には平原が広がっていて、両サイドには切り立った岩壁が存在する。平原に土石流が流れ込めばド真ん中にある街が飲み込まれてしまう。


 俺達の目的は最低限、あの街を死守することだ。


 よし、考えはまとまった。俺の出した結論は────。


「みんな、この土石流を割るぞ」


 ロイの言葉にソフィアが驚いた。


「私とリンクして凍らせるのはダメなのかしら?」


「無理だ。大元を凍結させればなんとかなるだろうけど、後続の土石流で氷が割れてしまう。土石流の中心に絶対流れないような質量の物体があれば、あれを割る事ができるはずだ」


 それでも、多少の水が街に流れ込む、それは我慢してもらうしかない。問題はそんな物体をどうやって用意するかだが……。


 ユキノが小さく顔の前で手を上げた。


「あ、あの……私の盾を鋭角に並べたらどうですかね?」


「俺もそれは少し考えた……だけど、魔力が有限だから難しい気がする」


 土魔術の得意なマナブをエデンに残したのは失敗だったか。マナブだったら、ゴーレムを並べて綺麗に流れを割る事ができたはずだ。


 地響きが近付いてくる。そろそろ限界点が近い。何か、何か良い物がないか……。


「ロイ君、あの上の方にある尖った岩、あれを落としたらどうかな?」


 アンジュの指差す方を見ると、岩壁から突き出た巨大な大岩があった。それはまるでベヒーモスの角のような大きさで、根元から切り取れば確かにこの流れを割る事ができる気がする。


「問題は……あれを今から斬り落とさないといけないってことか」


 巧さと切れ味に特化したサリナの剣雷切であれば切断も可能かもしれない。だけど、その選択肢はもう使えない。今から登っている時間なんて無いからだ。


 それをみんなも分かっているのか、空気が重くなっていく。


 そんな中、サリナが何かを閃いたように手を鳴らした。


「ロイ、下にいたまま今すぐあれを斬り落とせる方法が1つだけある。ほら、カレルってオジサンが使ってたあれならいけるんじゃない?」


 みんながロイに注目する。サリナのいう“あれ”とは、恐らく【黒月】のことだ。

 だが、黒月に込められた考案者の想いを理解出来ていない。これでは斬り落とすどころか、傷一つ付けられるかどうか分からない。


 でも、やるしかない。


 ロイは剣を上段で構えて影を纏わせる。剣を包み込む影は炎の様に揺らめいている。このまま斬りつけたらきっとあの大岩を斬り落とすことができるはず。


 意を決して振り下ろす。


 黒い刃が神剣から離れて大岩目標へと飛翔していく。だが────。


「────ッ!」


 黒月は途中で霧散した。時間がないというのに、この有り様……自分が心底嫌になる。


「ロイ……私の光槍ハスタブリッチェンでなら……」


 ソフィアの提案にロイは首を振って否定した。


「ソフィアのスキルなら貫通させることはできる。だけどそれと同時に破砕する恐れだってあり得る。突き出したあの大岩じゃなければ、多分土石流を割るなんて芸当は不可能だ」


 地響きは少しずつ近付いているのに、口数は減っていく。


 影魔術師は基本的なジョブと相対した時、変則的な攻撃を除いて劣っている。自分達が生き残る手段として考案された奥義と言われる究極のスキル。


 爺さんは“仮想的を理解しろ”と言っていた。もう一度考えろ、影衣焔かげいほむらはどんな能力だったか?


 身体に影の衣を身に纏い、防御と速度を大幅に向上させるスキル。仮想的は恐らく……剣士だ。

 剣士の縮地と渡り合う為に考案されたはず。


 カレルを思い出せ。黒月を使っていた時のカレルは、マナブに近付けないから距離を取っていたはず。


 だとしたら────。


「こんな時、風魔術師さえいてくれたら……あれを斬り落とせたのに……」


 ソフィアの今の言葉に何かがカチリとハマるような音がした。実際に音がしたわけじゃないが、道が繋がったようなそんな感覚だ。


「ソフィア……今なんて言った?」


「え!? 風魔術師さえいてくれたらって……言ったのだけれど?」


「それだ! 魔術師だ! 剣士を克服した影魔術師の天敵は、魔術師なんだ!」


 ロイはソフィアを抱き締めつつ、早口で捲し立てた。


「ちょ、ちょっと! いきなりどうしたの?」


「ソフィア、お前のお陰でなんとかなりそうだ。マジで助かった……ッ!」


「あ、ありがとう……。でも、その、そんなに抱き締められたら……ドキドキしちゃう……」


 帝国人特有の白い肌も、ロイの熱い抱擁によって真っ赤に染まっている。それと同時に、ユキノ達からは冷たい視線を向けられることになる。


 ロイはそんな視線も何処吹く風、抱擁を解いて大岩へと向き直る。


「よし、次の一撃が最後だ。安心しろ、もう終わらせてやっから」


 再び上段で構えて深呼吸をする。影魔術師の次なる仮想的は魔術師、中〜遠距離から放たれる強力無比な魔術は影魔術師の存在を脅かした。


 そこで考案されたのが【黒月】────。


 閉ざされつつある未来を自らの影で切り拓く、そんな想いが込められたスキルだ。そしてそれは今まさに同じ状況と言っても過言じゃない。


 ロイの思考がそのルーツを辿る度に影が寄り添っていく。


 右足を強く踏みしめて、それを振り下ろした。


「────【黒月】ッ!」


 放たれた黒き影の刃は、先程とは違って微塵も減衰する気配がない。一撃に全てを込めたロイは急激な魔力減少により、立ち眩みと共に後ろへと倒れ込む。


「ロイさんッ!」


 ユキノがすかさずその身体を抱き止めた。ロイは指を差す。視線を向けると、黒い刃がサンッと大岩を通り抜けた後だった。


 まるで空振りじゃないかと思うほど静かに通過した。そして少しずつズレていく。


 ガーンッと一際大きな地響きと共に大きな岩が落下した。そのすぐ後に濁流が流れ込み、岩が安全地帯を形成し、背後にある街への直撃は免れた。


「ユキノ、ロイ君を抱えられる?」


「はい、大丈夫です! ほら、私は力持ちですので!」


 まるで子猫を持ち上げるようにしてユキノに抱えられたロイ。恥ずかしさで顔が沸騰しそうになる。


「ちょ、おいっ!」


「ロイさん、大人しくしててください。力が入らないのは丸わかりですから」


 ユキノが太陽の様な笑顔で覗き込んでくる。柔らかさと安心感で不思議と心が落ち着いてきた。

 ヤバい、なんかこういうのも良いかもと思えてきた。


「ロイ君が濡れちゃうから、すぐにここを離脱するよ!」


 アンジュの掛け声に全員が同意し、ロイ一行は戦地を離脱したのだった。

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