第157話 聖女の状態

 イザベラを伴って大聖堂の死角、アンジュとサリナのところへ戻った。

 アンジュとサリナを見たイザベラは驚いたように少し目を見開いた。


「騎士団派にしては……その、バラけてるというか」


「ジョブと装備が統一されていない、そう言いたいんだろ? 当然だ、俺達は元々部外者だからな」


「なるほど……それで親書なのか」


 イザベラは納得したように頷いた後、親書をロイへ返した。


「これはお返しする。内容は諸外国に関連したものだろうが、今の聖王国に余力などない。ましてや、今の聖女様はヘルブリス卿を押さえる力がないのだ。すまんな」


「……すでに取り返しのつかない所まで権力を掌握されている、そういうことなのか?」


 イザベラは頷き、残念そうな表情を浮かべてベンチに腰を下ろした。


「聖女様の権威とヘルブリス卿を罷免しうる証拠、せめてこの2つだけでも揃えば武力で一気に執政官派を排除できるのだが……」


「証拠の方は何とかなるかもしれない。5年前の偉業には色々と不振な点があるからな。後は聖女の権威、というより精神的な問題だな。大体は知っている、だけど中で何が行われているか色々把握するためにも教えてくれないか?」


「わかった。実は──」


 イザベラは語った。聖女の因子を円滑に継承するために、帝国より持ち帰った技術に発展改良を加えて聖女の子供を生産していること、そして聖女の両親が人質となってること、それらを悲痛な非情で語り終えた。


「聖女様はパッシブスキル【女神の寵愛ちょうあい】で身体の傷は全て回復されるが、精神的にかなり疲弊しておられる。どうにか救いたいものだが、今の私にその力はない……悔しい限りだ」


「ヘルブリス……胸クソ悪いにもほどがあるな。よし、状況はわかった。俺達は聖女の親を救出するよ」


「親書は救出の際に貴殿が直接渡すのが良いでしょう、では後程」


 イザベラは大聖堂正面へと帰っていく。


「ロイ君……ヘルブリス、女として許せないよ」


「あたしも聞いててムカついた。女を道具としてしか見てない」


 アンジュとサリナはそれぞれ憤りを顕にしている。


 俺も同じ気持ちだ。良い歳した爺さんが、若者の未来を閉ざすようなやり方してんなよ。

 聖女のこともそうだが、強欲により出世したやつは自分の都合で平穏に暮らす一般人の生活を破壊してくる。


 虫でも踏み潰すように。ある日、突然平穏は潰される。


 ロイは王国での出来事を思い出し、憤りと共に迷路を戻っていった。


 ☆☆☆


 騎士団の宿舎に戻ると、ラルフ・サンクションがロイの肩を掴んで揺さぶってきた。


「聖女様の様子はどうだったのだ!?」


「直接は見てない。ただ、昨日の今日だから流石に闇の子供を産ませるような真似はさせなかったな。問題は精神面だ、昨日遠目に見ただけでもかなり疲弊してるのがわかった程だ」


「……そうか、今日は礼拝だけだったか。くっ、ヘルブリス卿……貴様の罪は我の手で断罪する!」


 ヘルブリスに対して憤り、聖女の安否を確認するラルフ……その姿をロイは意外そうな目で見ていた。


 最初に会った時は冷酷な判断を即座に下せる人間、という印象だったが……聖女に関しては色々と熱い男に変わってしまうのか。


 何というか、妹か娘を見守る父のような感じだ。


「断罪は結構なことだが、そっちは見つかったのか? 証拠」


「当たり前だ。凄い物が見つかったぞ」


 そう言うと、ラルフはテーブルの上に1枚の紙を置いた。紙には老人と黒い鎧を身に纏った男が手を握っている光景が写っていた。


「投影機か」


「書類関係は全て破棄されていて、当時護衛として同行した騎士団は変死を遂げている。故にかなり苦労したが、怪我で前線を離脱した騎士がいてな。魔道騎士だったソイツは運ばれる直前に投影機でその場面を写したんだとか」


 手書きで記された日時は5年前。かなり色褪せてはいるものの、明確にヘルブリスとカイロであることが見て取れる。


「他にも、決定打には欠けるものの色々と書類が見付かった。これだけの数と決定打たるその写真があれば、大義名分の元にやつを武力で断罪できる」


「安心するのは早い、まつりごとの面で勝ち目はあっても、最後の抵抗である武力で負けたら意味がない。勝算はあるのか?」


「ある。ヘルブリス卿の私兵は斥候スカウトがメインだ、正面から挑めば負けることはない」


 本当にそうだろうか? 狡猾な男はもしものことを考えて対抗策を用意してそうだが。


 一見して、楽そうに見える戦いこそ気を付けなくてはいけない。


 ロイは踵を返して外に歩き始めた。


「ロイ殿、どこへ?」


「両親とやらを救出する。連れ帰ったら俺達はそのまま突入に参加するよ」


「恩に着る」


 一抹の不安を抱えながらも、ロイは貴族特区へと向かった。

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