第158話 貴族特区戦線

 貴族特区に侵入し、聖女の両親を遠くから観察する。


 ヘルブリス卿の私兵が巡回しているが、侵入するだけなら大した難易度ではない。


 ロイ達は私兵にバレないように両親へと近付いた。


「アンタが聖女の親で合ってるか?」


「なっ! なんだね君は、どこから入って来た!?」


「そう大声を出すな。まずは俺の話しを聞いてくれ、アンタの大切な娘の話しなんだ──」


 敢えて"大切な娘"という言葉を強調して冷静さを取り戻させた。次があったら、拘束して短剣を首元に突き付けてから話した方が、話しがスムーズに運べると思った。


 うん、また一つ勉強になったな。


 聖女の現状を父親に伝えると、膝から崩れ落ちて涙を流し始めた。


「う、うぅ……あの子がそんな辛い目に……」


 戻ってこない夫のことを不審に思った妻が現れた。衛兵を呼ぼうと駆け出す妻に、夫が待ったをかけて同じ内容を妻にも話す。


 ユキノは両親の背中を擦りながら慰め始めた。


「聖女様は私達が救出します。だから安心してください」


「私達は……貴族になれると聞いて喜んでしまった! ……その裏で何が行われてるとも知らずに……」


「泣かないで下さい、今はあなた方が私達に付いて来るのが先決です。じゃないと、聖女様を救出する際に向こう側に付かれる可能性がありますから」


 ユキノの言葉に聖女の両親は顔を上げた。その表情には決意の色が表れていた。


「ユキノの言うとおり、懺悔は本人にしろ。今はアンタらをここから連れ出すのが最優先だ」


 ロイの言い方は少しキツかったものの、すでに両親の意思は固く、動じることなく頷いた。


 事前に決めていた作戦を実行するために、ロイ一行いっこうは二手に分かれることとなった。


 パーティ中、最高の膂力を誇るユキノが母親を背負って貧民街に向けて逃げる。反対に、ロイは父親を背負って商業区へ逃げる。


 追手の数を減らして逃げやすくする算段だ。


「俺の方にはソフィアが付いてくれ」


「やっと私の出番みたいね。嬉しいわ」


 ソフィアがロイの元に行くと、ユキノが頬を膨らませた。


「最近、私と行動してくれませんね。とても悲しいです……」


「わかってるだろ? ユキノが頼りなんだ」


「むぅ~、そんな言葉で嬉しくなっちゃう私が憎い! 後で露天デートを要求しますからね!」


「ああ、何にでも付き合ってやるよ。だから頑張れよ」


 こうして、ロイはユキノ達と分かれて行動することになった。


「ロイ、ユキノ達に斥候の真似事は難しいと思うのだけど」


「大人を背負って斥候なんて俺にも無理がある。だからこれは斥候ではない、陽動であり、強行突破だ」


 目を見開くソフィアを他所に、塀の上に上がった俺はヘルブリス卿の私兵へ向けて神剣を射出シュートした。


「なんだ、奇襲か!?」


 驚く私兵へ向けて再度神剣を射出シュートした。


「あ、あれは聖女様の! 追え、追え! 絶対に奪い返せ!」


 私兵がこちらに向けて駆けてくる。陽動は成功、これでユキノ達は逃げやすくなったはずだ。


 塀の上を駆けていると、大聖堂の方角から煙が上がってるのが見えた。


「戦いが始まったみたいよ。まともに戦えば騎士団派が勝つと思うけど、ヘルブリス卿は狡猾な人間……きっと対抗策もあるはずよ」


「ああ、だから急いで騎士団の宿舎に連れ帰らないといけないんだろ?」


「そうね、あなたのことは私が守って見せるわ」


 ソフィアは飛んで来た矢に対し、聖槍ロンギヌスを踊るようにして振り回してそのことごとくを払い落とした。


 長く綺麗な銀髪は美しく流れ、白いドレスはヒラヒラと舞っている。その流麗なる姿は敵である私兵でさえ一瞬、撃つのを躊躇う程であった。


「相変わらず冴え渡ってるな、その防戦槍術は」


「守るのは得意なのよ」


「攻めも得意だろうに」


「ふふ、そうね。じゃあプライベートでも少しだけ攻めてみようかしら?」


「その話しは後な、もう貴族特区の境が見えてきたからさ」


 ソフィアは「じゃあ、少しだけ頑張るわ」そう言って、光槍ハスタブリッチェンを貴族特区の門に放った。


 機能性より見栄え重視な門は、聖槍から放たれた極光によって崩壊した。


 そして高い塀から飛び下りて、商業区にある出店の屋根に着地した。


「ソフィア、あれはやりすぎじゃないか?」


「大丈夫、次の戦いのことを考えて威力は抑えたわ」


 いや、人的被害のことを心配してるんだが……まぁ、見た限り誰も下敷きになってないみたいで良かった。


 きっとその辺りも考慮して放ったんだな。


 敵の追撃を振り切ったロイは、ユキノ達と合流して聖女の両親を宿舎に連れ帰った。


 ロイ達が再び外に出ようとすると、聖女の父親が呼び止めた。


「私達も戦場に向かった方が……」


「何かしたい気持ちは分かるが、はっきり言って、アンタは足手まといなんだ。目の前で死なれたらそれこそ聖女が絶望する。大人しくここで待っててくれ」


「……はぃ」


 力なく肩を落とした父親に歩みより、その肩を軽く叩く。


「アンタらが両親だっていう物的証拠はないか?」


「えっ? そりゃあ、誕生日にもらったロケットがありますけど……」


「じゃあそれを借りられるか? 実は俺と聖女は初対面なんだ、それがあればアンタらが無事だってすぐに証明できるだろ?」


「そうですか、ならどうぞお受け取りください」


 ロケットを受け取ったロイは大聖堂へと向かう。聖女を救出し、ヘルブリス卿を断罪するために……。



Tips


聖女・ジョブ

治癒術師の女性がある日突然変異したジョブ。それまで使えた攻撃魔術の一切が使用不能となり、代わりに治癒魔術のほとんどが使用可能になる。


その他にもパッシブスキル【女神の寵愛】が付与され、聖女の治癒魔術の向上、それと同時に、自身が負ったあらゆる傷は自動的に癒される。

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