第156話 イザベラ・ベルモンド
ラルフがラウンドテーブルに拳を叩き付けた。
「それは……本当のことなのか? ロイ殿」
「歩哨の話しを盗み聞きしただけだ、実際にその場面を見たわけじゃない。ただ、聖女は明らかに顔色が良くなかったし、その原因が腹部にあるのは明白だった」
「ヘルブリス卿……あなたという人はっ!」
「あの老人、マグナート・ヘルブリスだったか? ざっと調べた感じ、5年前までポーン貴族だったと記載されていたんだが、今はビショップだよな? 事実なら、恐ろしい程に早い出世だな」
「レグゼリア王国と聖王国グランツは長年小競り合い程度の小さな戦争を行っていた。押し引きが続く中、偶然立て続けに前線が敗北して国橋を押さえられてしまったんだ。それを単独で追い返したのが当時ポーン貴族だったマグナート・ヘルブリス執政官だ。その功績は非常に高く、ナイトを飛び越してビショップに任じられる程に出世した御仁だ」
ロイはラルフの言葉に疑問を感じていた。
5年前に国橋を奪ったという情報は聞いたことはあるが、取り返されたという情報は聞いたことがない。
とにかく、確認してみるか……。
「ラルフ、レグゼリア王国では聖王国の国橋は取引の末に返還という形で返されている。そっちでは奪い返したことになっているのか?」
「いや、嘘偽り無く奪い返したと伝えられている」
レグゼリア王国はプライドが高い国だ。奪われたと主張しないように民に伝えた可能性が高いが、それでも何か引っ掛かる。
ロイが思案に耽っていると、アンジュ「あっ!」と何か思い出したかのように声を上げた。
「どうかしたのか?」
「私、珍しくカイロが出兵したから覚えてる」
「カイロが? アイツは交渉というより恫喝の方が向いてるだろ?」
「うん、私もそう思ったけど……お父様は何も言ってくれないから」
アンジュの言葉を聞いてラルフは何かを言おうとしたが、ロイはそれを手で制して遮った。
アンジュが元アルカンジュという王族なのは、この際、特に問題ないからだ。
問題なのは、交渉なのに黒騎士カイロが出兵したという事実だ。
「他に不思議な事はなかったか?」
「うん、もし聖王国側が正しいことを言ってると仮定すると、カイロは大軍を相手に戦闘をしたはずなの。それなのに帰って来たカイロとその配下は無傷だった……」
戦闘目的で出兵し、無傷で帰還、奪った領土も元通りに返還……。
「ラルフ、もしかすると……カイロはその時に執政官と繋がりを持ったのかもしれない」
「というと?」
「戦闘もせずにみすみす国橋を渡すに至る何かがあった、という感じか。あくまで推察に過ぎないがな」
「昨今、ヘルブリス卿は王国との癒着を噂されていた、火の無いところに煙は立たないという。5年前の戦闘で得た戦利品、失った物、引退した騎士、とにかく関わった全てを調べておこう」
「わかった。やることは決まったな、あんたは執政官を失墜させるネタを探り、俺達は明後日、イザベラに接触して聖女救出に関する話しをして親書を渡す、これでいいな?」
「……構わない。警備の騎士には仮に見かけても見て見ぬふりをさせておこう」
よし、決行は明後日の礼拝の時間だ。
ラルフ・サンクションとの話し合いは終わり、ロイ達は決行の日まで宿舎で鋭気を養っていた。
☆☆☆
決行日当日──。
ロイ
「見つかった時のサポートはソフィア、ユキノ、あとはルフィーナ、頼んだぞ?」
「ええ、任せて頂戴」
「はぃっ! 盾で殴り飛ばします!」
「ロイ殿、御武運を」
緊張するユキノの頭をそっと撫でて、次にアンジュとサリナへ指示を出す。
「機動力に長けたアンジュとサリナは俺と共に大聖堂に近付き、イザベラと接触を図る。もし聖女を奪還出来そうでも絶対に手を出すな。執政官は狡猾な人間のようだし、知らない罠が作動すると困るからな」
「ロイ君、わかったよ」
「あたしはあんたに従うだけよ」
表情の硬いサリナの頬を摘まんでムニムニと弄った後、ロイは懐から愛用の短剣【風の短剣・フラガラッハ】を取り出す。
Cランクの短剣だけど、持ち主の空気抵抗を下げる効果がある。
「じゃあ──行くぞ!」
ロイとアンジュ、そしてサリナは疾走した。
大聖堂の周りにはトピアリーで出来た迷路がある。事前に図面を頭に叩き込んであるからそれ自体は特に問題ない。
ロイの動きを真似するようにして、アンジュとサリナは追従する。
急にロイが立ち止まった。
『先に歩哨がいる、注意を引くからアンジュが気絶させてくれ』
アンジュは頷くと、セレスティアルブレードを抜いた。
タッタッタッとトピアリーを飛び越えて歩哨の前に一瞬、姿を見せる。
「ん? なんだ、人影か?」
何も知らない歩哨がロイに近付いた瞬間、後頭部に強烈な痛みが走り、歩哨は意識を失った。
セレスティアルブレードで斬った訳じゃない。表面を魔力でコーティングして鈍器のように切れ味を落としただけ。
ブンッと剣を振って魔力を吹き飛ばしたアンジュは剣を鞘に収める。
──ドサッ!
予定に無い物音を警戒して周囲を見渡すと、サリナが槍の石突きの部分で未発見だった歩哨を気絶させていた。
『サリナ、ナイスだ』
親指を立ててジェスチャーを送ると、彼女も同じ動作をして合流。
ロイ達は無事にトピアリーの迷路を突破した。
『イザベラという壮年の女……あれじゃないか?』
ロイが指差す方向には、白いローブを身に纏った40代の女が立っていた。
『そうみたいだね、他は男性ばかりだし』
『で、接触はロイだけでするの?』
『ああ、お前達は大聖堂の死角であるここを死守してくれ、俺が連れてくるから』
2人は頷いて、ロイは気配を消しながらイザベラとの距離を縮めていく。
まずは短剣を首筋にそっと当てて話し掛ける。百戦錬磨の元高官なら、これが1番有効だからだ。
『イザベラ・ベルモンドはあんたか?』
一瞬、ビクッと震えたが、振り返ることなくイザベラは口を開いた。
「いかにも、私はイザベラだ。貴殿は……騎士団派の人間かな?」
『よくわかったな、あんたに渡したいものがある。これを聖女に渡してくれ』
親書をイザベラに渡すと、封筒の表と裏を確認し始めた。
「ほう、帝国の高官が用いる封蝋だな。それも執政官クラスか。一見すると、王族の封蝋に見えるが、細部に違いがあるんだって、その話しは関係ないか。ここで立ち話をするつもりはないんだろう? 貴殿に着いていくから、案内してくれ」
『……来い』
短剣を当てたままロイは大聖堂の死角へと誘導した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。