第151話 協議

 ロイが差し出した手の平を覗き込んだ拷問官は何も無いことに疑問の表情を浮かべた。


「くひひ! 何も無いでは──」


 言いかけた拷問官は咄嗟に身体を引く。すぐに頬に鋭い痛みが走り、手を当てた。そして当てた手を見てみると……血がベットリ付いていた。


「お、お前……何をっ!?」


「ふっ、勘が良いじゃないか。お陰で俺の勝ち目が少しだけ減ったな」


 不敵に笑ったあと、ロイは立ち上がる。その右手には──何故か白銀の剣が存在していた。


「くひひ、そんな玩具を、隠し持っていたとはっ! 【バードウィップ】!」


 拷問官は鞭を神剣グラムセリトに巻き付けた。


「オデの方がパワーは上だ! 【ライトニングウィップ】」


「ぐっ、雷属性のスキルか!」


 ロイが剣を手放したのを見て、これを好機と再び【バードウィップ】を仕掛けた。


「これ以上時間はかけられないな……神剣射出シュート!」


「──ぐぅッ!?」


 勝ちを確信していた拷問官の顔は痛みで歪んだ。奪ったはずの剣が再びロイの手元に戻り、あまつさえそれが飛んできたのだから。


「倒したか、カギはカギはっと──これか」


 拷問官の懐を探ってカギを見つけ出したロイは、手錠を外して通路に出た。


 まずはユキノからだ。カギを開けるとユキノが抱き付いてきた。


「ロイさん! ロイさんロイさんっ!」


「おいおい、大袈裟だな」


「だって、だってぇ!」


 泣くのを必死に我慢しながらも、ユキノは俺の胸でグリグリと頬擦りをしてくる。牢獄に入れられるなんて体験はこの世界の住人であろうとも、そうそう経験することじゃないからな。


 もしかしたらこのまま処刑をされるとでも思っていたのかもしれない。


 安心させるために頭を優しく撫でてると、別の牢屋から声が聞こえてきた。


「ちょっとロイ! いちゃついてないで私も助けて欲しいのだけど?」


「ユキノずるい! ロイ君に抱き付くのは私の役目なのに!」


「ロイ、これ以上騒がしくなると面倒だから、早くして」


 それぞれソフィア、アンジュ、サリナが文句を垂れてきた。そもそも、遺物武器エピックウェポンを持っているソフィアなら、俺みたいに飛ばせなくても手元に呼び寄せるくらいはできるはずなんだ。


 なのに大人しく捕まってるとか、きっと「そんなはしたない真似できないわ。淑女たるもの、殿方が迎えに来るまで毅然として待っているべきなのよ」とか思ってそうだよな。


「ユキノ、悪いんだがサリナとアンジュのカギを頼めるか? 俺はソフィアとルフィーナの開錠に向かうから」


「はい、任せて下さい!」


 ユキノは気を持ち直して元気よく駆けて行った。


 さて、ソフィアの牢屋前に来たわけだが、牢屋にいるっつーのに……白い布を敷いて綺麗に座ってやがる。


 戦闘用の白いドレスと、綺麗な銀髪が牢屋の窓から射し込む光によって幻想的な光景を生み出していて、ロイすらもほんのり魅了するほどだった。


 俺の姿を確認したソフィアはゆっくりと顔を上げた。心なしか、不安そうな表情を浮かべている。もしかすると、ユキノと同じく内心先行きがかなり不安だったのかもしれないな。


 ──カチャ。


 カギを開けると、ソフィアはゆっくりと立ち上がって俺の傍まで歩いてきた。


「ロイ、怪我はない? 体調はどう?」


 ペタペタと怪我したところは無いか探ってくるソフィア。俺は思っていた対応と違って少しだけ驚いた。


「ほとんど無傷だ」


 少し照れ隠しで頬を掻くと、ソフィアは目を見開いて掻いた手を思いっきり握ってきた。


「あなた……手の甲、怪我してるじゃない」


 手錠を外すときに付いたのか、さっきの戦闘の時に付いてしまったのか、全然見当もつかないけど、ソフィアはこうやって小さな傷も許さない時があるので本当に過保護だと思う。


「こんなの傷の内に入らないだろ」


「ダメよ、治せる時にきちんと治さないと。ハーフポーションで悪いけど、我慢しなさいな」


 そう言ってソフィアは小瓶ほどの大きさのポーションを手の甲の傷に振りかけた。ピリッと少し痛みが走ったけど、出血は完全に止まった。


 手に包帯を巻き、ソフィアが「よし!」と言ったところでルフィーナが真後ろから申し訳なさそうに話しかけてきた。


「あの~、ロイ殿。そろそろ脱出した方がいいのでは?」


「お、おう……そうだよな。てかルフィーナ出してもらったんだ」


 俺がそう言うと、ユキノがむくれた顔で抗議してきた。


「むぅ~、ロイさんが一向に次の牢屋に行かないから、先に開けちゃったんです!」


「悪かったって! ほら、行くぞ」


 ユキノの頭をポンポンと軽く叩いて、斥候スカウト役を務めるべく出口へと向かった。


「俺が先に進む、本職ではない6人による大移動だ。敵と遭遇したら速やかに気絶させないといけない、わかったか?」


 その言葉を受けて、一同は声もなく頷いた。


「よし、じゃあ殿しんがりはアンジュ、任せたぞ」


「うん、任せといて!」


 ロイの後ろについて一同は静かに動き始めた。


 当初は戦闘になることを考慮していたが、収容施設の人員が有り得ないほどに少なく、道中で見かけた歩哨はせいぜい5人程度だった。


 罠であることも考えたが、そんな回りくどいことをするメリットが無いのですぐにその考えを頭から捨て去った。


 ☆☆☆


 収容施設から出て街中を一般人に紛れて進み、郊外の自然公園に辿り着いた。


 小さな泉の周辺に古びた家屋があり、そこで話し合う事に決めた。


「さて、これからどうしたものか。正直悩んでる」


 ロイと同様に、他のみんなも今の事態に困惑していた。


 そんな中、ユキノが恐る恐るといった感じに挙手をした。


「私は……やっぱり聖女様に1度会うべきだと思います」


「どうしてだ?」


「ここに来る前に聖王国グランツについて少し調べたんですが、赤の節が終わる少し前に、聖女フィリア様は他国に赴いて孤児院の子供達に食べ物を贈ったりしています。ここグランツから部下に命じて贈ればいいのに、わざわざ出向くなんて……そんな人があんな指示を出すなんて、とても思えません」


 聖女の行動はメリットとデメリットが逆転していて、聖女のポーズにしてはリスクがあまりにも高い。なるほど、ユキノの言うことにも一理あるな。


 ユキノの言葉に頷いたロイは、他に意見がないか仲間達を見渡す。


 すると、ルフィーナが手を上げた。


「ロイ殿、これは噂に過ぎないのですが……1ヶ月ほど前に、この国の騎士団派と執政官派の対立が激化したと聞いたことがあります。もしその対立が続いてるなら、私達はそれに巻き込まれた可能性がありませんか?」


「なるほど、ユキノの言葉とルフィーナの言葉を念頭に入れて考えると、確かにそれは有り得るな。収容施設の歩哨が少ない理由もそこに関連してきそうだ」


 となると、騎士団派にとって俺達は敵と言うことで合ってるのだろうか。いや、しかし……収容所の警備はあからさまに逃げてくれと言ってるように感じるし、うーん、どうしたものか。


 ロイが思案に耽っていると、サリナが唐突に声を上げた。


「ロイ! 泉の反対側にあいつが!」


「あいつ?」


「ほら、あいつよあいつ……えーっと、騎士団のお偉いさんの──」


 中々名前の出てこないサリナ、それを正すようにソフィアが口を開いた。


「騎士団総長のラルフ・サンクションね」


「そうそう、そいつよ! そのラルフってのがこっちに向かって歩いて来てる!」


 窓辺に立つサリナは必死に外を指差していた。ロイはその隣に立って相手の姿を確認する。


 赤毛の長髪を頭の後ろで纏めた偉丈夫、鎧は白銀、マントは緑……間違いない、アイツは確かにラルフ・サンクションだ。




Tips


拷問官の男 ジョブ・調教師 年齢・不明

ロイを拷問して殺し、女性陣の心を折って審問を有利にするように命令された童貞。

女性を拷問する機会に恵まれなかった彼は、遂に美少女を犯せる事に至高の喜びを感じていたが、ロイが予想外の強さだった為に、神剣で胸を貫かれて死亡した。

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