第150話 拘束
関所の窓から国橋が見える。国と国とが行き来するための巨大な橋。
国橋を通らない方法があるにはあるが、一度
障気の立ち込める世界の亀裂、そこを通るのは自殺行為と言っても良いレベルだ。
国橋の向こう側から、ロイ達を護送する為の馬車がやってきた。
先程ロイによって論破された上官の騎士は、ロイ
そんな事はわかっている。それぞれの立場、それぞれの思惑、国とはそう言うもので成り立っている。誰もが1つの方向を向いて歩むなんてのは、所詮は夢物語に過ぎないからだ。
馬車が国橋を渡り終えると、そこからまた新たな検疫検査を受けた。
さすがに不機嫌になったロイは、検査員に文句を垂れた。
「おいおい、アンタらの国は毛の一本まで調べるつもりか?」
ホンの少しだけ、冗談交じりに言ったつもりだったが、検査員は表情1つ変えずに返した。
「クリミナルに襲われた子供はクリミナルの様に変貌し、別の子供を襲って仲間にしていました。そのような新たな習性が追加された今、空気感染や接触感染を疑うこともやむ無しと、上から指示を受けておりますので」
ただの愚痴に対してバカ正直に答えられるとは思っていなかったロイは、溜め息を吐いて黙り込んだ。
「1つ聞いておきたいんだが。うちの女性陣は女が検査してるんだろうな?」
「当たり前です。ここは聖女様のお膝元、女性蔑視や軽視があってはならないのです」
「そうか、ならいいんだが」
再び沈黙が場を支配する。
いつもアンジュやユキノがパーティを盛り上げていたから、あの2人がいないとほとんど会話が無くなってしまう。
ホント、静かだな……。
ロイが感慨に耽っていると検疫検査終了の報せが入り、外へ行くように指示を出された。
これで解放か、そう思ったのも束の間──グランツ国内に入った瞬間、ロイはグランツ騎士に囲まれてしまった。
周囲を見渡すと、他の施設から出たばかりのユキノ達も同様に囲まれていた。
「俺達は言うならば"帝国の使者"と言っても良い存在、それを武装した騎士で囲むとか──お前らどういうつもりだ!」
ロイが叫ぶと同時に、カツカツと小気味良い足音を立てながら、1人の騎士が歩いてきた。
その騎士は赤い髪を後ろで
「我の名はラルフ・サンクション。ビショップ貴族であるサンクション家の当主であり、グランツ騎士団総長を務めている。貴様らは帝国からの使者だと言う嘘の供述を述べて我が国の混乱を画策した疑いがある。よって、フォルトゥナ教会での審問にかけられる故、これより拘束させてもらう! かかれ!」
50人近い騎士がロイ達を包囲して少しずつ近付いて来ている。
「ロ、ロイさん! どうしましょう~!」と、ユキノがオロオロしている。
「アンタ、何か策があるんじゃないの?」と、サリナはロイに希望を持って話し掛ける。
他の面子はロイの決断に委ねているのか、真剣な眼差しで静かに見ていた。
50人くらいなら、俺の神剣かソフィアの
俺達が来た目的は、レグゼリア王国がこの国を狙ってる可能性が高いから忠告を促すための親書を渡しに来た。
血で血を洗う戦いをしに来た訳じゃないんだ。
両手を上げたロイは、ユキノ達を諭すように言った。
「みんな、抵抗は止めよう。親書が聖女に渡ればきっと解放されるはずだから」
ロイの言葉に一同頷き、戦闘体勢を解いた。
☆☆☆
冷たくてじめじめした独房に1人1人収監された。
俺の位置から全員の所在がわかるのは不幸中の幸いとも言えた。
にしても、すでに1時間以上経過してるのに一向に解放される気配が無い。拘束される時に親書を渡したんだが……検閲でもされてるのか?
腐った木で作られたベッドに腰かけて、解放の時を待った。
更に2時間経過した頃、鞭を持った小肥りの男が独房にやってきた。
その存在を見たロイは、今の状況をなんとなく理解し始めた。
ああ、なるほど。親書の存在すら無かった事にするわけか。となれば……聖女が悪なのか、総長とやらが悪なのか。いずれにしてもここを出るしかないか。
──キィィィッ!
錆びた鉄格子が開き、鞭を持った男が入ってきた。頬は赤く上気していて、息も荒い。男のそんな顔を見ても気持ち悪いだけだ。どうせなら恋人達のそんな顔を見たかった。
なので、退場してもらうとするか。
「くひひっ! お前を殺す、理由は女達の為だ。お前が死ねばあの女達は心が折れる、くひっ!」
まともな生き方をしていないことが言動から伝わってくる。コイツの中にはすでに良心なんてものは存在せず、最早趣味の領域で拷問するつもりなんだろう。
「ユキノ達は心身共に衰弱状態で審問にかけられて、有りもしない事実を承諾させられるってわけか……」
「そうだ、お前、頭がいいな。くひ、女共が傷物になる姿を見られなくて、お前は幸運だったな」
目の前の肥えた男はロイの耳を汚い舌で軽く舐めた。両手が鎖で繋がれてなければ今すぐに殴り付けるところだが、どうにもそれが出来ないのが口惜しい。
普通なら絶体絶命といった状況だが、相手は俺達の事を知らない。それは俺にとって圧倒的なアドバンテージとなる。
「ああ、俺は幸運だとも。もし俺のところに来なくて、他の独房に行ってたら憎悪で憤死するところだった」
ロイの言葉を聞いた拷問官は、貼り付けた笑みを僅かに崩した。絶望が確定しているはずなのに、ロイという男は微塵も絶望を感じていない。
これまでやってきた拷問において、正気を失って笑う者は何人もいたが、何も起きていないのに笑う男は初めてだった。
「くひっ! この状況で一体何が出来るというのだ? 両の手は鎖に繋がれ、武器すら持っていない……それともあれか? 本当に最初に殺してもらえるのが幸運だとでも思ったのか?」
衰えるどころか更に増大する圧倒的武威。ロイは少年のような笑みを浮かべて、両の手を差し出した。
「見てみろよ、これが幸運の鍵だ」
拷問官は恐る恐る近付いてロイの手をじっくりと見詰めた。
Tips
国橋・建物
国と国とを隔てる
ラルフ・サンクション 人物 年齢30代
ジョブ・聖騎士(長剣型)
聖王国グランツにおける
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