第141話 情報屋チョップ

 ロイ一行いっこうはフレミーが子飼いとする情報屋の元へ向かった。


 場所は帝都インペリウムの中でも、貧困層が住まう区画──通称"スラム街"。


 道の両端には露店のように乞食が蔓延はびこっており、通りを歩く人間に向けて手を伸ばしていた。


 掴まれたら手を放す対価として少量の金か、食べ物を渡さなくてはならない。自身の汚ならしさを利用した稼ぎ方だった。


 先頭を歩くロイは乞食に外套がいとうを掴まれると、剣を抜いて威嚇した。


「俺の邪魔をするな。怪我をしたくなければな」


「ひいぃぃっ!」


 乞食は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。その様子を見たルフィーナは「はぁ」と溜め息を吐いた。


「ロイ殿、あなたは剣を抜くことに何の躊躇もないのですね。所詮は乞食、フレミー様から頂いた小銭袋使えば、その様な脅しを使う必要もありませんよ?」


「俺はあんたみたいに剣を抜く理由に大義なんて無いからな。無駄な金を使うより、剣を抜いた方が良いならそっちを取るさ」


 ルフィーナは再び溜め息を吐いて殿しんがりの位置についた。


 フレミーの命令でロイの案内を務めたルフィーナだったが、通常の騎士とはかけ離れた振る舞いに精神が徐々に消耗し始めていた。


『いいですか、ルフィーナ。あなたをエルフ族の頼みで引き取ってもう5年、丁重に扱い過ぎてやや堅物になりつつありますね、あなたは。良い機会です、彼について色々と学んできなさい』


 フレミーの言葉を思い返してみるも、彼の何処に学ぶべき点があるのか、未だに見つけられないでいた。


 そうこうしているうちに、情報屋がいるという酒場に着いた。


「ロイ殿、あの右奥にいる方がそうです」


 ルフィーナに言われてその方向を確認すると、少し小柄な体躯の"存在"が座っていた。


 身体に対して不釣り合いに大きなローブを羽織っていて、種族、性別等が読み取れない。


「ぞろぞろと囲むのもアレだからな、俺とルフィーナと──後はアンジュが来てくれ、他は好きな席で頼む」


 ロイの指示に従い、ルフィーナとアンジュ以外は他の席に座った。


 ドサッと情報屋と呼ばれる存在の前に腰を下ろすと、相手の顔が少しだけロイに見えた。


「フレミーからアンタが情報屋だって聞いてきた。証拠は……こっちのルフィーナだ。わかるだろ?」


「ああ、確かにフレミーさんの使いのようだな。俺は情報屋のチョップ、あんたは?」


 ルフィーナは自分が証拠扱いされたことに少しだけガッカリしたが、それしか方法がないことを知ってるので、納得して話を進めることにした。


「俺はロイ、こっちの金髪がアンジュだ」


 ロイの紹介を受けてアンジュがうやうやしく一礼する。


「でだ、チョップ。単刀直入で聞くが、アンタ……声からして子供か?」


 ロイの指摘にチョップは驚いて、一瞬ビクッと反応してしまった。


「……子供じゃ、悪いのかよ」


「いや、情報の確度が高いのなら年齢は気にしない。そうだな……まずはお試しで100G渡す、それで最近界隈で名を挙げつつあるリーベについて語ってみてくれ」


 チョップの目の前にフレミーから渡された小銭袋を置く。それを見たルフィーナは異論を唱えようとしたが、ロイはそれを手で制した。


「……わかった。リーベの事を話すよ。今年の赤の節終期にそいつらは現れた。黒い外套に金の刺繍がトレードマークで、冒険者ギルドのクエストを片っ端から受けては達成してを繰り返していた。黒いロープの様なもので木と木の間を駆け回る奴も居れば、騎士のような力強い槍捌きで魔物を屠る者までいる。新人組織なのにかなり統制された動きで、それがギルドの上客に気に入られて今では指名依頼されるに至っているらしい」


 ロイは聞かされた言葉を精査していた。


 ふむ、情報の確度はそれなりに高い。俺の部下であるリーベスタが本格的にクエストを受け始めたのは赤の節終期、それも当たっている。


 黒いロープの様なもので駆け回る、これはリーベスタの中でも影魔術師の事を指しているのだろう。その上で、騎士のような槍捌きと言うのはアンジュの私兵だった【元近衛騎士ロイヤルナイト】のことか。


 敢えて自らが所属する組織について聞いてみたものの、その情報の確度は高く、そしてリーベスタ達がロイの目の届かないところで頑張っていることも聞けて、ロイとアンジュは満足していた。


「良いだろう、合格だ。で、お前はどうやってそう言う情報を手に入れてるんだ?」


「俺は元ギャングの一員なんだよ。その頃は露店の商品を盗んだりと、色々駆け回っていたからさ。自然と色々な事を見聞きしたんだよ。ま、盗品で家を建てたのが運の尽きだったな、まさかフレミーさんに嗅ぎ付けられちまうなんて……」


 本当なら悔しそうな表情をするはずなんだが、チョップはどこか嬉しそうな顔をしていた。フレミーのことだ、見逃す代わりに情報屋としてコイツを鍛えたんだろう。


 貧困層を救済しつつ自らの糧とする、恐ろしいやつだ。


「わかった、じゃあ本題に入るとするか」


 そう言って、ロイは100G金貨を10枚ほどテーブルの上に落とした。


「今日、通りで人が刺されたのは知っているな?」


「ああ、フレミーさんだろ? この間出品されるはずだった闇市の目玉商品をとある貴族が盗み、それを取り返したまでは良かったものの、持ち帰る際に刺されてまた奪われたっていう……ああ、なるほど、あんたらはそれを追ってるというわけか」


「そうだ。犯罪者が身を隠すにはこの区画は最適だと言える。肌の色は浅黒く、髪は銀髪、そして耳が尖っている、これに該当するやつが逃げ込んだはずなんだが……知らないか?」


 心当たりのあるチョップはロイを見据える。話すべきか、金額の交渉をするべきか。


 フレミーの子飼となって数ヶ月、金額の交渉を迫ると短剣を突き付けられたこともあった。相手の足下を見るにも限界というものがある。


 どうするべきか、チョップが考えているとテーブルの上に更に1000Gがドサッと置かれた。


「これで話さなければ他所に行く、どうする?」


 金額交渉において先手を取られたチョップはコクリと頷くしかなく。そしてその光景を見ていたルフィーナは「ほぅ」と感心していた。


「数時間前、奴はこの酒場に駆け込んできた。ローブを着ていたけど、口元から覗く肌の色が違ったから覚えている。ソイツは人専門の運び屋とここで待ち合わせて、逃げる算段を話し合ってたみたいだ。その時に、運び屋は"下水"という単語を使っていたな。大方、外の大吹雪が止むまで地下の下水道であんたらをやり過ごすつもりかもしれん」


「なるほど、下水は盲点だったな。よし、早速向かうとするか」


 そう言ってロイが立ち上がると、チョップが「待った」と声をかけて止めた。


「ギャングをやっていた頃は俺達でなんとかしていたんだが、今は郊外にみんなで移り住んでいる。だからビッグラットとか魔物が出没してるかもしれない、気を付けろよ」


「フッ」とロイは笑うと、返事をするでもなく出口へ歩き始めた。直ぐ様、金髪の女の子がチョップへと話しかける。


「今のはロイ君なりのありがとーって意味だから、気分害さないでね!」


 そう言って、金髪の女の子は綺麗な髪をなびかせながらロイの後を追った。


「あの人……確かアンジュって名前だったな……」


 歳は15となるチョップ、最初は眼中になかった筈が、何故か心を鷲掴みにされてしまった。ロイという男の何気ない行動を理解して誤解のないように補足する。


 まるで夫を立てる妻のようなその行動に、心惹かれてしまったのだった。



Tips


情報屋チョップ

ジョブは盗賊、年齢は15歳。職業は情報屋。ハルトとの共闘でギャングの子供達は多額の資金を得たが、その資金で郊外に立派な家を建てたことでフレミーにそれを嗅ぎ付けられてしまう。


チョップが情報屋として働く事で子供達は見逃されている。ただ搾取されるだけでは不満も溜まるだろうということで、フレミー自身がチョップから情報を仕入れる際には正当な金額が支払われている。

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