第134話 親父

 剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。


 ロイの家の前の大広場は、すでに至るところがボコボコに凹んでいる。


 通常の斬り合いでは影衣焔の熟練度の差でカレルが優勢、しかしロイの持つ剣──月光剣アルテミスの存在が拮抗状態を生み出していた。


 月の意匠が施された白銀の剣、それが16本存在し、次々とカレルへ殺到する。カレルは歯噛みしながら言った。


「くっ! なんて厄介なスキルだ。鍔迫つばぜり合いをすれば一瞬で串刺しか!」


 玉のような汗を浮かべてカレルは防戦に徹する。掠り傷を増やしつつも中々倒れないカレルに対し、ロイも焦り始めた。


「お前、タフ過ぎんだろ。投降すれば命くらいは助けてやるぞ。【誓約魔術ギアス】は前提条件だけどな!」


 カレルは2つ目の奥義【黒月】をすでに使用して魔力残量が心許ない。ロイは影衣焔と神剣の同時使用で魔力が急激に減少していく……。


 どちらの魔力が先に尽きるか、それが勝敗を決する鍵となるはずだった。


「──ッ!?」


 戦闘の最中、仕切り直すためにバックステップで距離を取ったカレルの右足に、ロイの神剣が深々と刺さった。


 ロイは手を眼前に掲げて17本目を通常射出シュートしていた。


 浮遊し飛来するのは16本だけだが、元々手に持っていたオリジナルを飛ばされる、それはカレルにとって想定外の出来事だった。


 カレルは両手を上げて降参の意を示した。


 パワーのあるジョブであれば、剣をものともしない力業でロイを制することが出来たが、カレルは所詮影は魔術師……足に深傷を負えば勝ち目はなかった。


「シュテン、誓約魔術ギアスの準備を」


「うむ、わかった」


 シュテンはカレルを一瞥したあと、帝国出身の闇魔術使いを呼びに行った。


 最後に取ったロイの戦法にカレルは疑問を抱いていた。


「随分とギャンブル性の高い賭けに出るんだな」


 もしロイの最後の攻撃が避けられた場合、カレルの勝ちは確定していた。ロイが手元に再召喚する前に接近して、一太刀浴びせることができたからだ。


 ロイはカレルに言った、何の気後れもなく。


「このままじゃ、ジリ貧なのは目に見えていたからな。リスクを背負って勝ちに行くのは当然だろ?」


 その言葉を聞いてカレルは理解した。自分は老いたのだと。年齢的には40過ぎはまだまだ若い、しかし戦闘においては誰もが引退を考える年齢でもあった。


「くくく……今のお前の目、父親にそっくりだ」


「父さんに? あんた、父さんと仲が良かったのか?」


「いや、先鋭的なオレに保守的なお前の父親が食って掛かる、よくある話だろ? 村にいた頃は小言がうるさくて堪らなかったな」


「あんた、当時の黒騎士の口車に乗ったんだってな。それで虐殺をしたって聞いた……きっと莫大な報酬をもらったんだろ?」


「ああ、もらった。王国から依頼されるチマチマした仕事じゃなく、半生は楽して生きれる程の額だ。昔のオレは本当に────バカだったよな」


 自嘲気味にカレルは笑った。


「力に溺れて、何でもできるって勘違いしたんだな」


「ああ、気付いたらなーんも残ってなかった。だから最後に仕事をしに来たんだよ」


 カレルはそう言って胸元から黒い短剣と手紙を渡してきた。手紙には冒頭に「我が友、カレルへ」と書かれていた。


「父さんの字だ……」


「お前の父親は王国との関係悪化による問題を重く見ていた。今の王はいにしえの盟約を軽視して影魔術師は必要ないと思い始めていた。いずれ切り捨てられる、そう考えていたんだろう。だから、もし影魔術師が淘汰されることになったら息子を鍛えてやってほしい……そこにそう書いてあるだろ?」


 確かに書いてある。だが、それと同時に別のことも書いてあった。


「なるべく優しくと書いてあるぞ。息子を傷付けたら呪うとも書いてあるな」


「オレはやつのことを友とは思っていない、ただ気紛れで来ただけのこと。それにお前はリーダーをしていた、甘めに鍛えても意味はない」


 ……傍目から見れば良い話しかもしれない。だが、コイツはマナブを殺そうとした。あの一撃は直前で外すつもりなんかサラサラない攻撃だった。


 許すつもりも手心を加えるつもりもない。


 そうこうしているうちに、シュテンが闇魔術使いを連れてきた。


「誓約内容は以下の通りだ」


 ・エデンに住まう者へ危害を加えた場合、心臓が破壊される。


 ・次にエデンへ立ち入った場合も同様に心臓が破壊される。


「以上だ。わかったな」


 ロイの言葉にくくっと笑ってカレルは答える。


「この村には影の一族以外のやつもいるな、ということはオレが今後どこかで暗殺の仕事をした時に、それがエデンの人間だった場合も死ぬことになる……か。この村が発展すればするほどエデンの人間は増えていく、やがて外で働く者も増えるだろう……なるほどなるほど、不可視の爆弾だな、これは」


 それを聞いたシュテンはここでようやく口を開いた。


「……暗殺以外の真っ当な仕事をすれば良かろう」


 生きてほしいとも生きてくれとも言えない、そんな複雑な表情をしている。


「オレは……こういうやり方しかできない。でも……」


 カレルはそれっきり口を開くことはなかった。


 ロイはリーベスタに命じる「連れて行け」と。


 連れていかれるカレルに向けて、一瞬だけシュテンが手を伸ばしかけるが弱々しく手を引っ込めた。


 隣に立つユキノがロイに語りかける!


「ロイさん……これで良かったのでしょうか?」


「誰にでも手を差し伸べたらこの村はいずれ崩壊する。リスクは限り無く排除するべきなんだ。それに……マナブは現に危害を加えられている」


「そう、ですよね」


 ロイ達は、外へ連れ出されるカレルの背中を見送っていた。

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