第135話 余韻
カレルに
過去に追放したとはいえ、実の息子との別れは堪えたのだろう。シュテンはそれっきり元気がなくなってしまった。
ユキノはシュテンを心配し、ロイの背中を押しながら彼の家へと向かった。
「ロイさん、これをシュテン村長に渡してください」
そう言ってユキノが手渡してきたのは、バゲットが2本ほど入ったカゴだった。
ユキノが焼いたお手製のバゲットには干しブドウが練り込まれていて、とても香ばしい匂いを放っている。
「いつの間にこんな物が作れるようになったんだ?」
ロイの言葉に確かな自信を得たユキノは、胸を張ってドヤ顔で答えた。
「ふふーん、他の料理はロイさんに負けちゃいますが、パン作りの才能は私のが勝ってるようですね!」
「はいはい、わかったわかった。それで、これをシュテンに渡せば良いんだな?」
「はい、息子さんの件でかなり落ち込んでると思うので、景気づけも兼ねて食べちゃってください」
ユキノはそう言いながらロイの背中を押すだけで、自らは入ろうとはしなかった。
「別にシュテンなら大丈夫と思うんだが……てか、ユキノは入らないのか?」
「私はいいんです。ロイさんと2人だけの方が良い気がしまして」
「……わかった。取り敢えず行ってくるよ」
「はい、頑張って下さいね」
ユキノは顔の横で小さく手を振ってロイを見送った。
家に入ると、シュテンが置くで金槌を振るっていた。ユキノの言うとおり、得意の彫金に入れ込まないとやってられないほどの精神状態なのだろうか?
「おい、何をやってるんだ?」
ロイが話し掛けると、前掛けを外して手を洗いながら話し始めた。
「おお! 丁度いいところに来た。これが完成したらお前さんところに行こうと思っておったんじゃ」
シュテンは先程まで作っていた物に息を吹き掛けて埃を払った。そしてそれをそのままロイに手渡した。
黒い指輪──それは影の一族に伝わる愛の証。しかも2個ある、ずっとこれを作り続けていたのか。
「シュテン、あんた……落ち込んでたんじゃ」
「ん? ああ、落ち込んでおったよ。だけど、いつまでもくよくよしてられんじゃろ。それに奴は死んだ訳じゃない、話すだけなら
シュテンのどこか吹っ切れたような、前向きな顔をしていた。
ロイはシュテンにバゲットを渡してここに来た経緯を伝えると、シュテンは大きく口を開けて笑い始めた。
「みんなに心配させてしまったようじゃな」
「俺は大丈夫と思っていたがな」
「お前さん、戦闘以外では鈍感じゃからの。少しは勉強せい!」
「……肝に命じておく」
シュテンはバゲットを取り出してロイに1本渡し、その場で食べ始めた。
「にしても、パンに干しブドウを入れるなんて……凄い発想じゃな」
「ああ、しかも美味いしな。アイツにはパン作りの才能があるらしい」
「気を使わせてしまったの。ソフィアちゃんは着けてたし、後1つは持っておるんじゃろ?」
「ああ、持ってる。俺含めて5人分ちゃんとあるよ。てか、俺の持ってる数を把握してるってことは……ソフィアに渡したのはやっぱりアンタか」
「すまんの、あの時お前さんに気があるのは2人だけと思っていたからな」
「いいさ、お陰でソフィアと恋人になれたしな」
「油断はならん。指輪を渡すまで、いや──指輪を全員に渡してからが重要じゃからな?」
「わかってるよ。鈍感なりに全力で向き合うつもりだ」
その後、シュテンから色々とレクチャーを受けてロイは帰宅した。
みんなを居間に集めた。女性陣は何故集められたのか理由を知らないため、集められた理由を話し合っている。
ロイは緊張しながら手を叩いて注目させた。
「あー、なんつーか、その……お前達に渡したい物があってだな」
ユキノ達は未だキョロキョロしていて、今のところ感付いた様子はない。
「取り敢えず、さ。俺の前で横一列に並んでくれ」
ロイの心臓はバクバクと高鳴っている。
一応みんなとキスはした、だけど有耶無耶に告白した女だっているし、だからこそ……ここで改めて意思を示す必要があるのだ。
この日、ロイと彼女達にとって、心に強く残る出来事が起きようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。