第133話 月光剣アルテミス

 眼前に迫る黒き刃がマナブへ迫っていた。


 流砂で防げないレベルの魔力密度、影魔術の奥義の1つであるそれは、確実にマナブの命を刈り取ろうとしていた。


 流砂の人形を崩して防御に全魔力を注ぎ込むが、悪くて即死……良くて瀕死だろう。マナブは頭の中でそう考えていた。


 迫り来る黒き凶刃に対し、マナブは身構えた。


 だが、いくら経とうとも衝撃は来なかった。いや、流砂の壁の向こうに人の気配を感じる。村の人間が避難できるように時間くらいは稼いだつもりなのに、誰にかに庇われたのだろうか?


 マナブはゆっくりと壁を解除した。


 すると、そこに立っていたのは黒き衣をまとったロイであり、紫電の刀で黒き刃を受け止めていた。


 肩口に少し振り返り、ロイは言葉をかける。


「よくやったな、マナブ。上出来だ、あとは俺に任せろ」


 ロイは黒き三日月型の刃を誰もいないところに弾いた。


 絶対的死の恐怖から逃れたからか、それともボスの言葉に感銘を受けたのかはわからないが、マナブの瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。


 マナブの元へ遅れて来たアンジュ達が駆け寄った。


「お疲れちゃん、マナブ」


「アンジュさん、それにみんな……助かりました」


「マナブ、無理し過ぎだし」サリナはそう言って背中をトンと叩いた。


「私のロイが到着したからには、勝利は確実ですわね」ソフィアはロイの勝利を確信していた。


 ロイはサリナの神剣である雷切を解除して、側に立つユキノからマナポーションを受け取った。

 栓を抜き、それを一気に流し込んで空になったビンをユキノに返した。


「かなり苦いな、でもこれで魔力は回復した」


「ロイさん、頑張って下さい」


 そう言って下がろうとするユキノの肩を抱いたロイ、それを見たカレルは言った。


「そちらから来てくれるとは、手間が省けるな」


「ポーション飲む時間くれるくらい暇なんだろ? 手間を惜しむなよ」


「その減らず口もいつまで続くかな。オレがその女の初めてを奪った時もそんな口を聞けるだろうか」


「何でユキノに拘る、あんたなら女の1人や2人、作れるだろ」


「影魔術師最強となり、40を越えたあたりから虚しくなってな。オレの人生に足りないものは何かと考えた時、それは女だと思ったのだ」


 カレルの言葉に反応し、ユキノが抗議し始めた。


「私は大切な仲間を攻撃するような人を好きになったりしません!」


「オレが小突けば一刻のうちに落ちるぞ?」


「げ、下品です! あなたは!!」


 そう言って、ユキノはロイの影に隠れた。


「カレル、お前は交わらないと愛を受け取れない、そう考えてるようだな」


「交わりこそ愛の究極であり終着点ではないか。面倒な手順を飛ばして強き子を残せるなら効率的だと思うがね」


「才能で何もかもすっ飛ばしたお前にはわからないだろうが、過程だって大事にすべきなんだよ」


「だが、そこな負け犬は過程段階でつまずいている。どこかのタイミングで犯していればお前から奪うことも出来ただろうに」


 ロイは溜め息を吐いて剣を構えた。


「影魔術師最強も大したこと無いんだな」


「……なに?」


「マナブの流砂、恐らくあれがお前の攻撃を防いだんだろ? 術者に近接戦闘で勝てなかった時点でお前の限界が見えてくる。2年、いや、1年あればマナブはお前を越えるだろうな。そうなれば、過程どころか結果すらダメダメだ」


「……言ってくれるではないか。だがそんなことは永久に来ない。ここでオレに諸々殺されるんだからな」


 カレルが地を蹴り疾走し始めた。個の力だけならこの場の誰よりも強いかもしれない、だが──。


 ロイはユキノに向き直り、言葉を紡いだ。


「ムードも何も無くてすまん。だけど気持ちは本当だからな?」


「えっ!? な、なんですか!」


 肩を掴み、顔を近付けていく。困惑するユキノだったが、やがて観念して目をそっと閉じた。


「お前がいたからやってこれた。生きる希望が見えた、ありがとう……ユキノ。お前の事が好きだ、愛してる」


 戦闘の最中にも関わらず、2人の唇は重なりあった。


 次の瞬間、大広場を眩いばかりの光が溢れだし、カレルは咄嗟にバックステップで距離を取った。視界不良の状態で斬り込むのは自殺行為に近いからだ。


「……ぷはぁ! ロ、ロイさん……息が苦しかったですぅ」


「すまん、なんか気持ち良かったから」


「で、でも! 嬉しかったです。その……私もあなたの事が大好きです!」


 新たなカップルの誕生、それと同時に新たな剣がロイの右手に収まっていた。


 色は前と変わらず白銀だが、剣には月の紋様が刻まれていた。


 その名も──【月光剣アルテミス】


 使い方を理解したロイは剣先をカレルへ向けた。


「専用スキルは【月下流麗】。無数の剣が敵を貫く」


 ロイの言葉に応えるようにして剣が増殖を始めた。1本が2本に、2本が4本に、背面で展開された剣の数は16本──今はそれが限界だった。


射出シュートッ!」


 我こそはと剣が殺到する。速度ではカレルの影衣焔が上だが、それでも連続で放たれる剣の嵐は時に右肩を、時に左足を掠めていった。


「ユキノ、下がってろ。やつは定石通り俺自身を狙うはずだから」


「……わかりました。ですが、私の新しいスキルをかけてからです! 【祝福盾・月読ブレスシールド・ルナ】」


 月を模した半透明の盾がロイの身体を通過した。修行で負った傷が徐々に癒えてくる、それだけではない──身体全体に力がみなぎってきた。


「これは……回復と強化の同時強化バフか? 数多くいる付与術師エンチャンターが研究の命題とするスキルか……凄いな」


 ロイの言葉にとても嬉しそうにユキノは微笑んだ。


「物理的な守りではありませんが、ロイさんの力になれたなら嬉しいです。では、頑張って下さい」


 ユキノが後退すると同時に、カレルが剣の嵐を抜けてきた。


「さあカレル、お前の影魔術最強は今日で終わりだ!」


「抜かせ! 未だジョブポテンシャルはオレのが上だ! 若造に負ける道理など無い!」


 影衣焔を纏い、熟練の剣士のようにロイとカレルは高速で斬り結び始めたのだった。

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