第123話 第5階層

 ロイとソフィアは驚愕の光景を目にしていた。


 闇人形が、宿のマスターを殺害した。普通なら絶対にあり得ない事だが、眼前の光景は事実として目に焼き付いた。


「お、前……一体何を……?」


 驚くロイの顔が面白いのか、闇人形は微笑みながら答えた。


「別に、背信行為ではありませんよ。そうですね、あなた方に捕まった時点で彼は破滅していますし、自害を選んでもおかしくはないでしょう?」


「……自害?」


「はい、彼が私に渡したこの黒き剣【テネブル】はランクBの宝剣であり、今日出品されるはずの品物でもあります。防衛目的とは言え、品物に手を出したのですから、オーナーに殺されても仕方ありません」


 闇人形が剣を引き抜くと、死体は黒い光となって剣に吸収されてしまった。


「あ、この剣ですか? 死体を吸収して所持者の魔力を補給することが出来るんですよ」


 ロイは視線を外さないようにしてソフィアに駆け寄る。ホンの少しでも視界から外せば、一瞬にして距離を詰められて一太刀浴びせられる、そんな直感を感じているからだ。


「彼はどのみち破滅するのならと、私の魔力解放を行いました。私達は第1から第5までの封印を施されています。そして、第5の魔力解放を行った場合、それは隷属からの解放でもあり、所有者は闇人形によって殺されてしまいます」


「なるほど、捕まるよりせめて俺達を巻き込んで死のう……そう言うことか」


「ええ、そうなりますね」


「別に命令じゃないなら俺達と戦う必要もないだろ? どこへなりとも行けば良いじゃないか」


 闇人形は首を振ってそれを否定した。


「私にはあなた方を殺す動機があります。それはマスターを殺されたからではありません」


「俺達がお前に何かしたっけか?」


「それを理解するのに簡単な言葉がありますね。私が人間だった頃の名前はカタリナ・ヘルナデス、あなた方が殺したブレナンの妻だった者です」


 チャキっとカタリナは剣を構えた。階層解放と同時に、すでに生前の知性を取り戻している。剣の構えかたからしてそれが見て取れた。


 マズイな、第4階層の時点でかなりギリギリで戦っていた。それも、搦め手を用いて倒した。

 なのに更にパワーアップして魔力まで回復するとか、ほとんど詰んでるも同然だ。


 それでも俺達は負けるわけにはいかない、この死地を全力で切り抜けて、エデンに帰らないといけないんだ。


「怨恨の念はそこまでありません。生前の私は病弱で、夫に尽くすしか生きる意味がありませんでしたから。その頃に比べると、今の私は何処にでも行ける……自由なのです。なので──せめて人間だった頃の義理くらいは果たそうかと思いまして」


「へ、そんな機械的な怨恨、意味ないだろ」


「これからの私を構成するために、過去の一切を精算したいだけですよ。では、お覚悟を」


 まばたきの間にカタリナの姿が消えた。視界から外したつもりはないのに、見失ってしまった。


「ロイ、上ですわ!」


 ソフィアの声を聞いて、確認せずに横に飛んだ。ロイの背後にあった席が真っ二つになっていた。


 明らかに戦闘の技術が突出している。最早獣のような戦い方は消え失せており、清廉でいてアンジュを思わせる静かさを持った縮地。


 下手な剣士の縮地は微風で方向を理解できるが、カタリナのそれは全く感知が難しかった。


「ロイ、どうするの? 私は辛うじて見えるけど、あなたは──」


「わかってる。近接ジョブではないからこそ、ここは工夫で乗り切らないといけない。その工夫とは、これだ──【シャドーセンス】展開!」


 突如としてロイ自身を影が飲み込み、すぐに姿が見えるようになった。一見すると何も起こらなかったように見える。


「かかってこいよ、プロトタイプカタリナ。どんだけ速くても対応してやるからよ」


 カタリナはロイの挑発を受けて縮地で背後を取った。この位置ならソフィアの言葉を受けたとしても、対応は不可能。


 ──そのはずだった。


 ロイは首に迫る横薙ぎの刃をしゃがんで避け、下からカタリナの身体を斬り上げた。


 魔力で構成された黒いローブが斬り裂かれ、剥き出しとなった肌からは赤い血が飛び散った。


 カタリナはまたしても理解の外にある現象に驚き、バックステップで距離を取った。


 その光景に、隣にいたソフィアも驚いた。


「ロイ、今のは一体……?」


「【シャドーセンス】──本来は隠し扉や魔物化した霊体を見つけ出すスキル。影の粒子を術者の技量に応じて散布し、範囲内に入ったあらゆる存在を知覚する……まさか戦闘で使うことになるとは思わなかったな」


 所謂いわゆる、死にスキルというやつだ。影の村オンブラにおいて、修得する人がほとんどいない不人気のスキル。


 これを覚えるくらいなら敵を拘束する【シャドープリズン】を覚えた方が良い、それが普通だった。


 だが、ロイは両親から"どんなスキルにも使い道がある"と聞かされて育った結果、死にスキルであろうときちんと修得していた。


「紛れ当たりです。次は本気で行きます【黒剣術・葬送】!」


 4人に分裂したカタリナが四方から襲い来るが、斬撃が命中する瞬間、ロイはその場で高く跳躍してそれを避けた。四方同時斬撃は互いが互いを斬り合う結果となり、分身は敗れ去った。


 そしてロイは上方向に向けて大きく剣を振りかぶった。


 何もないはずの空間が歪み、そこから血が滴り落ちた。そのままカタリナの本体を蹴り込んで座席の山に突っ込ませた。


「今の、4人の分身に攻撃させて防がれた時の為に姿を隠して上空から追撃、そんなところか?」


 木製の椅子が吹き飛び、カタリナは口内に溜まった血を吐いて答えた。


「まさか迷彩を施した私にすら気付くとは。視界ではないということですね」


「さあ、それはどうだろうな。色々と試してみれば良いんじゃないか?」


「ご冗談を。試す度に斬られていては、いくら魔族の身体を有する私でもすぐに倒れてしまうでしょう。なので、やり方を変えさせてもらいます」


 そう言ってカタリナが手を前にかざすと、地面に3つの魔方陣が展開されて闇人形が新たに3体現れた。


「ご安心を、私はプロトタイプなのでここまでの力を有してますが、彼女らは大量生産型です。個々の力は私には遠く及びませんよ」


 更に新たな魔方陣を手掌から展開して、魔力がチャージされ始めた。3つの魔方陣は妨害役、そして今展開したのが本命か。


 近接ジョブなのに遠隔ジョブクラスの魔術とか、セコいにも程があるけどそうも言ってられない!


「ロイ、これは時間稼ぎよ! 魔方陣が完成する前に倒さないと!」


「わかってる! 一気に畳み掛けるぞ!」


 ロイとソフィアの前に闇人形達が立ちはだかる。


 剣と爪が、そして槍と爪が交錯し火花を散らす。恐らく、これも商品の一部なのだろう。カタリナ程ではないが動きが素早く、防戦と妨害特化なために嫌らしい攻撃ばかりしてくる。


「なぁ、そんな魔術を地下で行使したら崩壊するぞ!」


「ええ、それも充分に有り得ますね。しかし、私は生き埋めになったとしても生命活動になんら支障はございません。呼吸を止めても半日は耐えられますから」


 最高峰を突き詰めた結果、試作型プロトタイプにも拘らず生前のポテンシャルを遥かに凌駕している。倍加どころか10倍近いんじゃないかとさえ思える。


 クソッ! チートにも程があるだろ! どんだけ魔改造してんだよ、ヘルナデス!


 闇人形を斬り払い、神剣を射出シュートするが空いている闇人形が妨害に入ってくる。


 蓄積しつつある小さな怪我の数々、そして疲労……。闇人形を完全に倒しきった時、カタリナの魔方陣はすでに完成していた。


 魔方陣の色は紫、精神攻撃の多い闇魔術の中でも破壊能力を有する危険な上級魔術。その矛先がこちらを向いていた。


 ソフィアを見ると、もう勝負は決したと言わんばかりに絶望している。


「さて、魔方陣は完成しました。あとはこれを解放するだけ──あれだけ面倒だったあなた達との邂逅もこれで幕引きですか。呆気ないものですね、最後にお別れの言葉でも掛け合ってはどうですか? そのくらいなら待ってあげますよ」


 勝利を確信した表情……悔しいが、今のままではどう足掻いても勝ち目はない。


 そう、今のままでは────な。


「わかった。3分だけ時間をくれ、最後に愛する人にやらなければならないことがあるから」


「良いでしょう、3分だけ待ちます。ですが、私に攻撃したり、その様子を少しでも感じたらすぐに放ちます」


「ああ、助かる」


 カタリナは知らない。人間とはどこまでも小賢しく、ズル賢いことを。魔族という要素をその身に宿した結果、完璧であるがゆえに油断してしまう。


 だから魔族は世界の覇権を持ち得なかったのだ。


 ロイが振り向くと、ソフィアはビクッと背筋を伸ばして驚いた。戦闘中にもかかわらず、"愛する人"その言葉に顔を赤くしていた。


「ソフィア、この状況を打開する唯一の方法がある。ただ、知って欲しいのは打開するだけが理由じゃないって事なんだ」


 ソフィアはコクコクと頷く。


「驚くかもしれないが、我慢しろよ」


 ソフィアは知らなかった。この後起きることは予想を越え、色々すっ飛ばした結果になることを。


 そこには少女趣味のようなゆったりとした手順なんて、存在しなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る