第124話 氷剣グレイシア

 神々しいサラサラな銀髪、整った顔立ち、乳房は豊満で腰はキュッと締まり、お尻は胸と同様に肉付きが良い。


 聖女と偽れば誰もが信じるであろう美女に対し、これから無礼を働くことになる。


「ソフィア、ちょっと失礼」


 そっとソフィアの後ろに回り、胸元から手を差し込んだ。


「え!? ちょ、ちょっとロイ? 今そんな時じゃ──ん、んんッ!?」


 乱暴に差し込まれた手は、柔らかい乳房を蹂躙しながらある物を掴み取った。


 それを引き抜いた時にブルンと乳房が揺れ、ソフィアは顔を真っ赤にしながらロイから離れた。


「ロイ! さすがの私も怒りますわよ!」


 すっかり蚊帳の外となったカタリナは、2人のやり取りを無表情で見ていた。生前の記憶があるのに、どこか他人事のように感じる。


 だからこそ、ソフィアとロイのやり取りを邪魔しなかった。


「俺だって、恥ずかしいんだ。でも、お偉い魔族様が少しだけ待つと言ってくれるんだから我慢しないと」


 そう言って、再度ソフィアに近付いたロイは黒い巾着をほどいて中身を手の平に出した。それを見たソフィアはようやく何を取られたかを理解した。


「ロイ! そ、それは私のだから! 返しなさい!」


 答えること無く距離を詰めて、ソフィアの右手を掴んだ。


「すまん、ソフィア。お前1人ってわけじゃない。だけどみんな平等に大切な人なんだ。こんな俺でも受け入れてくれるなら、そのまま持ってて欲しい」


 そっとソフィアの右手薬指に、先程奪い取った黒い指輪をはめた。ソフィアは左手を口に当てて涙ぐんでしまった。


「エデンやリーベが発展して、安全に暮らせるようになったら左手にきちんとするから」


 それを聞いて、ソフィアは感極まった。


 5年振りにあったロイは13歳の時よりも大人びていて、誰からも頼られる存在になっていた。


 自立し、エイデンの元を去り、再会した時には結婚しよう──そう思っていたのに。


 気付けば王国では影の民の立場が危うくなり、ロイは民と別行動してドンドン先に行ってしまう。いつも置いていかれる、5年前の約束なんか忘れてると思っていた。


 村長から貰った指輪を渡そうとしても、いつも上手くいかなかった。それなのに、なんでこんな変な状況で唐突にそれが叶うのよ。


 受け入れるかって? そんなの──受け入れるに決まってるじゃない!


 ソフィアはロイをしっかりと見据えて答えた。


「あなたが居てくれたから生きようって思えたの。だから……謹んでお受けします!」


 互いに抱擁し、そして口付けを交わした。


 そして始まる。絶望を打ち砕く変化が──。


 ロイの経験にして3度目の極光、初ペアリング時のみ、体力と魔力、そしてあらゆる状態異常を回復する奇跡の光。


 光の中で神剣グラムセリトも新たな姿へと変貌を遂げる。


 剣の形状はより小さく、色は白から青へ。表面の意匠は氷を模したものとなった。


 ──【氷剣グレイシア】


 脳裏に名前と使い方が浮かんでくる。素早く斬るよりも魔術的な攻撃に特化した神剣。


 これならいける、ロイはそう確信した。


 光が収まると、ソフィアは自身の身体を確認していた。


「疲れが消えた、ううん……小さい傷も全部消えてますわ!」


「それに」と付け加えて槍をブンっと振った。


「少し強くなってますわね」


 その様子をカタリナは静かに見ていた。


 ──接吻キス


 知識としては覚えている。昔、夫であるブレナンが城を抜け出す際に、妻である私にそれをしていた。


 少しずつ思い出してきた。領地は執事に丸投げして、ブレナンは貴族なのに冒険をしていた。いつも冒険の土産話を私にしてくれた。


 頬に手を添えると、何故か涙が流れていた。


 身体の半分は人間、自身の過去に印象深い光景を見せられたからその部分が主張を始めた。


 カタリナは小さく爪を形成して自らの腹に突き刺した。


「お前、何やってるんだ?」


 この場を破壊するほどの魔方陣をすでに完成させていると言うのに、なぜここに来て自傷行為に及ぶのか、ロイとソフィアはカタリナの行動が理解できなかった。


「気にする必要はありません。私の弱い部分を殺しただけですから。それよりも、最後の言葉は済みましたか? それとも、今の光によって起きた"何か"で必死の抵抗でもしてみますか?」


 自身の勝利は揺るがない、多少の強化で何が出来る? カタリナは絶対的上位を確信しきっていた。


 ロイは氷剣グレイシアをかざす。


「油断するな、常に相手が自身を上回ってることを想定しろ、冒険者の基本だ。ブレナンに聞かなかったのか?」


 消し去った名前を持ち出されたカタリナは静かに激昂した。


 憤りを呑み込み、魔術を放った。


「あらゆる光を喰らい尽くせ──【イクリプス】!」


 カタリナの目の前に展開された紫の魔方陣が回転を始めた。


「させるか! 魔術よ、止まれ! 【絶対零度アブソリュートゼロ】!」


 ロイの正面から次々と氷のトゲが現れて、それはカタリナへと突き進んで行き、展開された魔方陣の回転を止めた。


 ただの氷ではない。銀色の氷──それは魔方陣すらも氷漬けにする絶対凍結。ロイに合わせるかのようにしてソフィアも動き始める。


 ロイの強化に伴い、ソフィアの光槍ハスタブリッチェンも新たな変化を迎えていた。


 ロイが魔術を食い止めてる間にソフィアは疾走する。魔方陣の構築に右腕を取られているカタリナは左手で迎え撃つ。


 サッと間合いに入り、ソフィアは槍を振るった。


「【光槍・零式ハスタブリッチェン・ゼロ】!」


 通常の光槍ハスタブリッチェンは大半の魔力を放出して敵を貫く遠距離型スキルだが、零式は放出せずに槍にまとわせたまま近接戦闘を行うスキル。


 対するカタリナは、ランクBの宝剣【テネブル】を左手に持って応戦した。


 魔方陣の照準はロイに向けたまま、ソフィアの猛攻を片手で捌くカタリナ、その表情からは余裕がなくなっている。ロイとソフィアが強化されたことで、ようやく第5階層と互角に戦えると言う現れでもあった。


 しかし、拮抗状態も次第に崩れ始める。


 魔族としてのポテンシャルと、人間の成長速度、それらの良いとこ取りをした闇人形だったが、1つだけ欠陥があった。


 魔力を独力で生成することが出来ない、それが唯一の欠点だった。


 それを解消するために宿のマスターと契約して魔力を補給していたが、今や補給のすべはテネブルを用いた死体吸収しかなかった。


 連戦により魔力に余裕の無いカタリナは追い詰められていく。


 ──ドスッ!


「勝負……あったわね」


 遂にソフィアの槍がカタリナの腹部を捉えた。


「……ゴフッ、ケホッケホ……私の負けですか。束の間の自由……に、なっちゃいました」


 上級魔術を放とうとしていた魔方陣は消滅し、カタリナは膝から崩れてしまう。


 ロイも駆け寄ってカタリナを看取る。


「互いの目的のために死力を尽くした、それだけのことだ。……だからもう逝け」


 カタリナの身体はゆっくりと塵になっていく。ここのまま終わるかに思えたが、ホール全体が振動を始めた。


 ──ゴゴゴゴゴ。


「なんだこの音は!」


「闇市のオーナーがどこかで見ていたのでしょう。このままフレミーに押収されるより、破壊した方がいいと判断したのかもしれません」


「ロイ、どうするの!? このままじゃ、生き埋めになりますわ!」


「ソフィア……俺に考えがある。無茶と思われるかもしれないが、お前の助けがあれば切り抜けられそうなんだ」


「わかったわ、あなたの思うままに使って」


「──助かる」


 ロイはソフィアに指示を出し始めた。


「この真上はどこに繋がってる?」


「宿の庭に繋がってると思うわ」


「じゃあ、真上に向かって最大出力で光槍ハスタブリッチェンを放ってくれ」


 ロイの言葉にソフィアは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、それを呑み込んで頷いた。


「いきますわ──【光槍ハスタブリッチェン】!」


 ソフィアの放った最大出力のスキルが天井を掘り進んでいく。それを見てロイは地面に氷剣グレイシアを突き刺した。


「この空間と上に繋がる穴全てを凍らせる! 【絶対零度アブソリュートゼロ】!」


 突き刺した地面から、銀色の氷が瞬く間に広がっていく。観客席、ステージ、照明、全てが氷結した。


 魔力を使い尽くしたソフィアはロイの背中に倒れ込んだ。


「よくやったな。こっちはもうちょいかかるから眠ってろ」


 ふふっと少し微笑んだあと、ソフィアは目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る