第122話 闇市での戦い

 書斎の先にある扉を抜けると、とても地下とは思えないほどの広大な空間が広がっていた。観客席らしき椅子が大量に並べられていて、中央には巨大なステージがあった。


 それは闇市、と言うよりは貴族のオークションに近い印象を受けた。


 席と席の間の通路をソフィアが歩く、そして壊れた席を指差して言った。


「ロイ、あなたが言った通り、まるで獣ですわね。席が足跡のように壊れてる、これじゃあ行き先が丸わかりですわ」


「確かにな、まだそこまでの知性を獲得してないんだろ。どのみち、法の番人でもあるフレミーにこの場所を報告すれば数の暴力で崩壊するだろう。でも……ソフィアを傷付けたあの男だけは俺の手で捕えたい」


「~~~~ッ!!」


 ソフィアはロイの言葉に撃ち抜かれていた。宿のマスターに騙された事なんてすでにどうでも良い程に、心の中はロイで染まっていた。


 壁を感じたと思ったら、これだから! これだから! これだから!!

 私はいつもアレをどう渡そうか悩んでたのに、気付いたら周りは女の子だらけ。

 私よりも、他の子といる時の方がよく笑ってるし、子供の頃にした約束とかも忘れてるって思ってた!


 それなのに、優しさを見せられると……もっと傍に居たいって、思うじゃない!


「どうかしたのか?」


 思案に耽って、足取りの重いソフィアを心配してロイが話し掛けてきた。


「な、なんでもありませんわ!」


「そうか、なら良いんだが……」


 ソフィアは動揺を誤魔化しつつ、ロイの隣に追い付いた。


 ステージ上に立ち、周囲を見渡す。


 ここで、表には出せない危険な代物を売り買いしているのか。白の魔石を使った魔道具によって、ステージ上は四方から照らされている。


「ここで演劇でもやれば、儲かると思うんだがな……」


 ロイの一人言にソフィアも同意する。


「そうね、真っ当な使い方をすればきっと素晴らしい場所になると思うわ」


「そのためには、この立派なホールを綺麗にしないとな────出てこいよ。どうせ隠れてるんだろ?」


 ロイが呼び掛けると、ホールを支える柱の裏から2人が姿を現した。

 宿のマスターは傾国酒を手に持ち、闇人形は黒い剣を持っていた。


「まさか第2階層まで解放した人形を退けるとはね。聞いたよ、その白い剣は折れなかったんだって?」


 ロイの手に持つ剣をまじまじと見てくる。


「悪いが、これは渡せない。一定距離、引き離すと手元に戻ってくるからな。それよりも、お前はそんなに金を手にして一体何になるんだ?」


 ロイの問いに対して、宿のマスターは不気味な笑みを浮かべながら答えた。


「その問いはこのホールこそが体現している。薬、女、権力──金さえあれば全部手に入る。いや、エルフが最近開発した長寿薬を使えば、死すらも超越出来るだろう」


 確かに、ここまで大きな規模でやれば法の番人に嗅ぎ付けられるはずなのに、フレミーさえ気付かないのは、身内側に情報を横流ししてる奴がいるはずだ。ソイツも、金で汚染されまくってるわけか。


 金さえあれば、フレミーさえも出し抜けることの現れでもある。


「さて、席の片付けもしないといけないのでね。今度こそ終わらせようか。第3階層までの解放を許可する。さあ、いけ!」


「イエス、マスター」


 闇人形の返事と共にまとう黒いオーラが膨れ上がった。そして敵は疾走を始める。


「ソフィア、コンビネーションで行くぞ!」


「ええ、合わせるわ!」


 黒いオーラを纏った闇人形は席を撒き散らしながら接近し、手に持った黒い剣を横合いから振り抜いてくる。


 ──ガンッ!


 神剣グラムセリトでそれを受けると、第2階層の時とは明らかに違う重みのある衝撃が手に伝わってきた。


「はぁぁぁぁッ! 【エーテルストライク】!」


 攻撃の後隙を狙うようにしてソフィアが横槍を入れるが、半身で避けられてしまう。


「神剣──射出シュート!」


 闇人形は黒い爪を魔力で作り出して神剣を防いだ。だが、爪はバリバリと割れてしまった。そして、そのまま空中で回転しながら距離を取られた。


「マスター、数的に不利だと判断します。更なる階層の引き上げを申請します」


 闇人形が宿のマスターに進言し始めた。


 嘘だろ、これ以上強くなるのか? そうなったら、まともに打ち合うこともままならないぞ!


 焦るロイと同様に、ソフィアの表情からは余裕が失われていた。


「いや、第3までだ」


「良いのですか? 私が倒れたら次はマスターが戦うことになりますよ?」


 ロイはそのやり取りを聞いて、疑問に思った。


 闇人形は忠実だとヘルナデスの資料には書かれていた。なのに、意見を言うのか? コイツ、本当に闇人形なのか?


「解放すれば本当に勝てるんだろうな?」


「はい、マスター。イレギュラーが無ければ勝利は確実です」


「わかった。第4階層までの解放を許可する」


「ありがとうございます。マスター」


 闇人形が再びこちらへ向き直る。魔力は更に増大して、空気が振動してるように見える程の圧力を感じ始めた。


「黒き剣技で善なる者を選別する──【黒剣術・禊】」


 2人に分裂した闇人形が左右から斬りかかってくる。


「ソフィア、右を頼む──【シャドーエッジ】!」


「任せて! 【エーテルストライク】!」


 ロイは影を纏った剣で鍔迫り合いに持ち込む。もう剥き出しの剣だけじゃ打ち負けてしまう、それ程の膂力を敵は有している。


 黒い剣と白い剣がぶつかり合い、火花が散った。


 一方、ソフィアは近接ジョブである聖騎士らしく、正面から打ち合っていた。動揺していた時と違って、地に足の着いた槍捌きで敵の剣激を難なく打ち落としている。


「ロイ、この敵強いわ。守る分には良いけれど、攻めきれない!」


「わかってる。ソフィアはそのままソイツの相手をしててくれ。どうせどっちかは魔力で出来た偽者だ。片方を打ち破ればなんとかなる!」


 シャドーウィップを柱に巻き付けて連撃から逃れる。すると、敵は近くの席を引っこ抜いてロイに投げ始めた。


 それを剣で破砕して壊せなかった分は身体を捻って避けた。そしてサッと柱の裏に隠れた。


 クソ! 魔力はドンドン減るし、纏った影はかなり削り取られちまった。しかも武装を剣に変えてからやたら攻撃が重い。


 ──搦め手でいくしかないか。


 柱からチラリと顔を出して敵を確認すると、闇人形は気味の悪い笑顔でこちらに向かって歩いていた。


 まるで、獲物を仕留める寸前の顔だ。


 己の策を行使するために、慎重に魔力を練った。


 柱の裏から闇人形の後ろまで影を伸ばす。そして神剣を自分の影に落とし込んで射出体勢に入る。


 カツカツカツと足音が近付いてきて、闇人形が柱の裏を覗き込んできた。


 そして、闇人形は勝ちを確信した顔で言った。


「終わりです。敵性分子エネミー


 第1階層の頃と違って随分と表情豊かになっている。


 だけど、その人間らしさが命取りだ!


「終わりはお前だ」


 次の瞬間、闇人形の胸から剣が生えた。ロイが伸ばした影から剣が射出されて、闇人形を背後から貫いたのだ。


「……えっ?」


 闇人形は咄嗟のことに動揺を隠しきれないのか、何が起きたかわからないような顔をしていた。


 ガクッと力が抜けたように膝から落ちて、そのまま倒れた。


「人間、勝ちを確信した時が1番隙が生まれるんだよ。冥土の土産に覚えとけ」


 血溜まりがドンドン広がっていく。ソフィアの相手をしていた闇人形はスキルで作られた偽者で、本体が倒れ伏した結果、形を維持出来なくなって消えてしまった。



「さて、あとはお前だけだな」


 ロイとソフィアがギロっと視線を向けると、宿のマスターは腰を抜かして後退りを始めた。


「ヒィィィッ! ま、待ってくれ。見逃してくれ! か、金ならいっぱいある。ほら、傾国酒も! だから見逃してくれ!」


 ロイは無様に逃げ回る宿のマスターの左太腿ふとももにグラムセリトの先っぽを突き刺した。


「痛いぃぃぃぃぃぃ! やめてくれ! 金を払うって、言ってるだろぉぉ!」


「お前は金で何でも手に入ると言っていた。なのにこの様はなんだ? ほら、命を金で買ってみろよ」


 今度は右太腿を突き刺した。重症になるほど深くは刺してないが、冒険を普段からしない人間にとっては、動けないレベルの痛みを感じていることだろう。


「ソフィア、お前の判断に任せる」


「そうね、拘束をお願いできるかしら? 生かして色々と吐かせた方がメリットも大きいでしょうから」


「……わかった。それで気が済むのなら【シャドープリズン】」


 地面から現れた無数の影の帯が、宿のマスターに隙間なく巻き付いた。


「さて、行きましょ──ロイッ!!!」


 突然、ソフィアに突き飛ばされた。


 倒れる寸前、何か黒い物体が通り過ぎたように感じた。いや、すぐに正体がわかった。通過したのは闇人形、まさか生きていたとは……。


 咄嗟に槍で防いだソフィアは、近くの柱に身体を打ち付けていた。ロイは立ち上がり、神剣を構える。


「マスター、第5階層の解放ありがとうございます。お陰様で、自由になりました」


 ロイとソフィアを宿のマスターから引き離した闇人形は、そう言って黒い剣を宿のマスターの胸に突き刺した。

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