第105話 闇人形計画

 ロイとアンジュは、肉柱に取り込まれつつあるアルティス達の救助を行っていた。


 肉柱に腕と腰から下の下半身を取り込まれたアルティス達は、突如として悲鳴を上げた。

 黒い血管のような筋が、取り込まれた箇所から浮き出ており、彼女達は痛みから催眠が解けていた。


 ロイの指示により無理矢理引き剥がそうとするものの、より一層痛がる様子にアンジュは腰が引けてしまった。


「あの~、ロイ君……彼女達、かなり痛がってるみたいなんだよね……。やっぱり村長の息子さんを追いかけて制御キーなり奪った方が良かったんじゃ?」


「いや、そんなことしていたらコイツらが完全に同化しちまう。わかってるだろ、この怪しげな何かは──確実に人間を別の何かに変える実験だってな」


 ロイの言葉を受けてアンジュは、心新たに覚悟を決めて力ずくで彼女達を引きずり出した。


 ──ブチブチブチッ!


 地面に横たわらせたアルティスの口に耳を近付けて、呼吸の有無を確認。


 よし、なんとか生きてる。出血もほとんどない、無事で良かった。


 裸のままじゃマズイと感じたロイは"シャドーポケット"から取り出した予備の外套がいとうを1人1人掛けていく。


 と、全員救助した時、虚ろな瞳をした女が階段から降りてきた。フロゼのパーティにいた紅一点の女魔術師だった。


「ごめんね、今は寝てて──」


 アンジュは縮地で背後に回ったあと、手刀で女魔術師の意識を奪った。


「う、んん……ここは……?」


 目覚めたアルティスが起き上がる。ロイは外套をかけ直しつつ状況を説明した。


「あたいらは騙されていたってことか。クソッ! 報酬に目が眩んで……仲間を危険に! あたいはリーダー失格だ!」


「自分を責める権利がリーダーには大いにある。それがなければ間違いに気付かず、前にも進めないからな。ただ、それは後でやってくれ。向こうに下に降りる階段があるだろ? あそこから村長の息子が降りてったから、上がってくる前に行動を起こさないといけない」


「下のランクの癖に、よく言うよ。従うのは今回限りだ、あたいらは何をすればいい?」


 指示を考える。今回の件を報告するにあたって、アルティス達をエデンに連れていくわけにもいかない。


 証拠品の収集は俺達でやっといた方がいいだろう。


「アルティス、お前達は男達を起こしてくれ。全員起こし終わったら、城を出て西に向かって走れ。そこに鉄の馬車テスティードがあるから、それに乗って依頼を受けた村で待っててくれ」


「ふーん、それはいいけど、村長を血祭りにあげたらダメかい?」


「ダメだ。俺に考えがあるから辛抱してくれ」


 了解、アルティスはそう言うと装備を回収して上に上がっていった。


「さて、俺達はここらで証拠品を集めるぞ」


「ええ、絶対に言い逃れできないのを見つけるわ!」


 手分けして探し回った結果、ある書類を見つけることができた。ご丁寧に、肉柱の操作盤横にある宝箱の中に入っていた。



 闇人形計画


 キングストン家との共同研究と、魔族リッチの協力もあって無事に帝都の要人をダークマターで支配下に置くことに成功した。


 しかし、ダークマターには致命的な欠点があった。その欠点とは、ダークマターの浸透率だった。元々ダークマターは太古に没した悪神の欠片。それ故に女神の子である人間との相性が悪かった。


 心の弱い者、邪なる心を持つ者、そう言った人種しか操れなかったのだ。


 この欠点を補うためにリッチに相談したところ、人間を1から誕生させ直せば良い、という結論に至った。


 ダークマターを埋め込んだサキュバスの心臓を、特殊な魔方陣で結界を張る。これによって生成された"サキュバスの揺り籠"に女体を埋め込ませることで魔族と人間のハーフを生み出すことに成功した。


 魔族は人間の2倍のポテンシャルを有しているが、出生率に大きく劣る。人間は魔族に比べてポテンシャルの面で劣りがちだが、弱者故の知恵と出生率の高さで古の大戦を生き残った。


 この両者を兼ね備えた闇人形は、これからの戦争の常識を大きく覆すことになるだろう。


 ここまで読んでアンジュは納得した。


「だから女だけ闇精霊で攻撃したんだね。なんで男はダメなんだろ?」


「それは恐らく、サキュバスが男を餌としているからだな。柱に埋め込むと吸収されて何も残らないんだろう」


「なるほど──あ、見て見て。こっちの木箱、ダークマターが大量に入ってる!」


 アンジュの開けた木箱には大量のダークマターが入っており、これだけで確実に貴族会で弾劾できる証拠品となる。


 ただ、フレミーが敢えて暗殺を依頼したのは、そう言った証拠を使っても覆される権力をヘルナデスが有しているからだろう。


 ロイ達が証拠品を物色していると、下へ降りる階段から足音が聞こえてきた。


「アンジュ、一旦隠れよう」


「良いけど……アルティス達が解放されたのバレるんじゃ?」


「その動揺を突いて一気に拘束するんだ。ほら、柱の裏に隠れるぞ!」


「あ、うん! 待って!」


 ロイとアンジュは肉の柱の裏に隠れて、上がってくる存在を待った。カツカツカツとブーツの足音が徐々に近付いてくる。


「ヘルナデス様はいらっしゃらなかったな。書斎の方にいるのか? 時間がない、先に男共を始末するか」


 村長の息子は一人言を呟きながら歩いている。そして立ち止まり、異変に気付いた。


「こ、これはどういうことだ! 揺り籠の中身が、無くなってる……。クソッ! ヘルナデス様に報せなくては──」


 村長の息子はその先を語ることは出来なかった。足元へ伸びた黒い帯が身体に巻き付いて、それが口を塞いでいたからだ。


 ──ドサッ!


 両手両足の自由が利かない為に、村長の息子は倒れ込んでしまう。拘束から逃れようと必死に力を込めているが、魔力で構成された影を裂くことはできない。


「むーっ! むーっ!」


 それでもなお声を上げようと、声にならない声を上げている。くぐもった声では、上の階にも下の階にも伝わらない。


 ロイは無駄な手順を省くためにその首筋に短剣を押し当てた。


「叫んだ瞬間、この短剣を突き入れる。わかったな?」


 村長の息子が頷くと、口元だけ影が無くなった。


「い、命だけは……お願いします! 私達は脅されて──」


「黙れ!」


 ──バキッ!


 言い逃れを始めた村長の息子に蹴りを入れて黙らせる。


「さて、これで冷静になったか。脅されてやったにしては手際が良いよな? 向こうの木箱に張り付けてあった伝票には、お前らの宛に多額の報酬が支払われている、そう書いてあったぞ。ヘルナデス家とキングストン家……そして村長の家の焼き印までもが木箱に押されてあった。随分と良好な関係を築いてるよなぁ?」


「……くッ!」


 ロイの指摘に村長の息子は黙り込む。従順さが足りないため、もう一度腹部へ攻撃を加えた。


「色々と聞きたいことがあるんだ。話してくれるよな?」


「──ひいっ!」


「うわぁ……ロイ君悪役だ……」


 茶化すアンジュを無視してロイは尋問を始めたのだった。

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