第104話 実験

 違和感を感じて起きる。


 左側には金色の髪の美少女が眠っている。寝間着である水色のスリップは、肩紐が片方外れていて巨乳が溢れそうになっていた。


 ロイが部屋を見渡すと、黒いスライムのような物体がベッドに近付いてるのが見えた。


 違和感の正体はこれか。


 起き上がり、シャドーポケットから"フラガラッハの短剣"を取り出して投擲──。


 短剣は黒いスライムのような物体に刺さり、塵となって消えた。


「……ん、んぅ~、どうかしたの~?」


 物音にアンジュが目を覚ます。目を擦りながら起き上がると、肩紐が更に落ちて桃色のフィールドが少し顔を覗かせた。一応、先端に引っ掛かって完全に落ちるのは防がれているので、全部は見えていない。


 ロイはそっぽを向いて指摘した。


「おい、胸が見えてるぞ」


「──ッ!?」


 指摘されたアンジュは顔を真っ赤にして、シーツを胸元に寄せる。空いた手で肩紐を直しながら「ありがとう」と小さな声で感謝を口にした。


 普段、蠱惑的で挑戦的なアンジュにしては反応がおかしい。ロイが体調を確認しようと近付くと、アンジュはそれから逃れようと体を引く。


 あの黒いスライムみたいなのは、前にリディアが使っていた闇魔術に似ている。


 起きた時にいた1体は今、俺が倒したが……もしかしたら起きる前に攻撃を受けていた──か?


 不安になったロイは、アンジュの額に自身の額を触れ合わせる。


「ひゃうっ!」


 アンジュは目をつむって覚悟を決めた表情となる。が、ロイはすぐに顔を離して一言。


「ふむ、熱はなさそうだな」と言った。


 アンジュはロイの行為の意味を理解して頭を抱えた。実際のところ、アンジュは攻めのアプローチは出来ても、受け側は全くと言って耐性がなかった。


 それ故に、一連の流れで大きく心を揺らされたことに、羞恥心を感じてしまったのだ。


「あははは……てっきり、──されるかと思ったよ……」


 ロイは怪訝な表情を浮かべたあと、アンジュに先程起きたことを説明した。


「帝国って精神操作系の闇魔術が得意だったよね。私かロイ君を操ろうとしたってこと?」


 ロイは首を振って、テーブルの引出しに隠しておいた料理を取り出した。


「夕食に出された料理、俺のだけ睡眠薬が入っていた」


「えっ! どうやって気付いたの!?」


「無味無臭の高い薬を使わなかったのだろう。明らかに独特の臭いがしてたからな」


 アンジュはクンクンと臭ってみるが、ロイの言う変な臭いがわからなかった。


「狙いは私か……。ってことは私を操って、エロいことでもしたかったのかな?」


「いや違うだろ。ヘルナデスはアンジュに目もくれなかった。だからそれは無いはずだ?」


「そう言うのはソフィアの担当だよね~」とアンジュは答えた。そしてロイは立ち上がる。


「どこに行くの?」


「敵は俺達を無力化したと思い込んでるだろ? その油断を突いて先に動くんだよ」


「私もついて行って良い?」


 ロイは「当然だろ」と答えてアンジュは準備を始めた。


 ──ガチャ。


 着替えを終えたアンジュが廊下に出てきた。ロイは指で声を出さないように指示を出して、廊下を進み始めた。


 一先ひとまずの目標は村長の息子の安全確保。村長の息子の部屋に向かおうと動き始めた時、見知った顔を見かけた。


 アンジュは小声でロイに話しかける。


「あれ、アルティス達だよね?」


「ああ、こんな時間にどこへ行く気なんだ」


 アルティスのパーティは女だけのパーティでランクはB、しかも弓使アーチャーい以外全員近接ジョブという女傑パーティだ。


 ロイは彼女らの様子がおかしいことに気付いた。


「足取り、目の焦点から考えて、まともな状態じゃないみたいだな。これはもしかすると──」


「もしかすると?」


「俺達に送られた闇精霊が、向こうにも差し向けられたみたいだな。まぁ、あの様子からするともろにくらったみたいだがな」


 まるでゾンビのように歩くアルティスを見て、ロイはそう考えた。


 アルティス達の歩く方向から、村長の息子がいる部屋に向かってるようなので、そのまま尾行を続けることにした。


 ☆☆☆


 尾行を続けていると、予想通り村長の息子が滞在する、俺達の部屋より少し豪華な部屋に全員入っていった。


 アンジュと2人で音を立てないように扉を少し開けて中を確認すると、村長の息子を中心に、アルティス達は文句も言わずに並んでいた。


『おかしいな、これだけか? あの金髪の女と魔導師の女がいないじゃないか』


『…………』


『まぁ、どのみち後から追い付くだろう。早くヘルナデス様に供物を届けなくては』


 村長の息子は少しイラついた様子で本棚の前に立った。ちなみに、魔導師の女とはフロゼのパーティにいる紅一点のことだ。


 村長の息子が本棚の本を一冊手前に傾けると、本棚が少し浮いたあと左右に分かれた。そこにあったのは隠し通路、ロイとアンジュは村長の息子がその隠し通路に消えるのを確認して部屋の中に入った。


「ねぇ、村長の息子さんって……」


「ああ、向こう側の存在みたいだな。まさか罠に嵌められていたのがこちら側だったとは……してやられたな」


「それに、集められてたのが女性だけなのも不思議だよね。本当にエロいことされちゃうのかな?」


「お前はエロから一旦離れろよ。それを知るには、隠し通路を進むしかないだろ」


「うん、そうだね」


 ロイとアンジュは覚悟を決めて、隠し通路を進むことにした。


 隠し通路は大人2人が両手を広げた程の道幅で、先が見えないほど長い直線階段が下へと続いていた。


 1番下に下りたロイは、短剣の反射で次の部屋の状況を確認した。


 大部屋の内部は想像を越えた光景が広がっていた。


 天井、壁、床の至るところを"肉"が覆っている。それが人肉なのか魔物の肉なのかはわからないが、ドクンドクンと脈打ってることから生きてることだけはわかった。


 しかも、天井から地面まですじのような肉の柱が無数に張り巡らされている。アルティス達は服を脱いでその柱の前に立っていた。


「ロイ君、中はどうなってるの?」


 アンジュが小声で聞いてくる。正直、吐き気を催すほどの光景。明らかに非人道的な何かが行われている。


 それをアンジュに説明した。


「大変、止めなきゃ!?」


「わかってる。だけどまだその時じゃない、村長の息子がどこかに行ってから助けるぞ」


 互いに頷いてロイは監視を続ける。村長の息子が何か指示を出したあと、アルティス達は肉の柱に次々と取り込まれてしまった。


 そして村長の息子は部屋の対面にある階段を降りて行った。


「アンジュ、行くぞ!」


「うん!」


 入れ替わりで部屋の中へ入ったロイとアンジュは、近くに魔道具が無いか探し始めた。


「ロイ君、これは違うかな?」


 呼ばれたロイはアンジュの傍に行く。アンジュの手元には石造りの祭壇があり、それが制御盤であることはすぐにわかった。


 だが────。


「これ……起動には特別な鍵がいるみたい」


「それじゃあ、奴を追いかけて奪うしかないか」


 先に進もうとした時、呻き声うめきごえが聞こえ始めた。

 声の方に視線を向けると、肉の柱に取り込まれたアルティスが呻き声を上げていた。


 両手とヘソより下の身体が肉の柱に埋まり、上半身だけは剥き出しの状態。


「痛い! 痛いよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 呻き声から叫び声に変わる。両手と下腹部には黒い血管のようなものが浮かび上がり始めた。


「アンジュ! とにかくアルティス達を無理矢理にでも切り離すぞ!」


 緊急性を感じ取ったロイはアンジュに指示を出し、すぐに救出することになった。

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