第102話 情報収集

 暗殺の依頼を受けて4日目、黒曜城まであと1日というところで余裕を持って近くの村に滞在することとなった。


 目的は情報収集のためだ。宿で1部屋取って酒場兼ギルドである1階に集まる。


 そしてロイの対面にアンジュは座り、二人っきりの夜を想像してニヤニヤしていた。


「ロイ君、ちゃんと1部屋にしてくれたんだね~、お姉さん嬉しいなぁ」


「お姉さんって、同い年だろ」


「むふぅ~、そんなこと言って良いのかな? 一緒に寝てる時に色々しちゃうぞ~」


「色々ってなんだよ!」


「サッとして、ズブッとして、ズチャズチャしちゃうのよ」


「しなくていいから! とにかく、ブレナン・ヘルナデスという名のビショップ貴族について、情報を集めるぞ!」


 アンジュは「は~い」と軽く返事をしてウェイトレスにミルクを2つ注文した。酒を注文しないあたり、言動に反してしっかりしているようだ。


 そしてこちらへ向き直り、話を進め始めた。


「村で情報収集するんだよね? どうやって集める?」


「俺はこの酒場で話を聞くから、お前は広場で話を聞いてくれないか?」


「え! 私、この酒場でもいいよ? 男の人が多いし、有利でしょ」


「確かに、お前の方が聞き出すのは簡単かもしれない、だけどな……酔い潰されたり、変な薬を使われる可能性があるかもしれないだろ? お前はその……良い女なんだからさ……」


「そ、そっか……ありがとう……」


 ロイの言葉にアンジュは頬を染めて俯いた。初々しいカップルのような光景に、周囲は酒を呷ることで黒い感情を抑え込んでいた。


 アンジュは酒場を出ていき、ロイはウェイトレスに話しかけた。


「少しいいか?」


「はい、なんでしょう!」


「ここから北東に黒曜城ってのがあるだろ? これから行こうと思ってるんだが、何か詳しい話しを知らないか?」


「あなたは……旅人さんですか? もしそうなら、あそこに行くのは止めておいた方がいいですよ?」


「どうしてだ? 近々戦争でも起こす気なのか?」


 ウェイトレスの女性は首を振って否定し、周囲を見回したあとロイの耳元でこっそり呟いた。


「最近、お城へ行った人が帰ってこなくなったらしいの」


「一体、いつからだ?」


「多分だけど、キングストン家が崩壊してから始まった気がするわね」


「何故そんなことに?」


「そこまでは知らないけど、噂が広まってからみんな城に行きたがらないんですよ」


「なるほど、曰く付きってわけか……。取り敢えずわかった、情報ありがとう」


 ロイは情報料として1000Gの入った袋を渡した。


「こ、こんなに!? 本当にいいの?」


「ああ、それで美味いもんでも食ってくれ」


 ウェイトレスの女性は袋をしまうと、少し屈んで言った。


「じゃあ少しサービスするね。村長さんの息子さんが明日、村の税金を納めに城へ行くらしいの。その時に護衛を募るらしいから、どうしても行きたいなら門の前に行ってみたらどうですか?」


「わかった、マジで助かるよ」


「えへへ、奮発してくれたサービスですよ」


 そう言ってウェイトレスの女性は仕事へ戻っていった。念のため他の奴にも聞いてみるか。


 ロイは他にも有力な情報がないか、聞き込みを始めた。


「けっ! あんなべっぴん連れてるやつに言うことなんかねえよ!」


「ぼぼぼ、僕にあの金髪の娘を貸してくれたら、 はははは 話してもいいよ?」


「あらーん、黒髪に赤い瞳、この辺りで見ない顔ねぇ。お兄さんの相手をしてくれたら──なんでも教えてあげちゃうわよん!」


 連れてる女にケチつけるやつ、明らかに倫理観の欠如したやつ、そして生理的に無理なやつ、どうやらこの酒場にはまともなやつがいないらしい。


 仕方ないので、アンジュのいるであろう村の広場へ向かうことにした。


「あれ? もう終わったの?」


 思ったよりも早く広場に現れたロイに対して、アンジュは少し驚いた。


「ああ、重要な情報は手に入ったしな。そっちはどうだ?」


「うん、こっちも色々と聞けたよ。じゃあ、宿で情報交換しよっか」


 ロイとアンジュは互いに集めた情報を交換しあった。類似する点はいくつかあるものの、ロイの知らない情報も手に入った。


 ・実はキングストン家崩壊の少し前から度々黒装束の集団が出入りしているのを目撃されていたこと。


 ・黒曜城宛の不明瞭な物資が度々発見されていたこと。


 以上が新しい情報だった。


「だとすると……フレミーさんが私達に依頼した理由って、キングストン関係?」


「みたいだな」


「みたいだなって、ロイ君それでよく引き受けたね」


「まぁ、暗殺者は基本的に依頼人の事情に深入りしないからな」


「ヘルナデスがもし良い人だったらどうするつもりだったの?」


「暗殺者は依頼人の事情に深入りしないが、相手は選んでいる。自分の背負う"業"はきちんと見極めたいからな」


「ふーん、そっか。王様やフレミーさんを見極めた上で選んだのなら別に良いや」


 ヴォルガ王の人柄は一緒に旅をした俺達がよくわかってる。救える者には救いを、罰すべき存在には正しき罰を、それができる男だ。


 勿論、暗殺という手段は褒められたことではないが、王とは聖人では成り立たない。それ故に、今回の件は辛い決断だったのかもしれない。


「結局のところ、俺は勇者と同じことをしてるんだ。自分の味わったあの絶望を他人に与えてるんだ……良いやつなんかじゃねえよ」


 ロイは怖かった。戦場で倒した相手に妻や子供がいたんじゃないか、それを考えるだけで剣を持つ手が震えそうになる。


「ううん、ロイ君はそれを考えられるから良い人なんだよ。本当の悪人は他人の痛みを理解できない人なんだと私は思うよ? それに、ロイ君が戦わなかったらそれ以上に被害が出てたはずだからね」


 そう言ってアンジュはロイの手を握り、ベッドへ連れていく。


「明日は朝早いし、今日はもう寝よっか」


「じゃあ、俺は端で寝るから──」


 ──ぎゅっ!


 アンジュが思いっきり背後から抱き付いた。隙間など許さないかのように身体を密着させてきた。

 ユキノは寝惚けない限りそんなことしてこなかった。


 ユキノとは違う、彼女の積極性にロイは戸惑った。


「お父様に見捨てられた私にとって、あなたは私の居場所……それは依存かもしれないけれど、立派な恋だと思う」


「…………」


「好きだよ、ロイ君……」


 いつも通り、アンジュを拒絶する言い訳を色々考えたが、ロイはそれを止めて向き合うことにした。

(未だ物理的に向き合う度胸はないが)

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