第101話 まさかのトラウマ

 ブレナン・ヘルナデスの暗殺依頼を受けて旅を始めた。


 そして今日は3日目……ロイは体調を崩していた。原因は不眠。それを隠すように立ち回った。


「う~ん、う~ん、う~ん……」


 アンジュはテスティードの車内でさっきから唸ってる。顎に手を当てて斜め上を見たり、金色の髪を弄ったり、しかも時折ロイを睨んだり──。


「アンジュ、さっきからなんだ。トイレに行きたいのか?」


「違うよ! 今、敢えてデリカシー考えなかったでしょ!」


「お前がさっきからうるさいからだ。止めるのに、最も効率の良いやり方なんだよ」


 アンジュは頬を膨らませてキーキーと喚き始めた。


 どうやら逆効果だったようだ。暗殺者として、睡眠を取らない訓練を受けてはいるが、あくまでも"耐えられる"レベルになるだけだ。


 アンジュが不審に思うかもしれないが、次の村に着くまでの間、横になるのが得策かもしれん。


「ロイ君、聞いてるの? 昨日の夕方辺りから目を合わせなくなったよね……私悪いことしたかな?」


 アンジュ、は悲しそうな表情でこちらを見ていた。潤んだ瞳から、今にも涙が零れ落ちそうになっている。


 もう、隠し通せないか……。


 と、ロイが覚悟を決めた時──テスティードが急停止した。


 繰者のパルコが虚ろな目でテスティードを出ていく。足取りは重く、まるでこちらを認識していないかのような様が、明らかに異常事態を物語っていた。


「アンジュ、後で話す。今は外の確認が先だ」


「……うん、わかった」


 ロイとアンジュは急いで降車口から外へ出る。そして2人はすぐに車体の裏に隠れた。


 ──バサッ! バサッ!


「ああ……うぅ……」


 腕は翼、腰から下は鳥のような形状、そして特質すべき上半身は女性の姿をしている。


 パルコはそんな存在に躊躇なく近付いていく。


「あれはハーピィか」


「そうだね。目が疲れたような感じだったし、パルコ、誘惑の音色を聴いてしまったのかも」


「男を惑わして巣に運び、そして食べるというあれか」


「うん、だからロイ君はここにいて。パルコは私が助けるから!」


 ロイは頷いて承諾、アンジュはスキル・ファントムブレードの準備をしてゆっくりと近付いていく。


 パルコの腰に鉤爪が触れた瞬間。


 ──ザンッ!


 アンジュがギリギリのところでハーピィの脚を落とし、第一関節から先が無くなった。


 ハーピィは痛みで声を上げた。


「フォォォォォォォッ!!!!」


 残った鉤爪でアンジュを引き裂こうとするが、アンジュの姿は魔力の粒子となって消えた。


「終わりよッ!」


 ──ザシュッ!


 ハーピィは背面から現れたアンジュに対処できず、事切れた。


 ──パンッ、パンッ!


 アンジュはパルコをビンタで起こす。


「う、……うぅ……ここは!?」


「起きたね。でも今は急いでるから、とにかくここを抜ける準備をして!」


「あ、ああ……」


 山岳地帯を早く突破しないと! ここは危ない!


 アンジュはそう考えてロイの元に戻ると、パルコと同じ状態の彼がハーピィへと手を伸ばしていた。


 そんな、もう一体いたの!? ていうか、誘惑の音色は魔力を放出したら防げる、旅の前にロイ君が言ってたことなのに! なんで誘惑されてるの!?


 アンジュは再び近付いてファントムブレードを発動。難なく倒すことに成功した。


 虚ろなロイを背負ってテスティードに逃げ込む。


「出してッ!」


「了解しましたぁ!」


 パルコは火の魔石と風の魔石を稼働させて、テスティードを最大出力で発進させた。


 ☆☆☆


 頭を撫でる感覚に目を覚ます。眼前には大きな山が2つ見えていた。


「……山?」


「ロイ君、寝惚けてるの?」


 山の間からアンジュの顔がニュっと覗き込んできた。目の前の山、後頭部の柔らかい感触、頭を撫でるアンジュの手、そこでようやく気付いた。


 膝枕、されてるのか……。


「いや、もう覚めたよ。迷惑かけたみたいだな」


 アンジュは少し微笑んでポンポンっと優しくロイの頭を叩いた。


「よっぽどハーピィのおっぱいが好きだったのかな? 君は危うくエサになるところだったんだよ?」


「そういうわけじゃないんだが……」


「ふふ、冗談だよ。ハーピィのおっぱいって実は少し硬いらしいからね。私ので我慢しなさい、ほれ、ほれほれ!」


 アンジュは背中を曲げて、ロイの顔面に豊かなそれを押し付けた。


「……んー!? ……んーーーッ!」


 ──ガバッ!


「──あんっ!」


 背中をタップしてミートサンドイッチから離脱したロイ、頬は赤くなって息も切れている。


「……はぁはぁ、もうわかったから……体調悪いならちゃんと言えって……はぁはぁ……そう言いたいんだろ?」


「わかればよろしい。でさ、その目の下のくまなんだけど……寝てないのかな?」


 対面に座ったロイを追いかけつつ、そのとなりに座る。溜め息を吐いて答えた。


「ここ3日ほど眠れてないんだ」


「どうして?」


「ベッドに入って目をつむると、父さん達が殺されたあの光景が夢になって映し出されるんだ……そうなるとその日はもう眠れない」


 アンジュはロイの手を取って質問した。


「さっき少し寝たよね? その時は見なかったの?」


「見なかったな。暖かくてとても心地よかった」


「そういうこと……か。多分、ロイ君はその時のことが切っ掛けで1人で寝ることができなくなってるのかも。トラウマってやつだね」


「……トラウマ」


「いつも傍にいるよっていう、安心感がないとダメなのかも。さっきはホラ、私が膝枕をしてあげてたから」


 アンジュの言葉を自身に落とし込んでみる。


 言われてみると、ユキノと旅に出てから1人で寝た記憶がない。いつも彼女が近くにいて、俺に安らぎを与えてくれたのかもしれない。


「悔しいけど、ユキノが1人で寝たがらないのは、ロイ君の脆さに気付いていたからかもね」


「なるほどな……てかさ、俺ってダサいな。エデンを発つ前にもソフィアに慰められたし、1人で寝ることもできないとか……」


「ううん、そんなことないよ。誰にだって脆いところはあると思う。それに、ロイ君は大切な人の為に頑張れる人……そんなロイ君を見てていつも素敵だなって思ってるもの。だから私達もあなたを支えたいの、お互いに補い合って生きていこうよ、ね?」


 アンジュの言葉が俺の心に染み渡る。優しくて、いつも明るい女性。俺と同じ、1人になることに怯える弱さを持っている。


 彼女は俺の隣が自身の唯一の居場所だと言った。そして俺も気付いたらみんなが心の拠となっていた。


 今も失うのが怖いけど、だからと言って距離を取るのは違う気がしたんだ。少しずつでもいいから前に進むことが必要だと、俺は思った。


「頼ってもいいのか?」


「うん、こっちおいで」


 アンジュは自身の膝をポンポンと叩いた。もう一度膝枕をしてくれるようだ。


 体を倒し、再度その柔らかに身を置いた。


「さっきみたいなことはしないから、安心しておやすみ」


 温もりと柔らかさ、そしてアンジュの鼻歌がロイに安らかな眠りを与えたのだった……。


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