第15話 買い物

「どうですか?」


 そう言ってユキノは服を見せてくる。そしてこれは服なのか?ロイは疑問に思った。服屋に売ってるのだから服なのだろう、確かにそれは大前提ではある。


 ユキノが手にしている服は紺色で裾がなく、上下一体型の最早下着とも言える代物だった。


「これは服なのか?」


「私達の世界では『スクール水着』って言われてますね~」


「何でそれがここにある……」


「え~と、王様が言うには個人で『異世界召喚の儀』を行うと、私達の世界から魔力に応じた『物』が召喚されるみたいです。多分、誰かが隠れて召喚しちゃったみたいですね」


 何だろう、この敗北感。ユキノにこの世界の事を説明されると苦々しい何かが沸き上がってくる。


「俺達は普通の冒険者よりも裕福だ。武器を購入する必要も手入れの必要もないからな。だが、無駄なものはなるべく買わない方がいい」


「わかってますよぉ〜。これを着た私を想像して何か反応あるかな〜って思っただけです」


 そう言ってユキノは1着戻して上下2着持ってきた。恐らくすでに決めていたのだろう。


「じゃ〜ん!上はピンクのノースリーブに下はジーパン!まさかこの世界にもあるなんて思わなかったな〜。じゃ、買ってきますね!」


 ユキノはカウンターの方に向かっていった。

 ロイは店の外のベンチに腰掛けて通りを眺めた。歩く人達は活気がなく、商人はやつれた顔をしている。


「確かに、アグニの塔を解放すれば使える火の魔素が増大して生産性も増すだろうけど、それでレグゼリア王国が財政難から持ち直せるとは思えないが……」


 ユキノの情報を元に考える。国策、その為に俺達オンブラは切られたんだな。魔族はこちらが手を出さなければ『静観』を貫いている。だからこの世界エスクートに今のところ脅威は無い。『救世の旅』なんか必要として無いんだよなぁ〜。


 王様がカバーストーリーを民衆に示した以上は他の3塔も解放せざる得ない。そうなれば他国は黙ってないだろう。有言実行か、それとも上手い言い訳でも考えているのだろうか。


 ロイが考えに耽っていると、通りで今まさにけようとしている小さな子供が目に入った。


「きゃあ!……あれ?」


 子供は転けなかった事に驚いている。


「ロイさん、影で助けましたね?」


 いつの間にか背後に立っていたユキノが肩口から囁いてきた。


「何のことだ」


「ふふ〜ん、私には地面から手の形をした影が支えてたように見えましたよ?ロイさん、優しいんですね」


「……知らん。そろそろ行くぞ」


 掛け合いも程々にロイとユキノは昼食を求めて通りを散策し始めた。


「あそこの屋台なんかどうだ?」


「良いですね!」


 屋台を覗くと、ソーセージを串で刺し、それを薄い卵でぐるぐる巻きにしたあとケチャップを掛けて店頭に並べていた。


 控え目に言って美味しそうだ。ユキノはまだ屋外では対人恐怖症が完治してない為、ロイが買い物をすることにした。


「らっしゃい!」


「あ〜、3本頼めるか?」


「へい、お待ち!」


 何故3本かって?ユキノが小さな声で「私2本!」と何度も言ってたからだ。

 ロイが出来上がるのを待っていると、横から衝撃を受けた。


 ドン!


「ちょっと!どきなさいよ。田舎者!」


「まぁまぁ、僕達は仮にも勇者なんだからさ。割り込みは良くないよ。君、大丈夫かい?」


 ああ、お前か……。そうだよな。残り2日でアグニの塔が解禁されるなら、お前達も南下してくるよな!しかも、俺の顔も覚えてないか!


 ロイは手に力が入る。今すぐ『聖剣召喚』して斬りつければ重症を負わせる事も不可能ではない。


 共に育った友達、良くしてくれた大人、逃げ遅れた戦えない子供や老人、そして。


 ──俺の両親


 当たり前のようにあった温かな日常が、黒い剣で斬り裂かれた。それだけじゃない、お前達の恋人であり仲間であったユキノまで傷付けた。もう生きる価値無いだろ!ここで俺が終らせて──。


 怒りに呑まれそうになった時、不意に左手が温かく包み込まれた。

 フードを被り、震えながらも首を横に振っているユキノだった。


 そうだな、ここで戦えばきっと死人が出る。店主や後ろで並んでいる人、その人達の日常を俺が壊したらそれこそコイツらと変わらない。


「ええ、大丈夫です……よ」


 店主から3本受け取り、何とか笑顔で答えることが出来た。

 ロイ達は静かに、そして速く宿に戻った。



「美味しいか?」


「うぅ……しょっぱいでずぅ……」


「そうか。でも、ありがとな」


 敢えて何がとは言わない。お互いにわかってるからだ。

 隣に腰掛けて、肩を抱き寄せ、互いに少しだけ涙でしょっぱい昼食を食べることになった。

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