第3話 弔い

 次の日、勇者がユキノを捜索している可能性を考慮し、森の中を何度も迂回して村に帰り着いた。ユキノには悪いが、今の状態で会うわけにはいかなかった。

 影の一族"オンブラ"は壊滅状態で、生き残ったのは村を用事で出ていた数人と非戦闘員だけだった。


「もうこの村も存在意義がなくなったのう……」


 墓地で一人郷愁に浸っているのは、非戦闘員で避難していた村長だった。ロイはゆっくりと墓地の中を進み、村長の横に立つ。


「俺は勇者が許せない。だから奴らを追うことにするよ」


 ロイの決意の言葉に幾分の動揺もなく、村長はただ頷いた。杖をつき、腰は曲がり、顔は皺だらけで表情がわかりにくい。そんな村長も、昔は村で一番強かった影魔術師だ。きっと戦いたかったに違いない。


 だが、最悪の事態を想定し、残された者をまとめるために村長は戦わなかった。もちろん、残された者が外に出るのも大いに結構、オーパーツが無くなった今は存在の意味がないからだ。


 それでも村長は外の厳しさをロイに教える。何故なら、生きていて欲しいから──。


 しばしの沈黙、そしてロイへ向き直る。


「お前さんの気持ちはわかった。じゃが、今の状態で戦っても負けるだけじゃ、わかってるのか?」


「わかってる。それでもだ。父さんたちのためにも『オーパーツ』は取り返すべきだ!」


「意思は固そうじゃの……そう言えば隣のお嬢さんは勇者の仲間だったな。お前さんはこの光景を見てもまだ正しいと言う気かの?」


 村長がおびただしい数の墓地を指差してユキノに問う。ユキノは申し訳なさそうに俯く。


「私、こんなことになるなんて思わなかったんです……ハルトがまさかここまでするなんて……」


「戦闘に直接参加しなかったお前さんは責められる筋合いはないのかもしれん。しかし、パーティは連帯責任じゃ……止められなかったお前さんも同罪なじゃよ」


 ユキノは下を向いたまま嗚咽を漏らす。


「爺さん、そこまでにしてくれ。ここで言っても仕方ない、それにユキノがいなければ俺はここに帰ってくることはできなかった。言わば命の恩人でもある、だから考えるべきはこれからだ」


「そうじゃの。お嬢さんを責めても死んだ者は帰ってこんし、オーパーツも戻らん。この娘も旅に同行するのか?」


「ユキノがいれば向こうから接触してくる可能性もあるしな。それと村長に報告したいことがある。ハルトの暴走の原因だが心当たりがある……ユキノ、あれを見せてくれ」


 ユキノはロイの要請を嫌がる素振りなく自身の武器を見せた。村長も俺のときと同じく動揺し、そして王の凡愚さに呆れた。


「闇の武器か、どうやって魔王から奪ったのかはわからんが、これを持ち出すとは愚かじゃの……ん?この武器、ほとんど穢れておらんようじゃが?」


「私、後方で見てるだけだったし、治癒術師ヒーラーでもありますので……」


 待っておれ、村長はそれだけ言い残して村の倉庫に向かって行った。そして数分後、戻ってきた村長に指輪と剣を渡された。


「これは?」


「対となる『聖武器』じゃ。名前は『聖剣グラム』じゃ。しかしそのままでは使い物にならん。指輪をはめてお嬢さんの心臓の位置に触れるんじゃ。そうすれば指輪を通して穢れが浄化されてグラムに力が蓄積するはずじゃ」


 俺は指輪を右手人差し指にはめてユキノに向かい合った。だが、ユキノは両腕で体を守るように抱き締めて後ずさる。


「ユキノ、恥ずかしいのはわかるが穢れを放置するといずれハルトたちのようになるぞ?」


「わかってます!だけど、私には恋人が……」


 村長はやれやれといった顔をしてユキノを諭す。


「直に触れろとは言っておらん。服の上からでいいんじゃ。このまま何も殺さずに生きていけると思っておるのか?確かにそれができれば指輪はいらん、だがハルトを追うのなら道中絶対に魔物は出てくるぞ?そして魔物を倒せば否応なしに生命力はその武器に吸い込まれる……穢れからは逃れられんよ」


 ユキノは理解した。生殺与奪はこの世の心理、命を奪わずに生きることは不可能なのだ。そして観念したユキノは胸を突きだした。


「先に言っておく、俺はお前が憎い。だから女として見ることはない。安心しろ」


「わかりましたから!早く済ませて下さい!」


 うるさいユキノにイラつきつつも服の上からでゆっくりと沈み込ませた。治癒術師特有の法衣は体型を分かりにくくさせていたため、ロイの想定を遥かに越えて沈み込んだ。


「……あッ 」


 手を動かしてる訳じゃないが、ユキノの口から媚声が漏れる。そして一分ほど経ったころ、ロイの剣とユキノの杖が発光し、視界の端に文字が浮かび上がった。


 グラム+1

 総合力100

 テュルソス+1

 総合力80


「じいさん、武器の名前とその下に数字が出てきたんだけど……」


「+の数字は吸収量じゃ。吸収回数ではないぞい。下に出てきた数字は今の神器の強さじゃ」


 ふーん、俺だけじゃなくてユキノも強くなるんだな。そしてユキノは何かを思い付いたのかパッと顔を明るくして村長に尋ねた。


「これを使えばハルトたちは助かるんですよね!?」


 しかし、返答は無情にもユキノを突き落とすものだった。


「それは……無理じゃ。お主の仲間は全員穢れを無意識に受け入れておる。定着しきった穢れは浄化の指輪でも落とせん……残念じゃが……」


「そんな……ハルトは元に戻らないの?……うぅ……ぐすん……」


 ユキノが泣き崩れる。ロイの心はそれを見て少しだけ心が傷んだ。そしてそんな自分に対して驚いてしまう。

 俺にとっては『ざまぁ』なはずだろ!?なんで同情してんだよ!コイツの恋人は父さんと母さんをッ!


 そこまで考えてユキノに気持ちを割くことがバカらしく感じ、努めて冷静に旅立ちの挨拶を始める。


「では村長、今日は家で出立の準備をして明日旅に出ます」


「うむ、それとグラムが邪魔になったら『消えろ』と念じて空中に投げたら消えるし、『来い』と念じれば手の中に戻ってくるからの」


 言われたようにすると確かに消えて戻ってきた。


「では俺は帰ります」


 ロイはユキノの肩を抱いて、自身の家に向かった。

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