第45話 陽キャ美少女から寿司屋に誘われるとか、謎過ぎないか?①

 金曜日の下校時間を迎えて、疲労感すらどこか心地良く感じていると、陽キャ美少女が亜麻色セミロングの髪を揺らしながら、俺の席へとやって来た。


「カツアゲしても良いかな?」

「えっ」


 男子生徒を魅了している可憐な笑みで、二宮さんはそんなことを言い放った。

 俺は戸惑いながらも、机の上に自分のサイフを置いてみた。


「ふっふふ、ヨッシー……w 素直すぎ……w 拒否らないのかい?」

「今月は購入予定のラノベも少ないし、二千円くらいなら良いよ」

「わお、予期せぬ返答をもらってしまった!」


 二宮さんからのアクションは多すぎて枚挙に暇が尽きないが、教室などですれ違い様に「ログインボーナス!」と言って、俺好みの菓子を一つ渡してきたりもする。


 読者モデルのギャラは意外と少ないらしいし、そういった俺への度重なる出費もバカにならないだろう。二千円といわずにそれ以上返しても良いくらいである。


 サイフから千円札を二枚取り出すと、二宮さんは何やら思い付いた顔をした。


「それだけあれば回らないお寿司屋さんに行けるね、さっそく行こうか~」

「待て待て。回らない寿司屋となると、二千円じゃ全く足りないだろう」


「足りるんだな~それが♪ ヨッシーと一緒に行こうと思いついたお寿司屋さん、親戚の伯父さんが握ってて、なんとお一人さま千円で何でも食べ放題!」


「おおー。知り合い特価なんだね。それならこの二千円で食べに行こうかな」

 先述のお礼も兼ねて二宮さんにも奢れるし、正直食べ放題も魅力的だ。


 俺の回答を聞いた二宮さんは「初めての下校デートだね~」と肩をつついてくるので、「初下校デートがお寿司屋とか、世間ズレ感すごい」と笑いながら返事した。




 二宮さんが言う親戚の伯父の寿司屋は、最寄り駅から一駅隣の駅近にあった。


 やはり二宮さんのルックスは伊達ではなく「隣の似つかわしくない地味男は誰だ?」という視線を行く先々で頂戴しながら寿司屋に到着した。


 店の扉に掛けられている『準備中』の札も気にせず二宮さんと俺は入店する。


 すると浅黒く健康的に日焼けした二宮さんの伯父が、一瞬だけ目を丸くしてから、白い歯を見せるように大きな笑みを浮かべた。


「おう、姫ちゃん久しぶり! ついに男子を連れるようになったかい!」

「はい! 不肖二宮姫子、武蔵おじさんに将来の夫をご紹介しに来ました!」


「おおう? 隣の男子は『クラスメイトです』って顔してんぜ姫ちゃん!」

「武蔵おじさん、老眼かな? ちゃんと『彼氏です』って顔してるよ?」

「老眼鏡を買うには、まだ若いぜ! 立ち話も何だから、お二方座って座って!」


 俺は『回らない寿司屋で食べ放題』という誘惑で、思考停止していたようだ。

 二宮さんの伯父も、二宮さん並みのコミュ力お化けという可能性を忘れていた。


 やばい、コミュ障の俺は死ぬ。俺は、二宮さんだけが例外なのだ……。



 死相を浮かべる俺だったが、数十分後には恍惚とした表情になっていた。


「美味すぎる! 伯父さん……このシャリだけで何貫でも食べられそうです!」

「吉屋衛司くんといったかな、最高に良い顔で俺の寿司を食べてくれるね!」

「ヨッシーめっちゃトロトロの笑顔だしw おっ、九皿目もペロッと食べたね~」


 恐ろしいことにネタの名前が書かれた札に、寿司の値段は記されていない。

 武蔵さんという、二宮さん並みのコミュ力を誇る伯父と交える軽快なトーク。

 俺の隣には誰もが羨む陽キャ美少女、二宮さんが心底楽しそうに笑っている。


 陽キャ美少女とその伯父とで、回らないお寿司を満喫するという謎シチュエーションに俺の脳は麻痺していく。


「ぷはぁ~、私は六皿で満腹~。武蔵おじさん、お代は千円だよね?」

「まあ普段の姫ちゃん相手ならそうだが、吉くんもいることだし、お代はキッチリ頂こうかな! 知り合い特価で端数切り捨て、お二人さまで一万円ポッキリだ!」

「えっ?」


 いくらの軍艦巻きや上トロで蕩けていた俺は、猛烈な勢いで現実に戻された。

 隣に座っていた二宮さんが、思わず立ち上がって伯父に抗議する。


「元々割り勘のつもりで来たけど、それでも高校生に五千円は厳しいよ!」

「俺も鬼じゃない。吉くんに男を見せてもらえれば、タダにしても良いさ……」

「伯父さん、急にトーンダウンしてどうしたんですか? 嫌な予感してきた」


 いつの間にか伯父さんに吉くん呼びされているが、俺の本能が警鐘を鳴らす。

 生暖かい視線と共に、伯父さんは普段の二宮さんっぽいドヤ顔を見せた。


「吉くん、姫ちゃんの好きな所を十個言おうか? そうしたらタダにしよう!」

「今ここでですか? 二宮さんの? 食い逃げ回避とはいえマジですか?」

「おおっと? 何やら私に追い風が吹いてきたようで♪」


 二宮さんが急に瞳を輝かせ始めたが、コミュ障の俺は窮地に立たされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る