第12話 三つのかけら・1
長い坂道を上り終えた二人の目の前に、それはやっと姿を現した。
建物の入口まで伸びている薄青の石畳の両脇には、全部で六本の大きな柱が聳え立っていた。柱の上には赤、青、黄、緑、白、黒の半透明の球体が浮いていて、それらは緩やかに自転している。
六つの色のついた球体は世界、即ち火、水、土、木、そして光と闇。それらを創った女神の住まう場所、月の宮殿。ここに来れば女神に会えるはずだった。
「ねぇ、カイン。アルディナ様は起きる事はないの?」
「さぁな。ただ落し子のお前なら、どうにかなるんじゃないのか?」
「すっごい、いい加減」
さっさとひとりで歩いていくカインの背中に、シェリルの不満げな声が足音と共に届く。振り返らなくても少し早足で後をついてくるシェリルの姿が手に取るようにわかり、カインが自分でもわからないうちに薄く唇を引いて微笑した。
柱と柱に挟まれた薄青の石畳の先、宮殿の入り口まで辿り着いた二人を出迎えるように、頑丈な扉が中からゆっくりと開けられた。
ぎいっと重い音を立てて開かれた扉の向こうから、物静かな雰囲気をしたひとりの女性が現れる。柔和な笑みを浮かべた顔からは温和な性格が読み取れ、ひとつに編まれた青い髪は床に達する勢いで服の裾を掠めながら揺れていた。
「いらっしゃい、カイン。ここに来るなんて珍しいわね」
「仕事中悪いな、セシリア」
「いいのよ、いつもひとりだし。今日は新しい人を連れてるのね。私、お邪魔かしら?」
軽い冗談を口にしてくすりと笑ったセシリアは、カインの後ろに立っていたシェリルを見るなり驚いたように表情を変え、その顔から笑みを消した。
「カイン……。彼女」
「ああ、説明するから中に入れてくれ」
宮殿の中に入り大広間へ通された二人は、大きなテーブルと対になっている椅子に並んで腰掛けた。テーブルの上にはたくさんの分厚い本と書類が置かれてあり、さっきまでセシリアがそれを読んでいた事が分かる。
「さてと。見ての通り、こいつは神の落し子だ」
セシリアがお茶の用意を終えないうちに、カインがシェリルを軽く見やって説明を始めた。唐突に紹介され、慌てたシェリルがセシリアに向かって軽く頭を下げる。
「あっ……、シェリルと言います」
「昨夜こいつに呼び出されて願いを叶える羽目になったんだが、……こいつ、女神に会いたいんだとさ。――どうだ? 女神には会えるか?」
カインの簡単すぎるほど略した説明に一瞬驚いた表情を浮かべたセシリアだったが、やがて何かを思案するように俯いたかと思うと、そのまま緩く首を横に振った。
「アルディナ様はあの戦いから今まで一度も目覚めてはいないわ」
「シェリルを連れて行っても無理なのか? 近くに行けば何かしら反応があるかも……」
「違うのよ、カイン」
カインの言葉を止めて、セシリアが俯いていた顔を上げる。
「アルディナ様に会う事は出来ないの。シェリルも、私たちも」
「どういう事だ?」
「私もアルディナ様に会った事はないのよ。その姿を見た事もないわ」
その言葉にカインの体から一気に力が抜ける。ここで会う事が出来なければ、カインはシェリルからずっと離れられないのだ。がっくりと肩を落とすカインは、ここに来てやっとルーヴァの言っていた言葉の意味を知る。
「……マジかよ」
「アルディナ様の眠る部屋は封印された扉で重く閉ざされているの。……でも」
そこで一旦言葉を切って、セシリアが交互に二人を見やった。ゆっくりと流れる視線をシェリルで止めて、ほんの一瞬だけその顔をじっと見つめた。
「シェリル。あなたは、本当にアルディナ様に会いたい? その先にどんな困難が待ち受けていても、その気持ちは変わる事はない?」
改めて問われ、シェリルの胸がどくんと鳴る。
両親を殺し、落し子であるシェリルを狙う得体のしれない闇の存在。あの惨劇がいつまた訪れるか脅えながら生きるよりは、その正体を知り、そして仇を討つ目的を持って生きていく方がいい。訳も分からずたったひとりで取り残されたシェリルの生きる意味は、それしかなかった。
「……はい」
短く返事をしてまっすぐに向けた翡翠色の瞳の奥に確かな意思を見て、セシリアが満足げに頷きながら立ち上がった。
「わかりました。あなたの決意は本物みたいね。それなら私も協力します」
「セシリアさん?」
「可能性がない訳ではないの。落し子であるシェリルになら、三つのかけらを探し出す事が出来るかもしれないわ」
言葉の意味を理解出来ないでいる二人を立ち上がるように促して、セシリアがそのまま部屋の奥にある扉をゆっくりと開いた。
「説明するよりその目で見てもらった方が早いわ。アルディナ様の所まで案内します」
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