第13話 三つのかけら・2

 セシリアを先頭に大広間から出たシェリルたちは、長い廊下の途中にある分岐点をすべて通り過ぎてひたすらまっすぐに進んで行った。


 そうして歩く事数分。同じような部屋ばかりが並ぶ廊下を、三人はまだ延々と歩いていた。さっき初めて会ったばかりのセシリアと会話が弾むはずもなく、服の裾あたりで左右に揺れ動くセシリアの髪を見ていたシェリルは、その視線をふと隣のカインへと向けた。


 リリスとの仲を嫌いじゃないから一緒にいると言ったカイン。その彼が今度はリリスとはまったくタイプの違うセシリアと一緒にいる。


(セシリアさんの事も嫌いじゃないから一緒にいるのかしら)


「何だよ」


 いつの間にか凝視していたシェリルの視線に気付かないわけがなく、カインが訝しむようにシェリルを見つめ返した。


「べ、別に。……ただ、リリスとは随分性格の違う相手だなぁと思って」


「お前、もしかして妬いてるのか?」


「ばっ、馬鹿! 違うわよっ!」


「……ふぅん」


 意味ありげに細めた目で見つめられ、居心地の悪くなったシェリルがふいっと顔を逸らす。そんな二人のやり取りを聞いていたセシリアが、堪えきれずに笑いながら後ろを振り返った。


「安心して頂戴、シェリル。こんな年上の女が相手だなんて、カインが可哀相だわ」


「俺は別に年齢なんて関係ないんだが、セシリアに手を出すとルーヴァが煩いからな」


「え? それじゃあ、セシリアさんはルーヴァの……恋人?」


 女性よりもその美容に興味を持っていそうなルーヴァだったが、彼にもちゃんとした人がいる事を知って、少し別の意味で驚いてしまう。そんなシェリルの言葉にがっくり肩を落としたカインが、呆れたように大きく溜息をついた。


「お前、マジで言ってんのか? セシリアはルーヴァの姉貴だよ。顔見りゃ分かるだろ?」


「……えっ!」


 その言葉に目を丸くしたシェリルの脳内で、セシリアとルーヴァの姿が重なり合う。

 同じ青みがかった髪と上品な顔つき。そしてルーヴァから感じていた穏やかな雰囲気は、そっくりそのままセシリアからも感じる事が出来る。

 最初から自分がとんでもない勘違いをしていた事に気付き、シェリルが恥ずかしさのあまり目をぎゅっと閉じて下を向いた。


「ごめんなさいっ!」


「いいのよ。別に気にする事じゃないわ」


 慌てた様子で俯くシェリルと、その様子を呆れ顔で見下ろすカイン。そんな二人を見つめながら、セシリアがさっきとは違う穏やかな笑みを浮かべた。


「随分と可愛い彼女を見つけて来たわね、カイン。これであなたも少しは落ち着くかしら?」


「おいおい、こいつは別にそんなんじゃねぇよ。第一、昨日初めて会ったばかりだぞ?」


「あら、いつどこで誰と恋に落ちるかなんて分からないものよ。明日になればシェリルの事が気になってくるかもしれないわ」


「そういうもんかね」


 さして興味もなさそうに隣を見たカインの瞳が、シェリルの瞳と重なり合う。かと思うと物凄い勢いで顔を逸らされ、悪戯心に火が付いたカインが、軽く身を屈めてシェリルの耳元へと唇を寄せた。


「……だってさ。お前、どうする?」


 囁くように甘い色を乗せた声音で呟かれ、これ以上ないくらい頬を紅潮させたシェリルが、耳元を抑えてカインから逃げるように後退した。羞恥なのか拒絶なのかわからない表情でカインをひと睨みすると、怒ったように顔を背ける。


「知らないっ!」


 語気を強めてそれだけ叫ぶと、シェリルはセシリアさえ追い抜いて早足で先へと歩き出してしまった。その様子にセシリアがカインを窘めるように一瞥したが、当の本人は素知らぬ顔で肩を竦めるだけだった。






 目の前の角を右に曲がると、廊下の突き当たりにひとつの扉が姿を現した。今まで目にした他の扉とは違い、真っ白な石で頑丈に作られたその扉の鍵穴に、セシリアが腰帯にかけていた鍵束の中から取り上げた銀色の鍵を差し込む。


 がちゃりと重い音がして、鍵が外れた。ゆっくりと開け放たれた扉の中から冷たい空気が流れ出し、シェリルの足元を通り過ぎていく。真っ暗だと思っていた扉の向こうは仄かに青白く光り、足元を照らす明かりさえいらないほどだった。


「アルディナ様はこの地下の部屋で眠っているわ」


 そう言いながら長い螺旋階段を降りていくセシリアの声が、やけに響いて辺りに木霊する。久しぶりに開けたと言う感じはなく、階段にも手すりにも埃ひとつない。

 女神のいる地下室へ続く空間は壁自体が淡く光を放ち、不思議な感覚をシェリルに与える。降りる度に高鳴っていく胸の鼓動を抑えながら、シェリルはゆっくりと、しかし確実に女神へと近付いていった。

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