第90話 私の大事なモノ(雪視点)
辰吉(クマのぬいぐるみ)が、ちょこんとベッドの端に座り少しだけ寂しそうにこちらを見ている。
そう言えば最近、全然相手をしてあげていなかった気がする。
辰君(ホロちゃん)に会う為どうしても日曜日にお休みが欲しかったから最近は色々な雑用を引き受けちゃって、ぐったりしちゃってさ。
仕事から帰ってもすぐに眠ってしまっていたしね。
そもそもデイは日曜日休みな筈なのに、最近、ちょっと訪問介護のヘルプをしてから、人手が足りない時にあてにされ始めてしまったのよね......。
まあ、辰吉と相手をすると言っても私がいつも勝手に一人で喋っているだけだけど......。
でもなんだかジトーとこちらを見ている気がしていたのよね。
それで明日は井川さんの家に行く予定の日曜日。
今日は頑張った分、少しだけ早く仕事が上がれたから、部屋の掃除をしていた。
棚と棚の隙間にゴミが結構たまっている。
私はベッド部分を外した掃除機で隙間のゴミを吸い取ろうとしていた。
その時、ポフッと音がした。
ベッドの上に大人しく座っていた筈の辰吉が倒れていた。
ん?
風が吹いた訳でもないし、ってちょっとの風じゃ倒れたりしないよね?
不安定な場所に置いていた訳でもないし......。
私は少しだけ首をひねり、なんとなく辰吉の側まで近寄った。
だけど、地球での普通の生活に慣れすぎていたけど私の星では、そんなに不思議な事でもなかった。
皆、感情を抑えて生活しているから、確かにパワーは少ないけど、ごくたまに、思い入れが強い物に心を吹き込む能力を持った者もいた。
私がそうだった訳ではないが、感情の昂り波などで、私達は日々能力が変化する種族。
突然、心無い物が動くというのも、心を身につけて動き出すと言うのは、ココ、地球ほど、私の星ではあり得ない事でもなかった。
と、いってもそれは話に聞いただけで、間近で見た事があった訳ではない。
ま、まさかね......。
私はゆっくり顔を近づける様に、更に辰吉(クマのぬいぐるみ)に近く。
確かにこの子には思い入れがある。
私は、辰君との子供は作れない。
厳密には作ってはならない。
もし、作ってしまったなら......。
考えただけで恐ろしい。
調査員になった時、地球人との間に子供を作る事だけはあってはならないと言われていた。
と言っても、身体の大きさも全然違う。
皆、その事を聞いた皆は笑うばかりで本気にはしていなかった。
どうして駄目なのかその時は考えた事はなかったが、確かに、どんなふうな子が生まれるかも分からない。
自分より能力が高いモノを生み出さない努力をしていた王がそんな存在を許す訳がない。
私達は調査員になった時、王の手の物に子供を作れない身体にされてしまった。
言葉巧みに薬を飲まされ、そんな身体にされてしまった。
だから辰君からユーフォーキャッチャーと言うモノでクマのぬいぐるみである辰吉を取ってもらった時はなんだか二人の子供ができたみたいで、ドキドキした。
嬉しくて、眠れなくて......。
だからこのコが思い入れがあると言うのは確かだ。
思い入れがあると言えば、数ヶ月まえ、私はすごく思い入れがあるモノを無くしていた。
それはハンカチで。
辰君との出会い(私にとっての再会)に使ったモノで。
と言っても使ったと言うか、実際は辰君に声をかけようとして......結局かけれなくて、諦めて、その場を去ろうとした時に、落としてしまったハンカチを辰君に拾って貰ったのだ。
あれも大事なモノだったのになー。
私は辰吉を抱き上げて、いつもの様に問いかけた。
「ねーっ、辰吉?
ほらほら、なんとか言ってみなさいよ」
なんて言っていたからか、一瞬辰吉が悲しそうな目をした後、一瞬、私の心からズクンと言う音がした。
と同時に......。
『ニャーオ(雪〜)』
と辰君の声が辰吉から聞こえた。
「ひゃっ。 な、なんで? た、辰君? あっ」
私はホロちゃん(辰君)の前ではそう呼ばない様に気をつけていたのに、急にホロちゃん(辰君)の声が聞こえて、動揺して思わずそう呼んでしまった。
その瞬間、辰吉がホッとした様に笑った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます