第91話 僕から何か声が聞こえたよ? (クマのぬいぐるみ辰吉視点)

 

 最近、雪さんは忙しそう。




 僕は手伝ってあげる事が出来なくて、ヤキモキしていたんだ。


 バタバタバタバタと、走ったり、誰かと電話したりもしているみたいだった。 

 

 今日こそは、雪さんが最近どんな事をしているか、嫌な思いとかしていないか、お話、聞けるかな?


 と思っていても、雪さんはすぐにお布団に入って寝ちゃったり......。


 ちょびっと寂しいな。



 僕はクマのぬいぐるみ。

 名前は辰吉。


 どんな見た目かは雪さんが僕を持ちあげた時、鏡さんに僕が写った時に見た事がある。

 


 雪さんと僕は見た目が全然違う。


 だけど、こんな僕を雪さんは大事にしてくれる。

 

 雪さんは辰也さんが姿を見せなくなってから僕に話しかける回数が増えた。


 僕は辰也さんが何処に行ったか、いつも聞きたかった。



 だけど僕は話せない。

 聞く事しかできない。




 そんないつものお喋り、雪さんが一方的に喋るだけだけど、僕はその時間がいつも楽しみだった。 


 

 楽しみ、だったけど......。



 辰也さんが居なくなって、沈んでいた様にみえていた雪さん。



 僕に話しかけて、無理して笑って、僕はどうする事も出来なくて、悔しかった。






 だけど、ここ数日は忙しそうにはみえるけどウキウキしている様にもみえたんだ。



 どうしたのだろう?


 もしかしたら辰也さんが戻ってくるのかな?



 雪さん。

 お話聞かせてよ?


 さっきから大きな音がなる何かを持ちながら作業をしている雪さん。


 確か名前は掃除機さん、だったかな?


 

 雪さん、こっちを向かないかな?


 雪さんは僕に背を向け、黙々と作業を続ける。


 

 僕はジトーと雪さんを見つめた。


 雪さんは僕の視線にちっとも気づかない。




 実はちょっと前から僕は少しだけ、前と変わった事があった。



 僕達、モノにも皆、心がある。


 と言っても動けないから、そんな事は知られていない。


 心と言うと、ちょっと意味合いが違うかも知れない。



 僕達、物(モノ)は周りにいる人物の気持ちに影響して心を持つ。



 心を持つと言ってもなんて言うか、その人の思いが貯まると言ったら良いだろうか?




 雪さんの思いがいっぱい貯まったからだろうか?



 少しだけ、本当にちょびっとだけだけど、僕は身体を動かすことが出来る様になった。



 本当にちょっとだけだけどね......。



 僕は雪さんがいない時に自分の身体をちょっとだけ動かしてみたんだ。


 その時は僕の左後ろ足だけ、ちょびっとだけだけど動かす事ができたんだ。



(僕は雪さんとお話がしたい)

 

 僕はをそう心から思い、雪さんに気づいて貰える様、渾身の力を振り絞った。



 ゆ、ゆきさーん。



 そう思いながら僕は身体全体を動かそうと力を入れた。



 が、勢いがつきすぎて、前にポフッと音を立てて倒れてしまった様だ。


 目の前はお布団だから僕はちっとも痛くない。




 僕の側まで雪さんが近づいてくる気配を感じた。

 僕は雪さんの注意をひく事に成功した様だ。


 雪さんはそっと僕を抱き寄せ目線を合わせて語りかけてきた。

「ねーっ、辰吉?



 ほらほら、なんとか言ってみなさいよ」


 


 僕は話せないんだ。


 何となく少しだけ悲しくなってしまった。



 その時、僕の胸の中から大きな音がした。



 ズクンッ。


 その音と共に身体中が熱くなってきた気がした。


 僕の身体の中はどうなってしまったの?



 いったい何が起こっているの?


 

『ニャーオ(雪〜)』



 えっ?

 なっ何?


 僕から何か声が聞こえたよ?


 僕の中から聞こえてきたのは猫と言う動物の声。

 僕がいつもいる、ベッドの丁度、正面に置いてあるテレビちゃんを見ていた時、見た事があった


 だ、だけど、この声......。



 僕はその声が辰也さんだと分かった。

 雪さんの事を呼んでいる事も分かった。


「ひゃっ。 な、なんで? た、辰君? あっ」


 雪さんがそう声を発した。


 

 雪さんも辰也さんだと分かったんだね?




 どうして辰也さんの声が僕から聞こえてきたか分からない。


 だけど、辰也さんの声を僕は身近に感じ、なんだかすごく、ほっとして心が温かくなった。


 

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