第85話 まさか雪、俺が辰也だと知っている? (ホロ視点)
「おい、比奈ちゃん、どうしたの? ほらホロちゃん、大丈夫だったろ?」
のんびりした口調で幸太郎が入ってきた。
こんなに、ピリピリした空間なのを俺でさえ肌で感じている。
俺自体は怒っている訳ではないのに、なんだかこの空気が恐ろしく感じるのか、自分の白いホワ毛が生えた肌がピリピリと静電気でも流れている様にケバだっている。
しかし鈍いのか、幸太郎はこの女性二人の様子に全く気づいていない。
締りのない安心しきった様な顔をしたまま、まだソファーの上にいたプディの隣に座った。
プディもいつもあまり感情的にならず、クールな奴なんだが、少し気が立っていると言うか、雪の事を警戒している様だった。
だけど先程までの女性二人(雪と比奈)の静かなる戦いで、緊迫した空気だったのが、幸太郎が来た事で、冷戦状態に突入した様にも感じた。
雪、俺は死んだのかどうか、その時の記憶はないが、死んだとしたなら、この状況。
もう、雪の心には別の男がいるという事か、比奈ちゃんにこんなに言い返す程......。
確かに死んだ男の事を純粋に思い続ける訳にもいかないものな。
だけど、幸太郎か......。
なんだか切ないな。
雪の胸の中で、俺はチラッと雪の顔を下から見上げた。
雪も優しい目をしてコチラを見ていて、びっくりした俺は慌てて目を逸らした。
「ええと、こちらは朝峰 雪さん、こちらは比奈ちゃん、比奈ちゃんは高志の妹なんだ」
幸太郎は女性二人が部屋にいる事になれないのか、しどろもどろで、二人にそれぞれを自己紹介した。
雪と比奈ちゃんは笑顔で「こんにちは」とお互いに頭を下げていた。
二人とも、とりあえず幸太郎の前では言い争うのを止めたみたいだ。
三人共中々喋り出さず、少し空気が重かった。
幸太郎は元々無口だか、比奈ちゃんが喋り出さないのは珍しい。
喋らなくても、デンの息遣いの音が定期的に聞こえるからそんな思い空気でもないのかもしれないが、雪も話ださずに俺を撫で続けているし、比奈ちゃんも緊張している様に目をキョロキョロさせている。
その静かな空間に声をあげたのは雪だった。
「ええと、私、今日は帰ります。日曜日、予定通り伺わせていただきますね。ホロちゃん可愛くて、まだ全然遊び足りないです。このまま連れて帰りたいくらいです」
そう言いながら雪が俺を抱えたまま、立ち上がった。
雪の声に比奈ちゃんも何か考えているかの様に眉間にシワを寄せた。
幸太郎は本当に俺を連れて帰ってしまいそうな雪の様子に苦笑いを溢しながら雪の側まで近寄った。
「連れ帰られちゃ困るよ。今回の不注意を反省して、外にはホロが出ない様に気をつけるし、ホロがストレス溜まらない様にもうちょっと散歩にも連れて行くから」
そう言って俺を雪からそっと受け取り抱き上げた。
俺が幸太郎に抱えられ、雪の胸から離れた時、首を後ろに少しだけ回して雪を見た。
雪は幸太郎からは見えない角度に、下向き加減で頷き、すごく心細そうに俺を見て、下唇をちょっとだけ噛み締めた。
どういう事だ?
雪、ま、まさか、俺が辰也だと、分かっている、なんてそんな事ある訳ないよな。
そんな訳......、ないけど......。
「ニャキ、ニャーンにゃん(雪、またな、また逢えるから、そんな悲しい顔をすんなよ)」
自分の下唇を噛んでいる雪を笑顔にしたくて、言葉が通じない事が分かっていたけど、俺はそう言った。
俺の目をじっと見つめ、その言葉に答える様に柔らかく笑った雪は、俺の頭を優しく撫でた。
「じゃー。日曜日ね」
雪は幸太郎じゃなく、俺に向かって小声でそう言った。
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