第84話 良かった。また寿命が縮まったよ。(幸太郎視点)

<女性同士の静かなバトルの数時間前>




 外で、仕事の担当者さんとの打ち合わせ中にメールが届いた。


 誰からだ?

 

 話を聞きながらテーブルの上で僅かに震えていたスマホに目線を移した俺は、表示されている文字を見て、一瞬、誰からか分からなかった。



『雪さんからメール』


 スマホにはそう表示されていた。




 えっ?ゆ、雪さん?



 ど、どうしたんだろう?

 日曜日、予定が出来たんだろうか?


 そう思い、少しモヤモヤしながらも、担当さんとの話し合いが途中だったが、何とか話に区切りをつけ、担当さんと別れた。


 車通りの少ない細い道まで歩いてからスマホを取り出し、その内容を確認した。



 ......。


 その内容に思考が一旦停止した。


 朝峰 雪さんからのメールの内容は、『仕事の途中、俺のマンションの側でホロに似た猫を見かけて保護している』との内容だった。





 ま......、まさかだろう?


 俺は信じられなくて、何度も何度もメールを読み返し、家を出てくる前の自分の家の中の様子を思い返していた。





 ......。


 確か、ホロちゃんとプディがソファーで寄り添って眠っていたんだ。


 いつもはケージの中に二匹を入れてから出かけるんだけど、起こすのもかわいそうだと思って、そのままにしておいたんだ。




 ホロちゃん、本当に、抜け出しているかもしれない。




 俺は背筋がゾクッと寒くなり、少しずつ心臓の音や脈の音が早くなるのを感じた。






 家から抜け出すとしたら何処からだ?





 玄関は鍵をかけて出た。


 デンは今まで、勝手に家を抜け出したりした事はない。


 むしろ、ホロちゃんがヤンチャしない様に見ててくれているんだ。




 まあ、確かに最近のホロちゃんは起きている時は本当にヤンチャと言うか、抜け出す事ぐらいしてしまいそうな程、元気だった。







 だけど、ああ見えて、あいつは、結構、怖がりだぞ?


 ちょっと前までウチのマンションの階段すら、俺に抱えられないと降りれなかったんだ。







 そうだ。



 きっと似てるけど、雪さんが保護した猫はホロじゃなくて、たまたま家の近くに居た野良猫なんじゃないだろうか?



 俺は何度思い返しても、どうしても信じられなくて、だけど、もしかしたらとも思い、怪我でもしていたらどうしようと、落ち着かない気持ちで、家に向かった。







 息を切らしながらマンションの階段を駆け上がる。


 家を出る前は整えていた髪も、がむしゃらに走ったせいかボサボサになっていた。


 額から一筋汗が落ちる。


 ようやく、自宅のドアの前に到着した。


 ポケットから鍵を取り出そうするが、慌てすぎて、ドアの前に落としてしまった。



 ホロ、お願いだ。

 家に居てくれ。



 そう思いながら鍵を拾い上げて、鍵穴に鍵をさした。


 勢いよくドアを開けて、靴を脱ぐ。足をもつれさせながら何とかリビングのドアを開けた。



 息を整えながら、祈る気持ちでゆっくり顔を上げグルリと部屋の中を見渡した。




 部屋はそんなに荒れていない。

 ソファーはいつも通りの風景の様に見えた。


 デンとプディが寄り添って眠っている。


 だけど、ホロが、天使の様に真っ白で可愛い、ホロちゃんがどこを探しても見当たらない。


 俺の動悸がさらにドンドン早くなり、嫌な汗も吹き出してきた。




 落ち着け、落ち着け俺。


 雪さんが保護していると言っていたんだ。


 ホロちゃんは居なくなった訳じゃない。


 一度しかホロちゃんに会った事ない雪さんに、その白い子猫がホロだと良く分かったなとか、タイミングよく雪さんが通りかかったなとか、疑問が残る事ばかりだったがホロちゃんが無事、自分の元に戻ってきたら何でも良い。



 俺は外に探しに行くべきか悩んでいた。


 でも、本当に雪さんが保護しているんだったら探しに行っても仕方がない。


 

 俺が落ち着きなく部屋の中を歩いていたらプディが一瞬薄目を開けた様な気がしたが、眠そうに目を細めたままこちらを見ていたかと思ったら、再び眠りについた様だった。



 プディ達が眠っているソファーから目線を上げると奥の出窓の網戸がホロちゃんが出れるくらい開いていた。


 網戸を少しよじ登ったのか、少し網戸が破れていた。



 俺は出窓に近寄ってソコから下を眺めた。


 二階と言ってもホロの身体の大きさを思うとかなりの高さだ。


 


 だげどホロは猫だ。



 まだ子猫だが、これくらいの高さ、なんともないのかもしれない。



 まあ、野良猫なら問題ないのかもしれない。



 でも、ホロは、ほとんど家猫の様なものだ。






 怪我とかしてないよな?



 雪さんのメールによるとお昼過ぎにはウチに届けてくれるとの話だけど......。





 ホロちゃん、なんで抜け出したりしたんだろう?



 何か不満でもあったのかな?


 外に出たかったのかな?




 俺はそんな事を考えながら雪さんが来るのをモンモンとしながら待っていた。



 インターフォンが鳴り俺は慌てて玄関に向かった。



 ドアを開けると、雪さんの胸の中で気持ち良さそうに眠っているホロがいた。



 ホロ、良かった。


 雪さんが保護した子猫はやっぱりホロだった。


 見た所、何処も怪我した様子はないな。


 「雪さん! ああ、ホロ、ホロちゃん!心配したよ。何処も怪我してない? 大丈夫か?」


 あっ、思わずまた、雪さんのことを勝手に下の名前で呼んでしまった。

 馴れ馴れしいと思っただろうか?





 それにしても本当に良かった。



 俺はほっと息をついたが、まだ自分の胸にホロを抱き上げないと安心出来なかった。


 雪さんがソーッとホロを持ち上げて、渡してくれようとしたが、爪が雪さんの服に引っかかっている様だった。


 俺はホロの爪から雪さんの服の引っかかり部分を外して、その愛しい小さな存在を受け取った。


 俺はまだ俺の胸の中で眠っている、毛がホワホワのちっちゃくて柔らかいこいつが。


 ちんまりとまた俺の胸の中に収まっている事に心から感謝した。


 俺の不注意でホロを危険な目に合わせてしまった事も後悔し、心から反省していた。



 良かった。


 ホロちゃん、無事で良かった。




 また寿命が縮まったよ。



 








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