第60話 過去、あの日あった出来事② (雪視点)

「辰君、今日は仕事どうだった? 暑かったでしょう? 怪我とかしてない?」



 私は自転車を押しながらゆっくり歩く。

 それに合わせてゆっくり歩いてくれる辰君。


 

 この公園はちょっと街灯が少ない。

 木も多く植っている為、夜に通ると木の葉も揺れてかなり不気味だった。


 だけど、職場から家まではこの公園を突っ切る方がかなりの近道だった。


 夜道を帰る時、辰君が迎えに来れない日はこの道を通る事は辰君に禁止されていた。


「なーんもないよ。まあ、暑かったかな。だけど、いつもと一緒で、あちらこちらぶつけたりはあるけど、大した事ないよ。それより、雪はどうだ? 嫌な事とかあったらココに貯めて

ないで、ちゃんと言えよな?」


 辰君が自分の胸を、掌をグーにして軽く叩きながら言う。


「ありがとう。でも、またぶつけたの? 気をつけてよ?」


 私の返答にイタズラっ子の様に辰君が笑う。



 辰君の声は心地良い。


 高過ぎず、低すぎず、トーンも早さも丁度良い。

 私のゆっくり流れている時間にとても合っている。




 辰君が私に合わせて、ゆっくり喋ってくれているのかもしれないけどね。



「雪、空、見てみろよ。綺麗だぞ?」


 私は辰君の言葉に促される様に夜空を見た。



 沢山の星、それらに囲まれ優しく月が微笑んでいる様に見える。



 不気味な公園も、辰君が隣にいる、それだけで心地良い空間に変わってしまう。




 だけど、幸せに浸っちゃいけなかったんだ。



 私はいつも、昔の様に、いつでも危機感を持っていなければいけなかったんだ。



 今さらそんな事、後悔しても、あの時間は戻らない。



 カサカサッ



 背後から音がした。



 葉が揺れている?




 いや、違う。




 気配。




 この気配。



 最近、よく感じていた。



 横を向くと辰君も、ちょっとだけ眉間に皺を寄せながら私の自転車を持つ腕を握った。



 私達が歩くと後ろから感じている気配も動いている気がした。


 私達が止まると後ろからついてきている、その音も止まっている気がした。


 振り返って見ると、近くに立っている木の側に誰かが居て、刃物の様なモノを持っている様に見えた。

 

 

 持っている人物の手は震えている様だった。


 びっくりした私は思わず、自転車を持っていた手を離してしまい、ガチャンと自転車が倒れる音が響いた。


 その音に合わせて、その誰かが動き出した。


 危ない!


 


 そう思ってももう、遅くて、刃物を振りかざして襲ってきた、その人の手に持っていたナイフが、私を咄嗟に守る様に覆いかぶさった辰君の背に刺さった。




 



 私は目の前が真っ暗になった。


 何?


 何が起こったの?


 フル回転させても頭は全然追いつかない。


 その辰君を刺した男は震えながら何かを叫びながら、逃げていった。


 私は腰が抜けて、私の上に辰君は覆いかぶさったまま、こちらを、ゆっくり見た。


「大丈夫か?」


 こんな時まで何言ってるの?

 私は胸が痛くなって身体も震え出した。


 辰君の顔色はかなり悪く、血の気はすっかり抜けている。

 私はナイフとその隙間から流れてくる血を見ながらどうにかして、どうにかして助けたいと必死になった。


 血はどんどん出てくる。



 私にもう、昔のパワーはほとんど残ってなかった。



 だけど、辰君と生活を始めて、今まで、持っていなかったパワーが貯まっていく事も感じていた。


 私は自分が死んでも良いと思った。

 辰君一人をこの世界に残すのも酷い事だと思うけど、辰君のいない世界で生きていくのも耐えられない。



 私を包む様に湯気が出始め、それはやがて光になった。


 そして、私の掌が少しずつ、少しずつ熱くなり、柔らかい光を放ち始めた。


 ずっと嫌だと感じていた、私がこの星のモノではない証である、小指の横にある大きなイボが熱い。

 意思を持っているかの様に痛く感じる。


 光を放っている自分の掌に、辰君の血液の熱を感じた。


 嫌だ。


 お願い。


 止まって。


 私の目からは涙が溢れてきていた。


 私はもう夢中だった。


 昔持っていた力と、なんだか少し違うこの力は、コントロールが難しい。


 だけど、少しずつ、少しずつだけど辰君から出ていた血液が止まり始めた。


 そして集まってきた光によって、ナイフが押し出され、少しずつ傷が塞がり出した。


 少し、私の呼吸が苦しくなってきた。


 力を使いすぎたのかもしれない。



 荒い呼吸を繰り返しながらも、必死に力を込めた。


 


 その時、私が放っていた何倍もの光がこちらに目がけて向かってきている事に気がついた。



 あの光、あの色、見覚えがある。



 私の星からのものだ。



 やっぱり、力を使いすぎた。



 気づかれた。


 見つかってしまった。



 私は辰君の傷口を塞ぐ事だけで、いっぱい、いっぱいだったけど、自分の心臓がバクバクと鳴り響き、もう、どうして良いか分からなかった。

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