第5話 幸太郎の初恋

 


 最近、幸太郎の様子がおかしい。



 俺や、デンにはいつも通りだが、時折り考え込んでいたり、携帯を見ながらため息をついたり。



 意味もなく部屋の中をうろうろと歩いたり。



 小説を読んでいるかと思えばページは何時までも変わった様子が無かったり。


 ちゃんと飯はくれるから別にいいけど……。








 幸太郎はマンションの二階に一人暮らしをしている。


 まあ、正確には一人と二匹暮らしだが。



 鉄筋コンクリートのマンションはベージュ色で3階建てだからかエレベーターは無いみたいだ。 



 マンションの管理者が、動物を好きかどうかは不明だけど、ペット可らしいこのマンションは多くのペットが飼われている様だった。



 部屋の中は男にしては片付いていたが壁紙は汚れていて所々に傷があった。



 デンが幸太郎の後ろをついて回って歩いている。



 上の空の幸太郎はその事にも気づかないで歩き続ける。






 そう言えば、こいつ、仕事は何をしてるんだ?

 


 ちゃんと食っていけんのか?


 いつも家にいるような気がするが……。





 俺は最近、この生活にも馴染んできて、愛想も振りまける様になってきた。

 鏡で確認したが俺は毛が真白い子猫だ。




 まあ子猫は皆可愛いだろうが俺は自分で言うのも何だが雑種の中でも中々の美形ではないだろうか?




 俺の前世は平凡な容姿だった。

 まあ良くも悪くもなく普通だった。




 中の下ぐらいとでも言おうか、まあそれも悪くはなかったが。




 幸太郎に拾われた時、俺の毛は汚れていて茶色かった。

  


 あの時の事を考えると俺は随分良い飼い主に出会ったと思う。



 話は逸れてしまったが……。









「ナ~ン(おいおい、大丈夫か?)」



 幸太郎の足元までトテトテと歩き、軽く首を傾げ甘えた声で鳴く俺を見て、幸太郎が我に返り俺の目線に合わせる様に座り込んだ。



「ホロちゃ~ん、ホロちゃんは今日も可愛いね~」



 そう言いながら俺様の頭を撫でる幸太郎。


 幸太郎は背が高いし身体もガッチリしているから中々に威圧感がすごい。




 初めの頃は大きな手で、無造作に撫でていたが嫌がっていたのが伝わったのか最近は優しく撫でてくれるようになった。



「にゃ~(おやつくれ)」


 俺の言葉が通じたのか、目じりを下げた幸太郎は、にぼしをくれた。




 そこまでは本当にいつも通りだ。





「幸太郎っ、開っけてくれ~」



 入り口のドアから突然、野太い男の声がした。

 言いながらドアを数回叩いている様だった。




 誰だ?

 俺のおやつタイムを邪魔する奴は。

 もう一度甘えて別の物もせしめてやろうという作戦が台無しではないか。




 ……ん?

 ちょっと待てよ?


 この声は聞き覚えがある。



 幸太郎の親友の高志って言ったか。

 長身で顔は普通だが、いつもヘラヘラしていて少しチャラい印象があった。

 煩くて俺はちょっと苦手だった。




 幸太郎がドアを開けると、案の定高志で昼間だと言うのに、酔っぱらいの様に赤い顔をしていてズカズカと部屋へ上がり込んできた。




「なんだよ、飲みすぎだろう」


 そう言いながらも家に入れてあげる幸太郎は脱ぎ散らかした高志の靴を几帳面にそろえていた。


 高志も厚かましく千鳥足で入って来てはソファーの真ん中に身体を静めた。


「ほらっ、水」


 幸太郎は台所から持ってきた水を高志の座ったソファーの前のテーブルに置いた。




 ……どこまでお人好しなんだか。



「いやいや、すまないな、飲み過ぎて電車代、無くなっちまってよ」


 高志はそう言いながらも全然すまなそうな顔はしておらず、テレビのリモコンを手に取り勝手にチャンネルを変えた。


 テレビの画面にはサッカー選手が鮮やかにゴールを決めた場面が映し出された。


「シャー(おい、そのお笑い番組、俺が見てたんだよ)」


「おっ、どしたホロ? 機嫌悪いな? 顔は可愛いのに背中の毛が逆立ってんぞ?」


 そう俺に向かって言う、自分の家の様に寛ぎだす高志に、幸太郎は半ば呆れたように、ため息をついた。

 そして俺をそっと撫でた後、テーブルを挟んで高志の座ったソファーの前のクッションの上に胡坐をかいた。


「何やってんだよ、俺が居なかったらどうするつもりだったんだよ?」



 俺は暫くそんな二人のやり取りを見ていたが、見るのも飽きて、お気に入りのクッションの上に丸くなり、居眠りを始めた。



 二人の声は微かに耳に入ってくる。



「お前さー、その後、どうよっ、連絡あったか?」

 高志の声は男にしては少し高く俺の小さな頭に響いた。



 高志の声が煩くて寝れん。


 薄目を開けた俺の目線には憎たらしく、へらへらと目を細めて笑う高志の顔があった。


 んっ、ひっかいてこようかな。


 一瞬、足に力を入れ飛び掛かる仕草をしようとした俺だったが……。


 いやいや、俺はもう野良じゃねーんだ。



 良い家猫なんだ。


 俺はココで優雅に暮らすんだ。





 そう思いなおし、再び座りなおし、二人の話に耳を傾けた。




「ああ、連絡、ある訳ないだろう? 俺、地味だし。連絡先交換したって言っても、あの時相手は酔っていたし、その場の雰囲気って言うか無理やりっぽかったし」



「あー、やっぱな、もっと積極的にいかんと始まるもんも始まらんぞ」





 何だ?


 まさか、幸太郎が……。



 恋バナか?


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