第75話 少女の願い

 目の前の赤竜は正直怖くない。

 これがもし3体以上の竜が相手だった場合、かなりの脅威となったと思う。

 しかし1対1の場合、僕の能力上負ける事はないと思っている。


 それを赤竜は知っている筈だ。何故なら、灰竜と戦っている際に、僕を上空から見ていたか、もしくは黒竜に効いている筈だ。

 僕は剣を持っていればなんでも斬れる。それは例え物凄く固いと言われている竜の鱗も例外ではない。


「さてさて、いったい何を企んでこっちに来たのかな? 一番低い予想では、本当に自信過剰でやってきただけど……

 そんなわけないよね?」


 本当にどうしてこっちに来たのかは気になるが、赤竜が動いたので、その思考は一時中断する。

 赤竜単発フレアを何発も放ちながら僕に突っ込んできた。

 僕は当たりそうなブレスは切り払い、突っ込んで来た赤竜をそのまま斬り捨てようとした。


 しかし赤竜は僕の剣がギリギリ届かないぐらいの位置で急にストップし、翼をはためかせ突風を巻き起こしてきた。

 僕はその赤竜の突然の突風攻撃に態勢を崩し、ふらついてしまった。

 そんな僕の隙を見逃さず赤竜が動き出し、その鋭い爪で僕を引き裂こうとしている。


 僕は何とか無理矢理体を動かし、その爪攻撃から逃れることが出来た。


『ホウ……ヤハリ貴様ハ魔力ヤ物質ヲ斬ル事ガ出来テモ、自然現象ヲ斬ル事ハ出来糠ヌカ』


 赤竜の言うとおり、魔力や物質を斬る事は出来るけど、風などの自然現象や空間、時間といった曖昧なモノはまだ斬った事がない。

 まさか、その確認の為にこの赤竜は此処に来たのか? それだと、僕って警戒され過ぎだよね?


『トナルト、音ヤ振動モ斬レナイ可能性ガアルナーーデハコレハドウダ?』


 そう言って赤竜は再び翼をはためかせ、風を起こした。

 そして口から炎を出し、周りの温度を上昇させる。そして赤竜は翼をはためかさせ、再び疾風を僕にぶつけてきた


 僕はその熱風を切り裂く。しかし、完全には斬れず、むしろその暖められた空気が僕を包み込む。


「――熱い!」


 赤竜から放たれた熱風は、服の上からならただ凄く熱いだけだったが、皮膚が剥き出しになっている顔面とか、剣を持っている手とかが物凄く熱い。

 むかつくことに、炎のみのブレスだったら、物凄く速く剣を振るって炎を斬るので、そこまで熱さを感じない。

 しかし魔力で出来た風ならば、その核を斬れば風は消えるが、自然現象の場合は核が無いから斬る事ができない。


「くそ! 赤竜はこれを狙ったのか! 頭良いなもう!」


 この世界に来て初めてのダメージと初めての苦戦だ。

 まさか自然現象を扱う敵がこんな形で出て来るなんて……

 しかも、まだ色竜には白竜がいた筈。白竜は氷を使う竜と資料に書いてあった。

 つまり赤竜とは反対に冷気を操れる存在だ。相性が悪い。


「という事は、今のこの戦闘中に対策を考えないとやばいな……」


 僕は赤竜が起こす風から必死に逃げる。

 その熱風に当たり続けると、ダメージを継続して負ってしまうので、最終的に僕が不利になる。


 だから僕は必死に風から逃げているが、その途中で困った事が起きている事に気が付いた。

 今僕は赤竜から約20メートル程離れている。最初は特に何とも思ってなく、熱風が通った後はその場所が暑いと思っていた。

 しかし、今では戦闘前よりも周りの温度が上がっている。赤竜が周りの温度を上げているせいだ。


 そのせいで、今目の前にいる筈の赤竜がぼやけて見える。

 気温が上がり、周りが火事で明るくなっているせいで、陽炎が起きている。

 いったい赤竜の周りの温度は何度になっているのだろうか?


「まずいな……このままだと脱水症状とかで倒れてしまう。でもどうやって近づく?」


 どんどん上昇していく気温。羽をばたつかせ、熱風を送り続ける赤竜。

 そしてとうとう、最悪の事態が起きてしまった。

 僕が掻いた汗が蒸発しだしたのだ。赤竜から20メートルも離れているのに……


 僕はすぐさま更に10メートル程離れる。赤竜から20メートル離れた距離で汗が蒸発した。

 という事は赤竜のいる場所はもっと温度が高く、恐らく今の状態で突っ込んだら一瞬で脱水して死んでしまう。

 僕はそこまで想像してしまった。


『ドウシタ? 来ナイノカ? 我ニ手モ足モ出ナイノカ?」


 赤竜が笑いながら僕を挑発してくる。

 しかし残念ながら、赤竜が言うとおり手も足も出せない状態だ。

 こんな時に遠距離攻撃があれば、もしかしたらもっと上手く戦えたと可能性があるのに……


『フン――ヤハリコノ程度カ。我ガ主ガ警戒シテイタガ、大シタ事ナカッタナ』


 赤竜がそんな事を言っているが、僕は対策を練るだけで精一杯だ。

 しかしその時――


『ンン? 誰ダ貴様。何用ダ? ムザムザ喰ワレニ来タノカ?』


 赤竜は僕の後ろを見て呟いた。

 釣られて僕も後ろに振り向く。そこには一人の少女がいた。

 その少女は左肩から先が無い状態だった。そして足も太ももから下が無い状態だった。


「――君は! 何故こんなところに!? しかも一人で!? どうして!?」


 その子は僕が山で戦った際、唯一救えなかった少女だった。

 残っている左肩の脇に長い棒を挟み、何とかバランスを取って立ってる。


「……一人で来ました。お兄さんにコレを渡すために……」


 それは僕の泊っている宿屋に置いてきたアイテム袋だった。

 何故彼女がこれを?


「……きっと必要になると思って……無理矢理私が持ってきた……」


 そう言ってアイテム袋を僕に差し出す。

 あの中には棒の他に、灰竜の素材が沢山ある。その事実に僕は一つ攻略の方法を閃いた。

 しかし――


「どうして君一人で持ってきた!? しかも肌が赤くなってるし! 早く避難しないと……」


 僕は彼女の腰を抱き、安全な場所に運ぼうとしたが、彼女が待ったを掛ける。


「……ギルマスって人が言ってた……竜の皮には高いたいねつ? とかたいれい? とかあるって……だから頑張って持ってきた」


 その言葉を聞き、僕は咄嗟にアイテム袋を開け、中から灰竜の皮を取り出した。

 数枚に分けて入れていたので、子どもが1人包めるぐらいの皮を取り出し、急いで彼女に巻いた。

 そして少し離れた場所まで急いで移動し、彼女をそこに下ろした。


「……熱くなかった……」

「そうか、良かった……後で何故ここに来れたのかを詳しく聞くから、そこで待っていて」

「わかった……お兄さん!」

「なに?」

「……勝って、ね?」


 僕は無言で頷き、赤竜の元まで急いで戻り、再び対峙した。


『アレハ貴様ノ番カ? 今生ノ別レハ済ンダノカ?』

「残念だけど、あの子は僕の嫁じゃないよ。あの山で助けた子どもの1人だよ。

 それに、僕の嫁は此処にはいなくてね? 絶対にもう一度会うまで死なないと約束してるんだ」

『ソウカ。ソノ約束ガ果タセズニ死ニユク貴様ヲ呪ウガイイ』


 赤竜は再び自身の周りの温度を上げた様だ。

 30メートルぐらい離れているけど、気温上昇の余波がもうここまで届いた。

 僕はあの子に教えてもらった灰竜の皮を取り出し、マントの様に羽織る。

 すると、少しだけ温度が下がったような感じがした。


『ナルホド――灰色ノ皮ヲ持ッテイタカ。小賢シイ!』


 赤竜は更に激しく翼を羽ばたかせ、熱風を僕に当ててくる。

 しかし、灰竜の皮を身に纏っているおかげで、あまり熱くない。

 これならいける! そう思い僕は赤竜へ迫る。


『舐メルナ! 生キテイル灰色ナライザ知ラズ、ソンナタダノ皮ニ成リ下ガッタモノデ、我ガ炎ヲ攻略出来ルト思ウナ!』


 更に温度が上がっていくのが分かる。

 灰竜の皮を纏っていても、あまりの熱さに息苦しくなる。

 汗も尋常じゃないぐらい出てきており、もともとの装備に備え付けられていた気温調整の機能も完全に死んでいる。


 それでも僕は赤竜に向かって走り、とうとう残り10メートルを切った。

 更に翼を激しく動かす赤竜。とてつもない熱風が幾度も僕を襲う。

 纏っている皮も熱のせいで熱くなってきた。纏っているせいで全身にその熱が伝わり熱くなる。

 しかし、今この皮を取ったら一瞬で蒸発してしまう事はわかっている。


 だから僕は耐えた。熱風のせいで走れなくなったが、1歩ずつ確実に赤竜に迫る。

 今回がラストチャンスだ。一度戻ってやり直しなんて精神的に出来ない。

 最初からまたこの熱さに突っ込む事なんて出来ない。

 だからこれが最初にして最後のチャンスなんだ……絶対に行く!


『小癪ナ! 死ネ!』


 赤竜は僕の接近にたまらずブレス攻撃をした。

 僕はそれを右手の剣で切り払う。

 しかし、灰竜の皮から右手を出してしまったため、一瞬で僕の右手側の装備の布は燃えて無くなった。

 更に腕には沢山の火傷跡が出来てしまい、完全に皮膚移植が必要なぐらいにまでの火傷を負ってしまった。


「それがどうした! あの子と約束したんだよ! 絶対に――勝つ!」


 僕は火傷した状態の右手をそのまま振り上げ、ブレスをしたばかりの赤竜の首を狙う。

 赤竜や焦った様子で首を逸らそうとするが、僕の方がスピードが速く、そのまま赤竜の首を切断した。


『……見事ダ』


 赤竜は首だけになったのに、何故か僕にその言葉を投げかけた。

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