第74話 予想外の来訪者

 その日僕はなかなか眠れず、ずっと怪我をした子の事を考えていた。

 彼女の怪我を治療する術、そしてコネを僕は持っている。

 帝国のお偉いさんに比較的簡単に話が出来るし、王国にいる【聖女】さんとも顔馴染みだ。

 帰還方法の情報も少しだけ手に入れているし、【聖女】さんの協力も必要だと思っているから、王国に行くのは絶対だし。

 だからあの子を帝都に連れていく、または王国に連れて行けば解決できる問題だと思う。


 ――じゃあその後は?


 もしも僕がこの世界に転生していたら、もしかしたら本当に小説とかのようにお嫁さんとして貰っていたかもしれない。

 ボーイッシュな可愛い子だったし。あと数年したら大人な女性になっただろうしね。

 これが一生この世界に転移の場合でもそうしたかもしれない。それこそハーレム小説や漫画の様に。


 しかし、僕には還らないといけない理由がある。元の世界に愛すべき嫁と子どもがいるのだ。

 しかも残り2年半しか時間が無い。だからあの子に関われる時間も限られている。

 そう考えると、どの選択をしたらいい一番いい結果になるのか分からなくなる。


「ハァ~難しいな……見捨てれたら簡単なのに、見捨てたら後悔するに決まってるから絶対に助けたいし、でもどうしたら……」


 みなもだったらどうするかな? 僕と同じ様な内容で悩むのかな?

 それとも、可愛い子が大好きだから、別れる瞬間まで一緒にいて、その時まで一緒に生き方を考えるのかな?


 でも僕は魔王を倒したり、還る方法を探したりとやる事が沢山あるし、その子だけに構う事出来ないし……


 その時だった――


 ――ドガァァァン!!――


 急に大きな音と振動が聞こえたので、僕はベットから飛びあがり、窓の外を見た。


 ――町が燃えている――


 僕は急いで着替え、剣1本のみを持って宿屋の外に出た。

 すると、多くの人達の外に出ていたので、僕は状況を確認する事にした。


「いったい何があったんです!」

「それが、急に大きな音が聞こえたと思ったら、町が燃えだしたんだ! しかも――」

「ドラゴンだ! 凄いデカいドラゴンが上空からブレスで町を……」


 僕は上空を見つめた。夜だというのに、町が燃えているせいで遠くまで見通せる。

 すると、確かに上空に竜の姿が見える。しかもあの大きさは恐らく色竜の1体だと思う。

 ただ町が燃えているからドラゴンの姿も赤く見え、いったい何竜かはまだ分からない。


 しかし、黒竜はたしか約10日後に侵攻するって言ってたのに、何でこの町を襲いに?

 そんな疑問を抱きながら、僕はドラゴンがいる場所まで走り始めた。


 ***


 ドラゴンの真下に来たが、周りは酷い有り様だった。

 周りの家がほぼ無くなっており、ドラゴンを中心として約半径30メートルが何もない更地にされている状態だった。

 しかも今は夜だ。恐らく避難とか出来ていない筈だから、生存は絶望的だ。


 今僕の他に顔見知りの冒険者にギルド職員、そしてマスターがいる。

 皆周りの状況の悲惨さに、怒りの形相を浮かべていた。


「ちくしょう! 何てことしやがる!」

「私達……町……ここ……友達……いたのに……」

「降りてこいゴラ! ぶっ殺してやる!」


 口々に怒りの声や悲しみの事を出しているが、上空のドラゴンはそんな声を無視して上空でキョロキョロしている。

 そして、ドラゴンが真下を見た瞬間、ドラゴンの目が見開かれた様に見えた。


「――もしかして、僕を狙ってる?」


 確かに僕を見ていた気がする。気のせいかと思ったが、ドラゴンはおもむろに口の周りに魔力を溜めだした。


「いかん! ブレス攻撃だ! 真下に来るぞ! 皆逃げろ!」


 マスターの言葉を聞き、一目散に逃げだす冒険者やギルド職員。

 僕も一応離れようと少しだけ動いたが、明らかに僕が向かっている方向へ首を動かしてきた。


「あ、これ完全に僕を狙てるね? だったら――」


 僕は逃げるのではなく、ブレスの向きを町の外に向かわせるための行動に出る事にした。

 足に身体強化を行い、急いでまだ無事な建物の上まで跳躍する。

 その僕の姿を見たマスター達が驚いているが、僕はそれを無視する。


 ドラゴンは魔力が集まったのか、僕に正しく照準を合わせている様だ。

 故にまだブレスを放たない。

 その状況を見て、僕は目いっぱいその場でジャンプした。


 僕は自分でも驚くくらい跳んでいた。恐らく約20メートルは越えていると思う。

 その結果僕は、ドラゴンと同じ高さまで跳んでいた。


 空中に浮いている僕目掛けてブレスを放つドラゴン。

 ドラゴンのブレスは、町に当たらない方向へ放たれたが、僕には直撃するコースだ。

 僕は居合をするように剣を構え、目の前にきたブレスを着る体制に入る。


 放たれたブレスは炎のブレスだった。つまり相手は赤竜という事になる。

 色竜はその鱗の色にあったブレスを放つというが、炎のブレスの場合は赤竜で間違いないだろう。

 そう思いながら、僕は迫ってきた炎のブレスを切り裂いた。


 切り裂かれたブレスは綺麗に真っ二つとなり、一つは更に上空へ、もう一つは下の方に向かって行ったが、町に着弾することなく別の場所に着弾し、大きな音を出しながら周りを燃やしている。

 僕はそのまま下に落ちる。もちろん身体強化を未だに発動しているため、20メートルから落ちても怪我なんかせずに着地できる。

 しかし――


「――ッ! 足が――痺れる!」


 高いところからの着地だ。無事ではあるが足がジーンと痺れる。

 そんな痺れと戦っていると、ドラゴンが地面に降りてきた。

 僕は何とかドラゴンの傍まで移動したが、そのドラゴンはやはり赤竜だった。


「おいおい……あれって赤竜だろ? 色竜の中でも特に好戦的って言われている……」

「あいつのブレスかよ!? この現状を作ったのは! そりゃ納得できるが、やべーな……」

「どうしますかギルマス……」

「うむ……」


 赤竜は他の冒険者達の事など目もくれず、ずっと僕を睨みつけている。


『貴様……ヨク我ガぶれすヲ防イダ』


 これは赤竜の声か。僕は既に黒竜の声を聞いているので驚かないが、周りはざわつき出した。

 それにしても、黒竜は落ち着いた大人な声をしていたけど、赤竜は若い兄ちゃんみたいな声だな?


「まさか、色竜は喋るのか! そんな高度な知性を持つ魔物だったとは……」


 ギルドマスターが特に驚いている。そう言えば、魔物って喋れる魔物と喋れない魔物がいるのかな?


「どうして此処を襲った! 黒竜は約10日後に帝都に攻めるって言ってたぞ!」


 僕の発言に、更にざわめきが大きくなった。そういえば、この事はまだ誰にも言ってなかったんだった。


『ナニ、何故【ゴルドムラーゼ】様配下最強ノ俺様ガ、黒イノノ言葉ニ素直ニ従ワナイトイケナイ?』

「あれ? 黒竜はお前達のリーダーじゃないのか?」

『サテナ。我ラハ【ゴルドムラーゼ】様ノ配下ダガ、ソノ間ニ上下ハ無イ』


 という事は、今回の襲撃は赤竜の単独行動の結果か。


「何しにここまで来た!」

『知レタ事。オ前ヲ喰ウ為ダ』


 やっぱり僕が目当てだったか。そのせいでこの町が巻き込まれ、既に多くの人達が亡くなっている。最悪だな。


「何故僕を狙う! 灰竜を倒したからか!」

『ソウダ。貴様ノ力ハ危険過ギル。我ガ攻撃ヲ防ギ、我ガ同胞ノ体ヲ斬ッタノダ。【ゴルドムラーゼ】様ノ命ニ届クカモシレヌ貴様ヲ生カシテオク訳ニハイクマイ』


 好戦的な様であるが、忠誠心も高いときた。こいつは厄介だ。仕方がない。


「マスター! 冒険者のおやっさんたち! 町の人達の避難誘導をお願いします! こいつは僕が何とか食い止めておきますので、その隙に!」

「おい待て! 早まるな! 今他の者達も読んでくる。だからそれまで無茶を……」

「ダメです! こいつは僕以外相手になりません! 無駄死にを増やすだけになります。それよりも、出来るだけ早く避難誘導をお願いします」

「坊主……」

「大丈夫です! 町は恐らくなくなる可能性が高いですが、これでも灰竜を一人で倒しているんです。勝ち目はありますよ」


 僕は何とかギルドマスターと冒険者のリーダーっぽいおっさんを説得し、未だに燃え盛っている町から、無事な人達の避難誘導をしてもらうように頼んだ。

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