第51話 邪神軍侵攻

 ――ブライアンジュ王国 海辺の町


 何時も通りの朝だった。今日は天気が快晴であり、洗濯物を干すのに丁度いい日差しが町を照らしていた。

 街の男達は日が昇る前に沖まで量に出ており、今は自分たちの収益を確認しているところだった。


「今日は魚があまり捕れなかったな」

「だな。ま、こんな日もあるさ。さて、網の手入れをして帰るぞ」

「だなだな」


 他の船の漁獲高を見ても、殆どの船に魚が乗っていなく、全体的に不作である事がわかる。


「昨日は結構捕れたのに残念だ……」

「マジで昨日はすごかったな。あんなに捕れたのは初めてじゃないか?」


 実は昨日、全ての船に大量の魚が乗っており、どこの家庭も多いに盛り上がっていた。


「昨日ぐらいの漁獲量だった、今日の量で今月はお終いに出来たんだがな……」

「そんな都合よくいく訳ないだろ? ま、地道に頑張るしかないな」


 そんな取り留めのない会話をしていたが、ふと1人の漁師が海を見つめて呟いた。


「――おい、なんだ? あの影? 海が少し暗くなってないか?」

「は? ――おいおい、本当だ!? 何で海が黒いんだ?」

「いや、知らねーよ! どうする? とりあえず町長に報告するか?」


 それは、男たちがいる港から約500メートルぐらい離れた海の表面であった。

 明らかに黒い。港から海の青が広がっていたが、そこから急に黒くなっていたのである。


「よし、町長に報告だ。マジで嫌な予感がする」

「もしかして、今回の漁が失敗なのは、あの影が原因かもしれないな」


 そう言って、彼らは町長の元へ走り出した。


 ――結論からいうと、この町は全滅した。

 海から来た邪神の軍団に全てを蹂躙された。

 先程報告に走って行った男達も例外なく喰われた。


 しかし、彼らが気が付いたおかげで、町長はある一つの決断をしていた。

 それは王宮への報告。嫌な予感がした町長は、早馬にて王宮にこの謎の影の事を報告していたのである。


 その結果、この異状を王国全土に素早く広げる事が出来た。

 報告を聞き、最寄りの町の兵士が海辺の町に駆け付けると、そこには地獄絵図があったという。

 魚の頭をした怪物、通称マーマンが町の住民達を無残にも喰べ歩いている光景だった。


 そのことを急いで自分たちの町へ報告し、より詳しい詳細が王宮に届けられることになった。

 さらに、この町は海辺の町から一番近い場所にあるとの事で、急遽避難行動がとられる事になり、多くの住民が王都を目指して移動し始めた。


 ――もし、この町の住民が王都ではなく、帝国へ行くための国境側に向けて避難していれば、王国の被害は少なかったかもしれない。

 何故なら、海から来た魔物達は、多くの人間はいる方へ移動する習性があったのだ。

 そのため、町の住民が一斉に王都に移動した事により、その方向には人が沢山いると魔物達が気付き、後に魔物達も王都方面に向けて移動することになってしまった。


 ***


「伝令! 海辺の町【ポルンガ】より、魔物の大量発生の報告あり! また、ポルンガですが、既に魔物の群れに蹂躙されており、生存者は絶望的との情報が上がりました!」


 王宮にもたらされた情報は、余りにも唐突な情報であった。

 今この場には国王をはじめ、筆頭魔術師であるウルス、騎士団長のダンフォード、皇太子であるファージン他、国の重要な大臣達が一堂に集まっていた。


「まずは詳しい情報を改めて確認したい。騎士団長、説明を」

「ハッ! 本日夕方過ぎ、王都城門にて緊急の早馬が発見されました。確認したところ、海辺の町ポルンガからの早馬でした。

 更に確認いたしましたところ、早馬はポルンガからの馬でしたが、伝令はその隣の町であるワシンの町から書かれたそうです」


 詳しい内容については、大量の水系の魔物に海辺の町が蹂躙され、マーマンやダゴン、海蛇やシザークラブといった複数体の魔物により、多くの人間が喰われている状態だったとの事だ。

 更に悪い情報が続き、その魔物の軍団は王都方面に向かって進行しているとの情報であった。


「騎士団長、もし魔物の軍団は王都にまでくるとして、どれくらいの時間がかかる」

「ハッ! 早馬は何度も乗り返して来ましたので、3日程度でここまで来ましたが、軍隊となると行動は遅いと思われます。

 また、奴らめは町を蹂躙しながらの行進のため、およそ20日程度かと思われます」

「20日か――少ないな……ウルスよ、兵達はどれくらいの数を用意できるか」

「ハッーー 敵の数がまだわかりませんので、情報収集をしながらかと存じますが、20日あれば10万から15万は確実に集められます」

「――もし、魔物の軍団が20万程の規模ならどうする」

「そうですね――もしも、その海から来た魔物の軍団が例の魔王の軍団の場合、もっと数を揃える必要があります。その場合、果たして我が国の兵力で解決できるかどうか……」


 例の魔王の軍団とは、とある国を滅ぼした魔王の一角と噂されている魔物軍団である。

 兵力が30万もいたとある国が、更に多くの魔物達に蹂躙されたと噂がある。

 実際に調べたところ、本当にその国は見るも無残に破壊されており、生存した人間は運よく逃げ延びる事が出来た数人だけだったという。


「最大で集めれたとして、どれくらいの数が揃う」

「――最大ですと、他の町にいる兵達を搔き集めて100万に届くかどうかですね」


 ――100万の軍隊――

 数が揃える事が出来たのなら、それはとんでもない光景が広がる事が想像できる。

 しかし、残念ながらその数を揃えるには難しい問題を多く抱える事になる。


「とりあえず、まずは敵の数を確認しましょう。15万の兵達で間に合えばいいのですが、もし足りなくなった場合、直ぐには用意できませんので」

「ウルスに任せる。早急に敵の数を調べ、必要兵数の準備をするのだ」

「ハッ、畏まりました」


「次にファージンよ。勇者一行はどうだ?」

「はい。勇者一行につきましては、順調に成長している様子です。特に栄治殿につきましては城の兵達複数人を相手にしても、傷一つ負うことなく勝てるぐらいに成長したとの報告が上がっています」

「そうか――であれば、勇者殿達の力を借りないといけないな」

「そうですね。彼らはこの時の為に召喚されたと言っても過言ではありませんからね」


「では次だ。難民の受け入れについて――」


 こうして海からの魔物の軍団に対しての作戦会議が進められた。そして召喚者達もこの魔物の軍団に対して戦わせる事も決定したのであった。


 ***


「正さん、今何してるかな?」


 私は今、正さんが暮らしている家に向かって歩いていた。

 何故今正さんに会いに行っているのかというと、凜々花さんから背中を押されたからだ。


「(いい、佳織ちゃん。正さんのような大人な人って、佳織ちゃんぐらいの子に対する感情はどちらかしかないの。

 つまり、恋愛対象と見れるか、見れないかよ?

 正さんって確か今28歳でしょ?10歳も歳が離れている場合、しかも相手が女子高生の場合って、もしかした女性として見られていない可能性もあるからね?

 本当に好きだったら、まずは女性として見られないといけないと思うの)」


 確かに私はまだ大人じゃない。正さんのような大人じゃなくまだ学生だ。

 悲しいけど、確かに女性として見られていない可能性がある。

 そもそも正さんの好みの女性のタイプとかも知らないし、正さんが普段何をしているのかも知らない。

 だから私は正さんの事を知るために、正さんに会いに来たのだ。


「さて、正さん居るかな?」


 正さんの家の前に着いたが、いざ呼び鈴を襲うとするとどうしても戸惑ってしまう。

 恥ずかしいという気持ちと、会いたいという気持ちの他に、今忙しいんじゃないだろうか? 迷惑にならないかな? とかそんな風に考えてしまう。

 そんな風に考えていると、中ら物音がした。どうやら正さんは家の中にいたらしい。


 ――ガチャ――


「せんせい! 今日もありがとうございました」

「またおねがいねせんせい!」

「はい、今日もお疲れさまでした。また3日後に会いましょうね」


 中から私より年下の女の子が2人出てきた。手には分厚めの本を持っており、まるで正さんに勉強を教えてもらっているような風袋だった。


「あれ? 佳織さん? どうしました?」

「あ、いえ――あの、ちょっと暇をつぶしてたら正さんの家の前まで来ちゃったので、今何しているかなーっと……」

「そうでしたか。じゃあどうです? 今からお茶でも。丁度今本日の授業が全て終わりましたので」

「授業?」

「はい。今私は町の子ども達に魔法を教えている私塾のような事をしていまして、今丁度授業が終わったところなんですよ」


 正さんが今何をしているかを初めて教えてくれた。

 その事だけで嬉しかった。気になる人の事が少しでもわかると、こんなに嬉しくなるなんて知らなかった。


 私は少し舞い上がり、喜んで正さんの家の中に入っていった。

 ただ少し気になる事があった。さっき家から出て行った子達、まるで私と同じような表情をしていたと思う。

 そう、まるで恋する女の顔。そんな気がした――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る