第32話 小音子の事情/光の野望

『小音子よ。お前は私の最高傑作だ。他の者たちとは違う。そう肝に銘じておけ』


 そう言って祖父は、本物の刀を振り、私を本気で殺そうとした。

 私は持っていた棒で受け流し、祖父の左肩に棒を打ち付けた。これが14歳の夏の暑い日の事だった。


 私は葉山小音子。今19歳。B型。身長144cm、体重39kg。好きな食べのは肉であれば何でも。お菓子も可。

 私の目標は2つある。一つは祖父を殺すこと。あの人を殺して私は自由になりたい。

 確かに御家の稽古は好きだ。棒を使って大の大人をなぎ倒すのも気持ちいい。

 でも私は家を継ぎたくない。私には2人の兄と姉が1人いる。そのうちの誰かが家を継げばいいと思っている。

 でも……


『お前が一番才能があるんだ。お前が継ぐべきだ』

『なんで俺なんだよ。お前より弱い俺が継ぐなんてできるか! ジジイが許さねーよ』

『嫌よ! こんな道場継ぐぐらいなら勘当で結構! 出て行ってやるわ』


 こんな感じで誰も継ごうとしない。しかも兄二人は継ぎたくないけど道場は残したいという。

 完全に私に他力本願な状態だ。

 それもこれも祖父が私に道場を継ぐようにと言ったせいだ。だから皆反対しない。祖父の命令は絶対だから。

 両親は完全に祖父の味方だ。私が嫌だと言っても私の味方をすることはない。

 でも私は嫌だった。それは目標2に関係している。それは……


『私、早く結婚したい。結婚して専業主婦になりたい』


 そう家族の前で言ったことがある。その時は全員が驚いていた。

 何故なら私からは恋愛の「れ」の字も見えないぐらい、男の気配がない。というよりモテない。

 私は他の子たちに比べて体が小さく、よく友達と一緒にいても妹と間違えられる。

 しかも旦那様に対する理想は高く、まず私より強い人が好みだ。この時点でもう誰もいなくなったけど……

 それでいてロリコンじゃない事。たまに言い寄ってくる人は基本ロリコンだったので、ロリコンは殺したいぐらい嫌い。

 あと妹扱いしないこと。確かに末っ子だけど、小さいけど私も立派なれでぃーである。大人扱いしてほしい。


「小音子ちゃん。貰ったクッキーいる?」

「いる」


 佳織からクッキーを貰った。ハチミツの風味が効いて美味しい。

 専業主婦は家の事を片付けると後は好き勝手自分のやりたいことをやっていい職業だと友達に教えてもらった。だったら専業主婦になりたい。

 でも専業主婦になるためには結婚しないといけない。結婚するなら私より強い人がいい。ただそれだけなのに、祖父から反対された。


『小音子よ。お前の夫はわしが決める。お前と一緒に道場を切り盛りできる男にする予定だ』


 祖父から何人かお見合い写真を渡されたことがある。全員ナヨナヨしてて強そうじゃない。


『渡した写真の男どもは腕は弱いが頭はいい。それにお前より強い男など、この世にいるものか』


 それでも私は私より強い人と結婚したい。

 そんな時、この異世界に召喚されてしまった。一緒にいたのは私含めて8人。そのうち4人が男。

 これはチャンスだと思った。女神の話はうろ覚えだけど、この世界には強い魔王がいる。じゃあその魔王を倒せれる人って私より強くなる人の可能性がある。

 しかも祖父からの干渉はない。帰還方法がもし無い場合は一生祖父と合わなくてよくなる。そうとわかったのでとりあえず召喚された人達を見てみた。


 光という男を見た。太り過ぎで生意気。城に来てすぐに模擬戦の様子を見させてもらったけど、弱すぎ。無駄が多すぎ。何故それで自慢できる?

 それと時折私に色目を使ってくる。こいつはロリコンか? 気持ち悪い。

 しかもこの城の人達を皆倒したせいか、もう訓練場に来なくなった。あんなに弱いのに……死にたいのかな?


 正という男を見た。こいつは危ない。佳織が何時も正は凄い、正はカッコいいって言っているけど、彼からは怪しい匂いしかしない。

 あくまで推測だから佳織には言ってないけど、大丈夫かな? 佳織に言っておこうかな? でも信用されないよね。それに佳織は絶対に悲しむと思し。


 栄治という男を見た。この中では一番光るものがある。でも今は弱い。訓練次第で強くなる可能性もあるけど、なんだろう? 彼に負けるビジョンが浮かばない。

 今も騎士6人に対してボコボコにやられている。そんなんじゃあどんなに頑張っても私には勝てない。そんな気がする……


 最後の長慶と言った男を思い出した。見た瞬間にわかった。この人は強い。でも今は私より弱い。今後どうなるか一番楽しみな人材だ。

 でも会ってすぐに別行動を取り出した。だから間近で確認できなくなったのは残念だ。


 それからこの国の人達とも交流(模擬戦でボコボコに)したけど、みんな私より弱い。しかも訓練もぬるい。

 殺す気のない模擬戦なんて、意味あるのかな? 実際の戦場は殺気が漂い続ける死への隣り合わせの場所。

 だから体や技の向上も必要だけど、心も鍛えないといけないのに、気遣いが多すぎる。


 はぁ~……こんなことなら私も長慶に付いて行けばよかったかも。こんな退屈な場所に閉じこもっているよりも、外の刺激の方が面白かったかもしれないし。本当に残念だ。


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「よし、一部を除いて順調だな。この城のメイドから女騎士、たまに来る可愛い令嬢もコンプリートしたようなもんだしな」


 俺こと光は、今は珍しく一人で自分の部屋で物思いに更けている。何時もであれば何人かの女を呼んで、夜通し楽しいことをしているんだが、今日は誰もいない。

 ちなみに、俺はまだ童貞だ。一番最初は好きな人とやりたいという乙女な心も持っているからな。

 でもって、好きな人っていうのはもちろん、


「今日も佳織ちゃんと話せなかった。何でだ? 目が合う度に俺から顔を背けてたし、俺に惚れているんじゃないのか?」


 そう、俺は今佳織ちゃんに惚れている。だから俺は佳織ちゃんで童貞を卒業したいと思っているのだ。

 初めて会ったあの召喚時、俺はテンションが上がっていたが、実は知っている。佳織ちゃんが泣いていたところを。

 流石に意気なり自分が知らない世界に連れてこられたら辛いよな。泣きたくなるよな。でも俺は声を掛けることができなかった。

 自分が浮かれていたってこともあるけど、俺は女の子とあまり喋ったことがない。だからいくら好みの女の子であっても、いきなり話しかける事なんてできなかった。


 でも今の俺は違う。この城に来ていろんな女の人と楽しく話すことができるようになった。実際に昨日もこの部屋に3人呼び、女の子が楽しめる会話法やこの世界の女の子の好み、果ては恋愛話まで沢山してきたのだ! 経験値が全然違うぜ!


「だというのに、佳織ちゃんだけじゃなく、他の3人とも全然話せない。何故だ? 何で俺が女の子と自然に話せるようになると4人は引いたんだろう? もしかして嫉妬か?」


 全ては俺が主人公になり、楽しいハーレム生活をするため。流石にこの城にいる女性全員をメンバーにすることは難しいけど、一緒に来た召喚者であれば、数的にも問題ない筈。


「普通さ? こういうのって俺一人に対して女の子数人が一緒に召喚されて、俺の活躍を見て皆俺を好きになって、ハーレムを作るって話じゃないの?

 なんで余計なモブも交じってんだよ……しかも1人はイケメンだし、1人は既婚者で還る方法があるとか言うし……

 俺は還るつもりはないの。一緒に来た女性陣やこの世界で会うお姫様とかご令嬢とかと一緒に面白おかしく暮らしていくの」


 そう、俺が目指すのは〈小説家になれる〉に多く投稿されている異世界ハーレムものの主人公だ。

 だからこんなところで躓いていられない。栄治さんは恐らく俺の為に用意されたざまぁ要因だと思うし、帰還方法を探しに行ったあいつは多分死ぬだろう。フラグありまくりの奴だったし。

 正さんは……なんとも言えないな。一応注意はしておくか。でも流石に佳織ちゃんが正さんに惚れる事はないだろう。だって歳の差が凄くあるし。


「そういえば……誰か言ってたな? この王都の近くにダンジョンがあって、そこから珍しいアイテムが手に入るとか何とか……」


 この世界にも定番のダンジョンがあるらしい。地中深くにコアがあり、下に行けば行くほど強い魔物が徘徊し、珍しいお宝も手に入るってやつが。


「う~ん……そうだ! 皆でダンジョンに行こう! そして俺の強さと逞しさを見せつける! そうすれば佳織ちゃんだけじゃなくて凜々花さんも沙良さんも小音子ちゃんも俺に見惚れるかも!」


 そうと決まれば皆に声を掛けに行こう。それにもう模擬戦は必要ないぐらい強い俺は少し退屈していたし。新しい刺激を求めて実践ができるダンジョンはレベルアップ的に良いアイディアかもしれない。

 なんてすばらしいタイミングでダンジョンの話を聞けたのだろう。今度あのメイドにお礼をしておくか。こういう小まめな気配りがモテる秘訣とも言ってたしな。


「さてさて、どうなるか楽しみだ!」


 次の日、皆に数日後ダンジョンに行こうと誘ったところ、栄治さんと佳織ちゃん、凜々花さんだけ一緒に来ることになった。正さんは引っ越しの準備で忙しいからパスらしく、沙良さんも教会の仕事が忙しいみたい。

 小音子ちゃんは見つからなかった。あの子何時も何してんだろう?

 結局小音子ちゃんは見つからないままダンジョンアタックの日になり、俺達はダンジョンに潜り込んだ。

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